軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

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手芸部に着くと、すでに何人かの部員が学園祭で展示する手芸部名物のウェディングドレス制作の作業をしていた。

「ごきげんよう、麗華様」

「ごぎげんよう。皆様、朝から精が出ますね。私もなにかお手伝いできることがあるかしら」

「では部長はこの部分の刺繍の続きをしてもらってもいいですか」

「わかったわ」

ウェディングドレスの刺繍は、刺繍の達人である2年生の南君が中心で進められている。

南君の刺繍は繊細でプロでも通用するんじゃないかと思うくらい綺麗で美しい。

私は細かい手作業の刺繍が苦手で全く上達しないので戦力外として、今年も部長なのにドレスの裾の目立たない場所を担当している。不器用で下手な部員でもドレス制作に参加させてあげる優しさがこの手芸部の良さだね。

「麗華様」

流れるような南君の刺繍の手技をすごいな~と見惚れていると、名ばかり部長の私をサポートして、実質手芸部を動かしている副部長が私の隣にやってきた。

「実はご相談がありまして」

「なにかしら」

副部長は内緒話をするように手で口元を隠すと、小声で

「私は次の手芸部部長は、南君が良いと思うのですけど、麗華様のお考えはいかがでしょうか」

「次の部長…」

そうか。すっかり頭から抜けていたけど、同志当て馬が生徒会長を代替わりする時期なら、手芸部部長も代替わりする時期ということなんだな。そっかぁ…。

「そうね。南君でしたら手芸の実力も折り紙つきで次代の部長にふさわしいと私も思います」

男の子なのに手芸部に入部するくらい手芸愛が強い子だしね。私よりも何倍も素晴らしい部長になって、手芸部を発展させてくれることだろう。

それは私の手芸部引退も近いということで、胸の奥に寂しさが押し寄せてきた。まだ1学期も終わっていないのに、今から寂しがっていたらしょうがないのになぁ。

センチメンタルになった私に、副部長は「それともうひとつ」と言った。

「麗華様、ウェディングドールを作ってみませんか」

「ウェディングドール?」

意外な提案に私は目を瞬いた。

ウェディングドールってあれでしょ。結婚式の入口や受付でウェルカムボードと一緒にお客様を迎える、動物やキャラクターでデフォルメされた新郎新婦のぬいぐるみ。

「今回のドレスと同じものを着せたウェディングドールを作って、それを展示したドレスの近くにウェルカムボードと一緒に飾る趣向はどうかなと思うんです」

「まぁ、それは可愛いわね」

ミニチュアの可愛いぬいぐるみが豪華なドレスと共にお出迎えか。いいと思う。

「でも私でいいのかしら」

自分でいうのもなんだけど、私は手芸は好きだけど腕はないよ。そんな目立つ展示物を私が作って大丈夫か?

「もちろんです。手芸部の顔である麗華様が作ることに意義があるんですよ。これは私だけではなく、手芸部員全員の総意です」

副部長の「どうぞ麗華様の3年間の手芸部への思いを込めて作ってください」という言葉に胸が詰まった。部長なのに最後まで不器用すぎてウェディングドレスの主要制作にすら携われない私に花を持たせようとしてくれているんだな。その気持ちが嬉しい。

「うん。頑張る…」

なんだか気を抜くと涙が出そうだったので、唇をぎゅっと結んで頷いた。そんな私を母の如き慈愛の笑顔で副部長が見守ってくれた。周りからも温かい視線を感じる。私、手芸部に入って良かったよ。

どこまで上手に作れるかわからないけど、精一杯素敵な作品を作るよ。

「それで、具体的にどうやって作ったらいいのかしら」

世の中にはウェディングドールの簡易キットなんてものも売られているけど、さすがにそれを使って作れというわけじゃないよね?

「麗華様といったらニードルフェルトではありませんか。ですからニードルフェルトで作ってみませんか」

ニードルフェルトか!それだったら慣れているから私でもできるかも?!

「わかったわ!」

「今回の目玉作品のひとつですから、ある程度の大きさの物を作ってもらわないといけないので、大変ですよ」

「大丈夫よ!頑張るわ!」

私は張り切った。

「人形に着せるドレスはウェディングドレスとそっくり同じものを別に作って着せてくださいね」

うっ…、ドレスはフェルトで作るんじゃなく手縫いか。一気に難易度が上がったな。ミニチュアとはいえ、この緻密なデザインのドレスと同じものを作るのか…。作りかけのウェディングドレスに目を馳せて、一瞬心が挫けそうになったけど負けない!

