軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

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雨も上がり清々しい朝だ。

梅雨もそろそろ明ける時期になり、まだ朝の7時台だというのにすでにじわじわと蒸し暑い。本格的な真夏はすぐそこだ。

こういう時には車通学が許されている特権階級に生まれて良かったとつくづく思う。真夏の通勤通学ラッシュの電車の地獄は前世でイヤという程味わったからね。エアコンなんてドアが開くたびに入ってくる熱い外気と乗客の体温でほとんど効いていないし、そんな暑さの中でべたべたした肌同士がぶつかった時の不快さといったら…!

すでに家から駅までの道のりで汗がだらだらだっていうのに、さらに蒸し風呂状態のラッシュに乗らないといけないなんてと、毎朝げんなりしたものだ。

すし詰め状態とは縁のないエアコンの効いた車での快適な通学にどっぷり慣れてしまったら、あのラッシュには二度と乗れないなぁ。

今日は渋滞にも巻き込まれず早めに着いたので、登校してきている生徒はまだまばらだ。

友達が誰も来ていなかったら、1人でどうやって時間を潰していようかなぁ。と考えながら廊下を歩いていたら、見知った後姿を発見した。あれは秋澤君ではないかね?獲物発見。

「秋澤く~ん。秋澤く~ん」

ふいに聞こえた自分を呼ぶ声に、ビクッとして周囲を見回した秋澤君を、「ここよ~。秋澤く~ん」と私は柱の影から手招いた。

「びっくりした。どうしたの、吉祥院さん」

そう言いながら秋澤君が近づいてきたので、私はその腕を引っ張り廊下の端まで連れ出した。

「ごきげんよう、秋澤君」

「は?ああ、うん。おは、よう?」

「秋澤君も来るのが早いのね」

「今日は部活の朝練があったから…」

「そうでしたの」

秋澤君は中等科時代からずっと部活を頑張っているものねぇ。私は頷いた。

「ところで秋澤君、桜ちゃんから聞いたんだけど参勤交代ってなに」

「えっ」

前に桜ちゃんと会った時に秋澤君が私が瑞鸞の廊下を歩くと参勤交代状態になると言っていたと話していたことを、私は忘れていなかった。

心当たりのある秋澤君はあわあわと慌てた。

「ひどいわぁ。私は秋澤君を信頼していたのに、私のいないところで陰口を言っていたなんて」

「陰口なんて、そんなつもりはないよ!ただ桜子に瑞鸞での生活を聞かれて、その流れで吉祥院さんの話になったから、日常の風景として説明しただけで…」

日常の風景が参勤交代っておかしいでしょ。

「もう。秋澤君は冗談で言ったのでしょうけど、知らない人が聞いたら本気にしてしまうでしょ」

「え、冗談…?」

そりゃあ私達が廊下を歩いている時に人がどいてくれるのは本当だけど、参勤交代は誇張しすぎ。気づかずどいてくれなかった人達を、芹香ちゃん達がたま~に注意?恫喝?したりするけど、それはあくまでも極たまにの出来事だから。それ以外は至って平和だから。

「ちゃんと桜ちゃんに訂正しておいてね。あの話は冗談だから誤解しないでねって」

「誤解…?」

「誤解でしょ」

「う~ん…」

「あ・き・ざ・わ・く・ん」

「…わかった」

どこか納得いっていない顔の秋澤君に「お願いね」としっかりと念押しする。本当に頼むよ。

「廊下を歩く人に道を譲る。当然のマナーです」

「道を譲るのに、壁にへばりつく必要はないと思うんだ」

「あ・き・ざ・わ・く・ん」

私がさらに一歩近づき、あくまで誤解だということをじっと見つめることで訴えていると、

「そこのピヴォワーヌ。一般生徒への脅迫行為を今すぐやめるように」

脅迫行為だと?!

驚きばっと振り返ると、後ろに呆れた顔の同志当て馬が立っていた。

「脅迫行為だなんて失礼な。私達は普通にお話をしていただけです。一体どこを見れば脅迫だなどと思うのですか?」

「こんな物陰で罪のない生徒に仁王立ちで迫る姿は、どう見ても脅しつけているようにしか見えない」

そんな!とんだ濡れ衣だわ!

「秋澤君!秋澤君からもはっきり言って。私に脅されてなんていなかったわよね?」

「秋澤、本当のことを言っていいんだぞ」

私達ふたりに挟まれた秋澤君は、「あ~…」と髪に手をやりながら

「吉祥院さんの言う通りだよ。雑談をしていただけ」

よし!

