軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

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──中間テストが終わってから、若葉ちゃんへのいじめや嫌がらせが増えている。

具体的には若葉ちゃんへのこれみよがしな陰口やロッカーや机が汚されていたり、わざとぶつかられたり体育の球技で集中攻撃をされたり…。内容は今までとそれほど変わりはないけれど、受験イヤーということで、我らが皇帝に近づく庶民の外部生が気に食わないというアンチだけじゃなく、若葉ちゃんの成績を妬む男子を中心としたアンチが増えているのが特徴だ。

同じ境遇であるはずの外部生ですら若葉ちゃんに嫉妬して敵愾心を抱いている子達もいるのがなぁ…。

エスカレーター式だから基準値以下のあまりに酷い成績を取らなければ、付属大学のどこかに潜り込ませてもらえることは約束されているけれど 倍率の高い学部狙いや推薦で外部受験を考えているような生徒達にとっては、そうはいかないのだろう。

そういう生徒達の受験スイッチがすでに入っていることは先日の中間テストの結果で私も実感済みだ。今までと変わらない勉強量だったのに驚くくらい順位が下がった…。まずい、このままじゃ私の野望を叶えるための希望学部に入れないかもしれない。将来設計が崩れてしまう!そう、私には彼らの焦りはよーくわかる。わかるけどさぁ。これは、ねぇ…。

「お前んちって貧乏なんだろ。だから必死で勉強して奨学金稼いでいるんだろ」

移動教室帰りに皆とおしゃべりをしながら歩いていたら、例によって若葉ちゃんが廊下で数人の男子にしつこく嫌味を言われていた。

女子のいじめは、男子の目を気にして裏でコソコソやるのが多いけど、男子のいじめは周りに見せつけるように大っぴらにやるのが多いんだよなぁ。針でチクチク刺され続けるのと、刀でザックリ切られるのでは、ダメージはどちらが大きいものかな。

しかし聞き捨てならない。若葉ちゃんのお家はケーキ屋さんも繁盛しているし、決して貧乏なんかじゃない。ごく普通の一般家庭だ。それをなんて失礼な言い草だ。心の中でわが別宅と思っている高道家をバカにすることは、私にケンカを売っているのと同義。

私は顎をツンと上げると芹香ちゃん達を後ろに従え、辺りを払う足取りで廊下の中央を闊歩した。私達の存在に気づいた生徒達はサッと廊下の端に寄って道を開けてくれるが、若葉ちゃんを囲んで罵っている連中はまだ気づいていない。

私は片足を一歩前にタンと踏み鳴らした。

「邪魔よ、貴方がた。どいてくださる?」

私の声に振り返った男子達は、ギョッと目を見開いて後ろに飛び退った。文字通り、まさに二、三歩飛んだ。

私は目をぎょろぎょろ動かして挙動不審になったその連中をちらりと見流し、「ねぇ芹香さん」と、今日も完璧な巻き具合の自分の髪をくるんと指でもてあそびながら、左の芹香ちゃんに声を掛けた。

「私の進路を妨害するこの邪魔な障害物達は、どこのクラスの、なんという名の生徒達なのかしらぁ?」

私の言葉に男子達が「ぅげっ…!」と声を洩らし目を剥いた。

「困ったわぁ。こうして道を塞がれていたら、私達、次の授業に間に合わなくなるかもしれないわねぇ?」

そこに畳みかけるように、不逞の輩顔負けの因縁をつける。「不愉快だこと…」というため息交じりの止めの台詞のおまけつきだ。

私の不満の声を聞いた芹香ちゃん達が、目を吊り上げて前に出た。

「おどき、路傍の石ども!まとめて蹴り飛ばすわよ!」

「麗華様の歩かれる道を塞ぐなど、言語道断!無礼討ちを覚悟なさい!」

廊下に男子達の悲鳴が響く。ほっほっほっ。芹香さん、菊乃さん、懲らしめてやりなさい。気分は水戸のご老公。

芹香ちゃん達の剣幕に恐れをなした不届きな男子達は、「すみませんでした!」と叫ぶと蜘蛛の子を散らすように逃げだした。ふっ、小物どもめ。瑞鸞カーストの頂点に属する、このバラモン麗華に刃向える人間などそういないのだ。

そしてあとに残されたのは口をぽかーんと開けた若葉ちゃんだけ。若葉ちゃん、口閉じて!