他の部員達からも「頑張ってください麗華様!」「私達もお手伝いします!」と励ましの声援が掛かった。ありがとう!

「それで、ぬいぐるみは何をモチーフにしたらいいのかしら。人気のあるものだとうさぎや猫などよね?」

「それはもちろん、モデルは麗華様ですわ!」

「えっ、私?!」

私がモデルの人形?!

「麗華様は手芸部の顔だと言ったではありませんか。その手芸部の看板である麗華様のお人形で、お客様をお出迎えするのです!」

副部長はどうです、素晴らしいでしょうといった顔をしているけど、私は自分で自分の人形を作るの~?!それって傍から見ると相当なナルシストっぽくない?!

「それはちょっとどうかしら…」

しかも自分で作った自分そっくりな人形にウェディングドレスを着せるって、ナルシストを通り越して痛い人と思われる可能性も…。

「いいえ!ここだけは譲れません!今回、麗華様モデルのウェディングドールを作ることは前から決定していたので、仮に麗華様が制作しないと言っても私か他の誰かが作ることになりますから」

「ええっ?!」

前から決まっていたの?!私、部長なのに今聞いたんだけど?!

「麗華様、お客様の心に残る素敵な作品を作りましょうね!」

爆笑の意味で心に残る作品になったらどうしよう…。

具体的なウェディングドール制作の打ち合わせと刺繍作業で疲れた私は、帰りにピヴォワーヌのサロンに寄ってお茶を飲んで帰ることにした。

普通のウェディングドールはウェルカムボードのサイズに合わせた、手のひらサイズのものが多いけど、私が作ることになったドールは目立たせるためにも両手で抱えるような大きなものを作ることになった。

安請け合いしちゃったけど、大丈夫かなぁ。いまさら心配になってきたよ。

サロンの扉を開けると、試験休み中なのでメンバーはいなかった。これは貸切か?!

と思ったら、ピアノの奥で人影が動いた。

「誰?」

それは私の台詞。

でもその声には思いっ切り心当たりがあったので、ソファからゆらりと立ち上がった男子生徒の姿に私は驚かなかった。

「吉祥院さん…」

「ごきげんよう、円城様」

逆光で黒髪が原作さながらの蜂蜜色に輝いた円城がいた。

なんでサロンに寄って帰ろうなんて考えちゃったかなぁ、私は。お茶なんて外のカフェで飲めば良かった…。

「試験休みなのにどうしたの?」

円城は私を見ながら不思議そうな顔をした。普通の生徒はせっかくの休みに登校なんてしないもんね。

「え、まさか追試…」

「違いますよ!」

不吉なことを言うな!

「そうだよね、ごめん。吉祥院さんは勉強頑張っていたもんね」

私の剣幕に円城は素直に謝罪した。

「雅哉も吉祥院さんだったらたぶん大丈夫だろうと言っていたよ」

鏑木に私の努力が認められていた!

「ただ、名前さえ書き忘れなければなとも言っていたけど」

「やめてください!」

恐ろしいことを言わないで!えっ、私ちゃんと名前を書いたよね…?書いた、よね…?自信がなくなってきた。今すぐ職員室に行って記名確認をしたい。

「ごめん、ごめん。冗談だよ。そんな深刻そうな顔をしないで」

「円城様は言霊というのをご存じですか…」

恨みがましい目で睨みつけてやると、円城は笑いながら降参するように両手を上げた。

「それで?今日はどうしたの?」

「私は部活です」

「あぁ、そっか。手芸部ね」

同志当て馬といい、皆当たり前のように私の所属部活を知っているのね。円城の場合は親友の鏑木が手芸部に乗り込んできたこともあったし、知っていてもおかしくないけどね。

「円城様こそ、どうされたのですか?」

常に成績トップ争いの中に入っている円城に限って、赤点を取って呼び出されたなんてことはありえないしね。

「僕?う~ん、家にいると煩わしいことも多いから、避難してきた」

円城はピアノにもたれかかりながら、軽い口ぶりで「その行き先が学校っていうのも情けない話だけどね」と続けた。

「でも休み中の学校は人も少ないし関係者以外立ち入り禁止だから、案外良い避難スポットなんだよね」

「なるほど…」

深くは追及しないけど、円城にも色々あるのでしょう。

「せっかく来たんだから、吉祥院さんもゆっくりしていきなよ」

そして誘導するように自分が今まで座っていた日当たりの良いソファの一角を手で示した。え、同じテーブルを囲むの?