するとそれを聞いた同志当て馬は「そうか」とあっさり引いた。

「あら?それだけ?」

「水崎の冗談だよ。吉祥院さんはからかわれたんだ」

冗談?!なんてわかりにくい。秋澤君の参勤交代といい、男子の冗談はわかりにくい!

「本気で言っているのかと思ったわ」

「まぁ、正直に言えばあの物騒な様子からして、多少は本気も入っていたけどな。でも秋澤とは友達なんだろう?確か昔同じ塾に通っていたんだったか」

「えっ、なんで知っているの?!」

そして多少は本気で、私が秋澤君を脅迫していると思っていたのか!

「前に秋澤から聞いた」

またか!

「秋澤君、あちこちで私の噂をしているの?」

「そんなこともないけど。それに別に変なことは言っていないよ」

「ああ。悪い話ではなかった。いい奴だと言っていたぞ」

「え~っ。だって噂話でしょう?噂って基本悪口じゃない?」

「物の見方が荒んでるな…」

秋澤君が苦笑いし、同志当て馬がため息をついた。

「そういえば、この前頼んだこと言っておいてくれたか?」

「なんだったかしら?」

「そっちの会長に俺が礼を言っていたって話」

「あ、忘れてた」

「おい!」

言われてみれば、そんな話があったっけ。ごめ~ん。すっかり忘れてた。

「お礼って?」

事情を知らない秋澤君に同志当て馬が説明をした。

「まったく…。俺はてっきり伝えておいてくれたと思っていたんだぞ」

「ごめんなさい。でもあまり他人の話を聞いていない人だから、どうせ伝えたってすぐに忘れちゃうわよ」

特に最近の鏑木は浮かれていて、人の話なんて聞いちゃいないんだから。

「そんなこと言っていいのか」

「やだ。口が滑っちゃった。絶対に、ここだけの話ですわよ。3人だけの秘密」

「本当に噂は基本悪口だな…」

まずいまずい。最近ちょっと気が緩んでいるなぁ。鏑木の悪口なんて心の日記に書き殴るだけで、人前では口が裂けても言ってはいけないのに。

「ふたりのこと、信じていますからね」

「言わないって」

「うん。心配しなくても大丈夫だよ」

「ええ。もちろん信じていますけど。仮にこの話が表に流れたら、おふたりのどちらかが犯人ってことですからね?」

「…言わないって言っているだろう」

「口頭だけではなんなので、念書を書いてもらってもいいかしら」

「全っ然、信じてないだろ!」

そんなことないよぉ。信じてる信じてる。でもほら、一応ね。証拠に残しておかないと。

そうして同志当て馬とやいやい言い合っていると、

「そこでなにをしている」

「えっ」

この声はまさか…!

どうか別人であってくれという願いも叶わず、廊下の端にいる私達を目ざとく見つけ、厳しい表情でこちらにやってくるのは、噂の鏑木だった。ぎゃあああっっ!

いつから居たの?!どこから聞いてたの?!

「吉祥院」

「ごきげんよう、鏑木様。今日はお早いのですね。私と同じく道がすいていらっしゃったのかしら?」

笑顔で取り繕うも目を眇め無言の鏑木に、悪口が聞かれていたんじゃないかと冷や汗が流れる。

そろそろ生徒達も登校してきているのに、端っことはいえなんでこんな所でのんびりしゃべっていたんだ、私!

鏑木が私の腕を捕まえて、自分の側に引き寄せた。

「なにを話していた」

「なにって、別に…。ねぇ?」

「ああ」

私は同志当て馬と秋澤君の顔を見た。絶対に言うなよ。

「なぜ隠す。なにか疾しいことでもあるのか」

疾しいことはたくさんあります。

鏑木の全身からピリピリとした空気が放たれた──。うっ、胃が…。

この胃を刺す空気の中、秋澤君はどうしているかと横目で見ると、特に焦っても緊張もしていない飄々とした顔で立っていた。

この状況ですごいな…。秋澤君って、実は大人物なんじゃないかな。

ふと考えてみたら、桜ちゃんも小さい頃から好きだった幼馴染の秋澤君と一緒にいるために休みの日は秋澤君の家に遊びに行ったり同じ塾に通ったりと、押しの強さとやっていることでは鏑木とそう変わらないよね。

小学生の時から同じ塾に通う以外にも、秋澤君の部活の試合を応援しに行ったり瑞鸞の学園祭に行って秋澤君の同級生の女子達に自分の存在をアピールして牽制したり…。桜ちゃんの場合は鏑木と違ってきちんと秋澤君に事前に言ってから行動しているけど、これって一歩間違えたらストーカー…。

いやいやいや、そんなことはない。桜ちゃんのは純愛だよ!私が桜ちゃんのことを秋澤君のストーカーかも?なんて一瞬でも思ったことを桜ちゃんに知られたら、どんな目に遭わされるか…!

