軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

246

ドアの前には眉間にしわを寄せて、こちらの一挙手一投足を見逃すまいと鋭く見据える同志当て馬。

日頃嫌がらせを受けている若葉ちゃんの机の横には、他のクラスの生徒である私。

「……」

「……」

絶体絶命。

四面楚歌。

万事休す。

…今の私の状況を、端的に表す言葉が脳裏をよぎる。

ただでさえピヴォワーヌと生徒会は反目しあっていて、瑞鸞の対極にある私と若葉ちゃん。しかも数ヶ月前には若葉ちゃんのロッカーに嫌がらせをした犯人が私であると疑われる事件まで起きていた。そんな私が若葉ちゃんの机の近くにいたら、そこから導き出される答えは──。

あ、私、終わったな……。

『吉祥院麗華、市中引き回しの上、打ち首獄門の刑に処す!』

『待ってください、お奉行様!これには深いわけが!』

『引っ立ていっ!』

『あ~れ~!』

柄杓の水で刀を濡らし、私の後ろに立つ同志当て馬。そして白装束で筵に正座をしている私の首に今、ギラリと光る刃が振り下ろされる──!

「吉祥院」

これから起こるであろう恐ろしい現実を直視できず江戸時代に逃避していた私を、同志当て馬の声が引き戻した。

「もう一度聞く。ここでなにをしている?」

そう言いながら同志当て馬は扉を静かに閉め、私を追い詰めるべく一歩一歩こちらへと足を進めてくる。

「こんな早朝の、まだ誰も登校していない時間に」

銀の狼が逃げ遅れたぽんぽこ子狸の喉笛を食いちぎる距離まで、あと二十歩──。

「自分のクラスではない教室で」

あと十歩──。

「一体なにをしていたんだ?」

進退維谷まる──!

もうダメだ。もう完全に私終わった。

「吉祥院…?」

濡れ衣とはいえ私が犯人として事が公になったとしても、ピヴォワーヌのメンバーである私が表立って処罰されることはないかもしれない。いや、たぶんない。でもこれから卒業までの期間、瑞鸞の生徒達からコソコソと嫌がらせ行為を働いていた姑息な人間として白い目で見られる生活に、果たして私は耐えられるだろうか。

鏑木や円城も私に二度と気軽に話しかけることもなくなり、軽蔑した目で見てくるだろう。慕ってくれていた雪野君や麻央ちゃんや悠理君達プティの子達から笑顔を向けられることもなくなる。乙女な委員長や岩室君も弟子を辞めるだろう。決死の覚悟で私を庇ってくれた望田さんは失望する。芹香ちゃんや菊乃ちゃん達は…?

どうしよう、どうしよう…。

真っ暗な未来を想像して、恐怖で手が氷のように冷たくなってきた。

「おい、吉祥院。聞いているのか?」

「…っ!」

私の腕に触れた断罪者の手に、反射的に恐れ戦き身が竦んだ。

「あ、ごめん」

思った以上の反応に驚いたのか、同志当て馬は私から手を離すと「あ~」と言いながらその手で自分の髪をかきあげた。

「とりあえずさ、顔あげてくんない?」

ため息と共に発せられた言葉にビクビクと少しだけ顔をあげると、持て余したような顔をした同志当て馬と目が合った。

「まずは説明して」

説明…。

他のクラスの私が、早朝のひと気のない若葉ちゃんの教室にいた説明。ピヴォワーヌの吉祥院麗華が、若葉ちゃんがされていた嫌がらせの掃除をこっそりしていました、なんて普通誰も信じないよね?

同志当て馬は若葉ちゃんの机を指でトントンと叩いた。

「これは吉祥院がやっていたのか」

「これ、といいますと…?」

机の落書きですか…?

「高道の机磨き」

ハッとして私は大きく顔をあげた。

「ここ最近、誰かが高道の机やロッカーの汚れ落としをしているらしい」

気づかれてた!

