軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

183、夜の離宮探索終了

まずは隠し部屋の壁に書かれた文字と似た文字が使われていたらしい過去のある地域に関する書物を集めてみて、それから色々と判明するかもしれない。マルティナがそうまとめると、ルイシュ王子は深い感謝を伝えるように、マルティナに向かって頭を下げた。

「マルティナ嬢、本当にありがとう。マルティナ嬢がいなければずっと内容が分からないままだっただろう。本当に感謝している」

そんなルイシュ王子に、マルティナは慌てて手を横に振る。

「そんなっ、大袈裟ですよ。まだ内容はほとんど分かってませんし」

「それでもかなり前進したのだ。本当にありがとう。……マルティナ嬢が指定してくれた書物を集めることができたら、それを読んで内容把握にも力を貸してくれるか?」

「もちろんです。ぜひ読ませてくださいっ」

食い気味で答えたマルティナに、ルイシュ王子は頬を緩めた。

「ありがとう」

そこで話は終わりかけたのだが、その前にロランがマルティナの耳元に口を当てて問いかける。

「マルティナ、さっきほとんどって言ったか? つまり少しは内容が分かるのか?」

ロランはマルティナが発した言葉の微妙なニュアンスに気づいていたようだ。鋭いロランに、マルティナは驚きつつ頷く。

「はい。ただ本当に少しだけです」

そのマルティナの返答はルイシュ王子の耳にも入ったようで、王子が会話の内容を問いかけるように視線を向けて首を傾げたところで、マルティナは一応伝えておくことにした。

「この壁に書かれた文字の内容が、ほんの少しだけ分かるんです。私が昔読んだ書物に、ちょっとだけその文字の読み方が書かれていたので……」

「そ、それは本当か!?」

「はい。あの、でも、本当に本当に少しだけです」

「それでも一向に構わないのでぜひ教えて欲しい」

マルティナとしてはしっかりと内容が分かってから伝えれば良いかと思っていたのだが、ルイシュ王子にかなりの勢いでお願いされ、すぐに方針転換した。

「えっと、まずはここの文字なんですけど……」

それからマルティナが説明したのは、いくつかの文字の意味だ。ただその意味は多分この文字の前後が並列を意味するとか、ここのいくつかの文字で固有名詞かもしれないとか、その程度だ。

マルティナとしてはわざわざ聞いてもらって申し訳ないと思う程度であったが、ルイシュ王子にとってはとても大きな一歩だったらしい。

「今まで全く分からなかった文字が、一つでもなんとなくの意味が分かると、一気に文章に見えてくるのが不思議だな」

僅かに紅潮した表情でそう呟き、楽しそうにマルティナが言った内容をメモしていた。

そんなルイシュ王子にマルティナも少し嬉しくなりつつ、そろそろ部屋に戻るべきだろうと声をかけた。

「ルイシュ王子。もう壁の文字は全て覚えたので、あとは仕事の合間に解読を試みてみます」

マルティナのかけた言葉に、ルイシュ王子と護衛の男性が目を見張る。

「……マルティナ嬢の完全記憶能力は理解しているつもりだったが、こうして目の当たりにすると本当に驚くな」

呟くようにそう言ってから、真剣な表情で告げた。

「改めて暗号――というよりも、母上が残した文章の解読をよろしく頼む。必要な書物の手配は任せてくれ。信頼できる者たちに探してもらう」

「はい。よろしくお願いします。幸い私たちは趣味で本の話をする仲ってことになってますし、ルイシュ王子のおすすめ本として渡してもらえば大丈夫でしょうか」

「そうだな。それで問題ないだろう」

そうして今後の予定が決まり、マルティナが仕事外の時間でも新たな書物をたくさん読めることが決まったところで、マルティナたちは離宮を後にすることにした。

離宮を出て暗い庭園を歩きながら、ルイシュ王子が小声で問いかける。

「貴重な本を礼にすると伝えたが、他にも何か要望があれば言って欲しい。できる限り応えるつもりだ」

一国の王子に、要望にできる限り応えると言われるなんて、普通ならば飛び上がって喜ぶような事態だ。何を頼むのか吟味して吟味して、野心家な人なら立場を願うかもしれないし、金持ちに憧れて大金や宝石を願う人もいるだろう。