「もう一度聞く。吉祥院、なにがあった」

秋澤君と桜ちゃんの恋愛事情に現実逃避していた私を、鏑木の声が引き戻した。

鏑木の声がいつも以上に低い。やっぱり私が鏑木の悪口を言っていたことを聞かれてたのか?でも絶対に認めてはいけない。ふたりも黙っていることを誓ってくれた。言い逃れで乗り切るのよ、麗華!

重苦しい空気の中、鏑木が同志当て馬を見据えた。

「吉祥院に何の用だ。水崎」

は?同志当て馬?!

鏑木の厳しい眼差しは悪口を言っていた私にではなく、同志当て馬に向けられていた。

「こいつはピヴォワーヌのメンバーだ。こいつに文句があるなら、俺に言え」

え…。

もしかしてピヴォワーヌと対立する生徒会の会長である同志当て馬に、私が責められていたと勘違いしている?!

確かにあの時って、私が同志当て馬に詰め寄られていたと見えないこともなかった。もしかして鏑木はそれで助けにきてくれたの?!え~っ!

そう考えてみたらこの立ち位置も、同志当て馬との間に入って盾になってくれているような…。

私は慌てて誤解を解いた。

「鏑木様。私は水崎君に鏑木様にお礼を言っておいて欲しいと頼まれただけですわ」

「お礼…?」

思い当たる節がないのか鏑木は、眉を寄せた。

「先日の、あの騒動のことだそうですよ。ね、秋澤君」

秋澤君を巻き込もうと同意を求めると、秋澤君も「うん」と頷いてくれた。

それに続いて、同志当て馬も鏑木に直接謝辞を述べた。

「この前は、騒ぎを収めてくれて感謝する」

「お前に礼を言われる筋合いはない」

ばっさり。

そこは素直に受けておこうよ。せっかくお礼を言ったのに木で鼻を括った返しをされて、同志当て馬も少しムッとした表情になった。気まずい…。

登校してきた生徒達の目も気になるし、ここらでお開きにいたしませんか。

という私の気持ちを察したのか、同志当て馬が「じゃあ、話はそれだけだ」と言ってその場を離脱した。

そして

「おはよう、高道」

「あ、水崎君おはよ~」

ちょうど階段を上ってきた若葉ちゃんに声を掛け、そのまま若葉ちゃんの隣を陣取り歩いて行った。

「今日も暑いね~。少しでもラッシュを避けようと時間をずらしても全然ダメだったよ。今、手で持って使えるミニ扇風機を買おうか迷い中」

「あんなおもちゃみたいなの役に立たないだろう」

「そうかなぁ。でも扇子や団扇でずっと扇いでいるのは手が疲れるんだよ」

「まさか外で歩きながら使う気か?」

「うん」

「悪目立ちするからやめておけ」

「え~」

わー、なんだか仲が良さそうだね。

「……」

恐る恐る振り返ると、ああっ!恋敵という名の薪をくべられて、愚恋の炎がめらめらを通り越しぼうぼうと燃え盛っている!

「行くぞ、吉祥院」

不機嫌極まりない鏑木が、顎で私に指図した。ちょっと!私が手下みたいな扱いになってるけど!

それでも逆らう勇気もなく後ろをついて行く私に、秋澤君が「じゃあね」と手を振って見送ってくれた。一緒にきてくれてもいいのよ?

「…なぜお前が水崎から伝言を頼まれるんだ」

「私はクラス委員をしておりますので、その関係で生徒会長とも接点がありまして」

壁際に一列に並んで挨拶をしてくれる人達に笑顔で返事をしながら、私は鏑木に無難に答える。本当は早朝に一緒に掃除をしたり犯人探しをしたりしていたんだけど。

あ、そうだ。

「鏑木様、心配して助けにきてくださってありがとうございます」

とんだ見当違いだったけどね。

「ふん…」

私より20センチも長い足を持つ鏑木は、私を置いてさっさと歩いて行ってしまった。