「なんで…」

「なんでって、見ればわかるだろう。高道本人も、近頃自分の机や椅子が日に日にピカピカと光輝いていっている気がすると言っていたし、今だって周りと見比べても明らかに高道の机だけ朝日の反射が違うじゃないか」

…仰せごもっとも。

確かにワックスを塗りたての若葉ちゃんの机は、前後左右とは比べものにならない眩しい輝きを放っている。自慢の通販掃除アイテム達は、今日も看板に偽りなしの働きをしてくれていた。

「なぜ高道の机やロッカーだけが掃除されているのか不思議だった。高道が、きれいになって嬉しいけど磨かれ過ぎて机の上に置いたプリントが滑って落ちることがよくあるというので、もしや新手の嫌がらせかとも考えたんだけど…」

ええっ?!

「そんなつもりじゃないわ!」

「だろうな」

「えっ」

試された?!

「まぁ、嫌がらせで机を毎日掃除するっていうのも変な話だしな。高道も靴屋のこびとさんの仕業かもねぇなんて言って気にしていないし」

メルヘンだな、若葉ちゃん。

同志当て馬は若葉ちゃんの机の四隅にスーッと指を滑らせ、汚れをチェックするような仕草をした。その姿は、まるでお姑さんのようだと思ったことは決して口には出すまい。

「修学旅行から帰国して、高道の備品への嫌がらせが再発した。具体的には土汚れや落書きなんかだな。ただそれはしばらくして無くなったから、収まったように見えていたんだけど…」

同志当て馬が、ちらりと私を見た。

「もしかして、吉祥院が毎日消していたのか?」

…これは私の立場上、肯定してもいい場面なのだろうか。挙動不審に目が泳いだ私に、同志当て馬が目を眇めた。

「どうして、吉祥院が高道のフォローをしているんだ?」

「それは、えっと…、高道さんに気分よく朝を迎えて欲しいからと言いましょうか…」

「はあ?なんだそれ」

「はあ。なんでしょう…?」

自分でもなにを言っているのかわからない。学院内では私と若葉ちゃんが友達であることは隠している。それなのにほとんど接点のない外部生が清々しく過ごせるように早朝から掃除をしています?怪しい。怪しすぎる。

でもこの様子だと生徒会長である同志当て馬は、一応私の言い分を聞いてくれる気はあるってことだよね?

「高道さんの机などへの嫌がらせが呼び水となって、面白半分に高道さんをいじめる人間が増える可能性もありますし、なにより朝から自分の靴箱やロッカーが汚されているのを見るのはつらいでしょう?」

「…なるほどね」

「えっ?!」

言ってる自分が嘘くさいと思うのに。

「えっと…、信じてくれるの?」

「そうだな」

同志当て馬が頷いた。

「どうして…」

「どうしてって、なにが」

「だって私、ピヴォワーヌですよ?」

「言われなくても知っている」

私の自己紹介に同志当て馬が今更なにを言っているんだというような表情をした。

「…ピヴォワーヌの私の言うことを、生徒会長が簡単に信じるのですか?」

「吉祥院が俺をどう認識しているのかは知らないが、俺は相手の所属や立場で一括りに考えることはしない」

なんという公明正大!まさに生徒会長の鏡!

「ありがとうございます…!」

「それに、前に誰かも言っていたけど、吉祥院なら回りくどい嫌がらせなんかしなくても、気に入らなければ指1本動かすだけで学院から追放できるだろ?」

「できませんから。なんですかその悪い意味での過大評価は」

「そりゃあピヴォワーヌの実力者だしなぁ」

「1分前に発した自らの言葉の責任!」

生徒会長の鏡はヒビ割れている!