「なにを飲む?」

この状況でにっこり微笑んで尋ねる相手に、私は帰りますと断るのはさすがに感じが悪すぎるよなぁ…。

「…ではミントティーを」

蒸し暑い季節に合うハーブティーを選んで、私は日が直接当たらない場所を選んで座った。

円城は「わかった」と言ってコンシェルジュに飲み物を頼むと、私達の席に近い窓だけ薄物のカーテンを閉めてから、自分も席に着いた。

「……」

「……」

小心者の私は沈黙に耐えられない。なにか話題はないか。共通の話題は…。

「円城様は期末テストはいかがでしたか?」

「別に、いつも通りかな」

それはいつも通り、全科目のほとんどを完璧に解答できたということですね。

「例の1年生達は雅哉に答え合わせをされて、青ざめていたけどね」

「うわ~…」

それはメールでも報告があった。確実に不正解だった問題がいくつかあって、周りの結果次第では50位以内はギリかもしれないと。あとは他の生徒がしくじっているのを祈るだけですと他人の不幸を願う暗いメールは、こちらにも厄が飛んできそうなので即刻削除した。

「吉祥院さんは上手く逃げたよね」

それはテストの反省会のことかな。

円城がニヤリと笑って言ったので、「私はお友達とテストが終わったお祝いに出かける予定が入っていたものですから」と返した。誰がせっかく終わったテストの反省会なんてしたいものか。

「円城様も参加したんですか?」

「まぁ、僕は見ているだけだったけど一応ね。それですべての答え合わせが終了した時にすっかり気落ちしていたから、慰めがてら帰りに食事に連れて行ったよ。雅哉も一緒にね」

そんなフォローもしていたのか…。

「円城様も大変ですねぇ…」

「わかってくれる?」

「ええ。もちろん」

私は大きく頷いた。私だって鏑木には苦労させられている。

「吉祥院さんも雅哉に巻き込まれて、苦労しているもんね」

「そうですね」

と頷いたけれど、あれ?考えてみれば、鏑木の起こす面倒事によく私を巻き込むのは、目の前の円城では…?

「あれは子供の頃から猪突猛進だからなぁ」

「一番大変だった出来事はなんですか?」

「一番といえばやはりあれだよ。1年の冬休みに突発的に旅に出た雅哉を追いかけて行ったこと」

あぁ、優理絵様に振られたショックで失恋旅行に出た時か。

「真冬の日本海から吹き荒れる海風は、想像を超える冷たさだったよ」

「それは…、お疲れ様でした」

「ほんとだよ。優理絵もさぁ、振るならせめて秋にして欲しかったよねぇ」

「そういう問題ですか?」

「切実な問題だよ」

円城は「冬の樹海の寒さをなめちゃいけない」と真顔で言った。相当つらかったようだ。

「それだけ迷惑をかけられているのに、円城様はどうして鏑木様と一緒にいるのですか?」

いつも疑問だったんだよね。一方的に迷惑をかけられているのに、どうして円城は鏑木の面倒をみているのだろうと。

「変かな」

「う~ん…。変ではないですけど…」

円城は「友達でいることに明確な理由なんてないと思うけど」と言った後で、

「雅哉はさ、一見無表情に見えるからわかりにくいけど、中身は真っ直ぐで裏表がないから一緒にいて楽なんだよね。それと人に対して誠実だから、雅哉だけは僕を裏切らないという絶対的な安心感かな。なにより突拍子もない部分が見ていて楽しいんだ」

と、円城は笑った。その優しい表情からは本当に親友の鏑木を信頼して好きなのが伝わった。

…確かに鏑木が真っ直ぐな性格なのは、今回の外部生とのいざこざの収め方で私もわかったけどね。

そう言いながらも円城はこれまでの鏑木による苦労話を面白おかしく語って聞かせ、私も鏑木にスーパーに連れて行かされ、鏑木が実演販売に引っかかりまくっていた話をして円城に大いに受けた。実演販売の野菜ジュースとメロンを両手に持つキング・オブ・カモの鏑木の姿を想像させると、円城は大笑いした。

「恋をした雅哉はさらに厄介なんだよなぁ」

「そうなんですよねぇ」

私はミントティーをおかわりして、サイドメニューを注文できない内弁慶君の話を円城にした。円城はそれを上回る鏑木の内弁慶秘話を教えてくれた。私は笑い過ぎて息ができなくなった。

結論。その場にいない人の悪口って楽しい。