官吏という立場であれば、ラクサリア王国にとって利となることを願うのが、正しい姿なのかもしれない。

しかしマルティナは、全く悩まずに告げた。

「では、よりたくさんの貴重な本を読ませていただければ……!」

全くブレないマルティナである。

そんなマルティナに呆れた表情のロランと、苦笑を浮かべたルイシュ王子だ。

「本当にマルティナ嬢は本が好きだな」

「はいっ。本に囲まれていれば幸せです!」

瞳をキラキラとさせたマルティナの表情を見て、ルイシュ王子はとても柔らかい笑みを浮かべた。

「マルティナ嬢のような女性と共にいたら、毎日楽しいのだろうな」

その小さな呟きは、マルティナの耳には入っていなかった。しかしロランの耳には入ったようで、ロランはグッと眉間に皺を寄せている。

そんな中でマルティナたちは、王宮のすぐ近くまで戻ってきた。王宮内で騒ぎなどは起きていないようなので、マルティナたちの不在は気づかれてなさそうだ。

「では、また明日お会いできたら嬉しいです」

マルティナのその言葉にルイシュ王子は微笑んでから、流れるような仕草でマルティナの手を取り、その甲に口付けた。

(……え……え!?)

マルティナがあまりの衝撃になんの反応もできず、はくはくと口を開け閉めするだけで混乱していると、ルイシュ王子はどこか楽しげな笑みを浮かべて口を開く。

「今夜は良い夢を」

そう言って踵を返したルイシュ王子の後ろ姿を、無言で見送ることしかできない。その姿が見えなくなったところでマルティナがロランを振り返ると、ロランは眉間に深い皺を刻んでいた。

「……ロランさん、今のはなんでしょうか」

「…………この国の貴族の挨拶なんだろう。深い意味はないんじゃないか?」

ロランの説明を聞いて、マルティナは安心する。

「ですよね。びっくりしました」

しかし安心したら、たまに物語に出てくるワンシーンのような体験ができたことに、ちょっとだけ嬉しくなったマルティナである。

「部屋に戻りましょうか」

「そうだな。もう疲れた」

「緊張しながら動いてると疲れますよね。私は普通に歩く距離が長くて疲れたというのもあるかもしれませんが……」

そこまで長い距離ではなかったのだが、マルティナにとっては疲れる距離だったのだ。

「マルティナ……もうちょっと体力つけた方がいいぞ?」

呆れを滲ませたロランに、マルティナは慌てて告げる。

「大丈夫です! 最近は前よりも体力がついた気がしてるんです。多分これからもっとつくと思います。あとほら、見てください。ちょっと二の腕に筋肉が!」

力瘤を作るようにしたマルティナは、ロランの手を掴んで自分の力瘤の上に置いた。

「どうですか?」

最近重い本を少し持ち上げながら本を読むという新たな筋トレを編み出したマルティナは、かなり筋肉がついたと自信があったのだ。

期待の眼差しでロランを見つめると、ロランはなぜかため息をついてからマルティナの二の腕を軽く掴み……首を傾げた。

「筋肉、あるか?」

「え! ありますよ!?」

衝撃の答えにマルティナがつい大きな声を出すと、ロランが慌ててマルティナの口を手で塞いだ。

二人で顔を見合わせて、声を出さないようにして笑い合う。

「こんなとこで喋ってないで、早く部屋に戻ろう。これで誰かに見つかったら馬鹿みたいだ」

「ですね」

そうして二人は部屋に戻り、無事に夜の離宮探索は終わった。その日の夜は適度な体の疲れもあり、マルティナはすぐ眠りに落ちた。