「ところで、これはなにで磨いているんだ?ただの雑巾の水拭きじゃないだろ」

えっ、私の通販コレクションを見たいの?う~ん、まぁ私の無実を一応信じてくれたし、証拠品も兼ねて見せてもいいかな。

私はカバンの中から代表メンバーの中でもエース格であるチューブ洗剤をおもむろに取り出した。

「あ、これなにかで見たことがある」

「これは全米シェアNO1の、どんな汚れもたちどころに落とすスーパー洗剤です」

「あぁ、確か子供がフローリングに描いたクレヨンの落書きも簡単に落ちるとか、溶かした水に汚れた布を入れると真っ白になるとかっていう…」

「あら良くご存じですね。その通りです」

「これって本当に漬け置きしただけで真っ黒に汚れた布が白くなるのか?」

「ええ。私もまず届いてすぐにあのテレビでやっていたデモンストレーションを試しましたが、確かに宣伝通りに漂白されましたよ」

「へえ!」

「興味がおありなら1本差し上げましょうか?キャンペーン期間中で1本のお値段で2本付いてきたので」

「いや、いい…」

「そうですか?」

遠慮しなくてもいいのに。

「それからこれと、これと…」

「おい、どんどん出てくるな」

机の上に出されたアイテムの数々に同志当て馬が目を見張ったが、甘いな。家には代表落ちしながらも出番を待つメンバーがまだまだ数多く控えている。

「あ、これってもしかしてマジカルなんとかっていう」

「洗剤いらずの魔法の雑巾ですね。ちょっとした汚れにはこれ1枚で二度拭きいらずの手間いらず」

「洗って何度も使えるんだよな」

「ええ、そうです。でも実際には洗っているうちに劣化して効果が薄くなるので、テレビで言うほどは持ちませんね」

「まぁそうだろうな」

私は同志当て馬が次に手に取ったワックスの仕様説明もする。

同志当て馬は魔法の雑巾で隣の机を拭くと、ワックスをかけ出した。

「もしかして、蒸気で汚れを浮かして落とす器械も持ってる?」

「スチームクリーナは現在検討中です。すっごく欲しいんですけど、水が出るから掃除の場所を選ぶんですよね」

「あぁ、水周りか外限定だよなぁ」

そうなんだよねぇ。教室やロッカーで使ったら水浸しで大惨事だもん。でも一度使ってみたい!

しかし…。

私は自分のクリアファイルを油性マジックで汚してチューブ洗剤の威力を試している同志当て馬を横目で見た。この男、話が合い過ぎる。

「テレビ通販にお詳しいのね」

同志当て馬の手が一瞬止まった。

「…夜中にテレビをつけるといつもやっているから、つい目がいっちゃうんだよ」

さもありなん。

「夜中は通販番組のゴールデンタイムですから」

同志当て馬は別の意味でも同志であった。

でも無言のアイコンタクトでお互い、このことはここだけの話にしておこうということになった。だって高校生が夜な夜な通販番組を楽しみに観ているってなんだかちょっと恥ずかしいんだもん。

「吉祥院、明日から一緒に犯人を見つけないか」

「えっ!」

そろそろ生徒が登校してきそうなので、掃除グッズをカバンに片付けている時に同志当て馬が驚くべき提案してきた。

「どうせ明日も吉祥院は高道のされている嫌がらせを消しに来るんだろう?」

「ええ、まぁ…」

「それもいいことだとは思う。けれど、いつまでも対症療法みたいなことをやっていても埒が明かない。いじめの元を断たないと」

「それは確かにそうですけど」

「だったら力を貸してくれないか。1人より2人で探したほうが見つかる確率が高い」

え~、犯人を探すのは別にいいけど、ピヴォワーヌの私が生徒会長と手を組むっていうのはまずくないか?だってこれってピヴォワーヌ的に敵と通じている裏切り者じゃない?

それはちょっと~と保身に走ったが、断ってもどうせ明日同じ時間帯に来れば会うことになるぞと逃げ道を塞がれ、仕方なく一緒に犯人探しをすることになってしまった。

しかし犯人を見つけた場合は表に出るのは同志当て馬のみで、私はその場からすばやく退散することは約束させる。誰かに目撃された場合も他人のフリをするべし。私のことを誰にもしゃべらない。

同志当て馬は条件を飲んで頷いた。

「じゃあ明日からよろしくな」

明日は通販で買った壁や床のキズをたちどころに消す消しゴムを持って来ようかな…。