「麗華様、どうします?麗華様を不快にさせたあの連中、あとできっちりと落とし前を…」

「まぁ菊乃さん、物騒なことをおっしゃらないで。こうして廊下の見晴しも良くなったことですもの、今回は不問にいたしましょう」

おほほほほと寛容に笑ってみせると、廊下に出てこちらの様子を窺っていた他の生徒達が、一斉に壁に張り付いて、それに同化した。どうやら瑞鸞の生徒達は忍法隠れ身の術の使い手らしい。中にはカタカタと体を震わせ、術が解けている未熟者もいるけれど。

横からシャカシャカシャカと音がする。

見れば若葉ちゃんがなぜかペンケースをリズミカルに振っていた。…どうした若葉ちゃん。

そんな若葉ちゃんの行動に疑問を抱きつつも、あえて声を掛けずに私は芹香ちゃん達と歩きやすくなった廊下を進んだ。

おや、あそこになにやら見覚えのある地蔵尊が。よく見れば中等科時代に一緒にクラス委員をやった小坊主こと坊田君ではないか。高等科にあがっても丸めた頭は健在だ。

せっかくなので立ち止まり、家内安全を祈って全員で手を合わせると、お地蔵さんがガラガラと地面に崩れ落ちた──。

教室に入ると廊下でのやり取りを見ていたらしい笑顔の佐富君が、「いやぁ、さすがの迫力」とパチパチ手を叩きながら近寄ってきた。

「吉祥院さんってさぁ。クラス委員長っていうより組長って呼ぶほうが似合っているよね。あ、もしかして背中に緋牡丹とか入ってたりする?」

瞬間、佐富君の体に芹香ちゃんと菊乃ちゃんの拳が炸裂した。

「ぃだっ!組長!若頭達が暴力を!痛いっ!痛いっ!肝臓はやめろ!」

私は芹香ちゃん達に正中線を狙いなさいというアドバイスをしてから、自分の席に向かった。芹香さん、菊乃さん、懲らしめてやりなさい。

その日の夜、心配だった私は若葉ちゃんに電話をかけた。若葉ちゃんは私が電話をした理由を察したのか、挨拶のあとですぐにお礼を言われた。

「今日はありがとう、吉祥院さん。あれって私を助けてくれたんだよね」

「お礼なんていいわよ。たいしたことしていないし」

全く。出来る人を妬む暇があったら自分が勉強しろ。私も落ちた成績を挽回するためにこれからガリガリ勉強するつもりだ。

「ううん、凄かった。吉祥院さん達のやり取りは、まるで演劇を観ているようだったよ」

…その演劇ってどんなジャンル?まさか極道ものじゃないわよね?若葉ちゃんの頭の中で私に迫力満点な黒留袖とか着せていないよね?

「そうだ。私音響担当してみたんだけど、気付いてくれた?」

あの謎のペンケース振り振りは、BGMのつもりだったのか…。

「…若葉ちゃん何やってんの」

「あははは。口笛と迷ったんだけど、考えてみたら私口笛吹けなかったんだよねー」

あの場でご陽気に口笛なんて吹いてたら、バカにしてんのかってうちの若い衆にボコボコにされてたぞ…。

「でもここ最近の若葉ちゃんへの嫌がらせは酷いよね。やっぱり私が生徒達に直接注意しようか」

若葉ちゃんを嫌っていたピヴォワーヌの前会長達も卒業したし、まだ前会長の息のかかった後輩達はいるけれど、最上級生となった今の私なら表立って庇ったところで彼らを黙らせることも可能だ。

しかし若葉ちゃんはそんな私の提案を「え~っ、いいよ別に」と断った。

「どうして?だって大変でしょう?」

「平気平気。陰口なんて慣れちゃったし、聞き流していればたいした害はないしね。机とか備品に嫌がらせされるのはちょっと困るけど、まぁ大丈夫だよ」

「でも」

「あと1年ちょっと乗り切れば卒業だからね。それまでの辛抱だと思えばへっちゃらだよ。わざわざ吉祥院さんの立場を悪くすることないって」

若葉ちゃんの言葉が私の胸を深く突き刺した──。

ショックだった。

……若葉ちゃんにとって、瑞鸞を卒業するということは寂しいことではなく、待ち遠しいことなのだ。

胸が痛い…。

そりゃあそうだ。何を言われても何をされても、いつもへらへら笑って受け流しているからって、傷ついていないわけがないのだ。

「……」

私は唇を噛んだ。

私にとって瑞鸞はなんだかんだ言ったって初等科から通っている学校だから、母校としての愛着もあるし、瑞鸞で過ごした約10年はかけがえのない宝物になっている。

でも若葉ちゃんにとってはそうではないのだろう。家柄や財力に価値を置く生徒達に敵視され、成績などで目立つ行動をすれば直接的間接的に悪口を言われる生活はさぞや居心地の悪いものだろう。そんな学校とっとと卒業しておさらばしたいと思うのは当然だ。

「あれ?吉祥院さん、どうかした?もしもーし」

…でも、これは私のエゴでしかないけれど、若葉ちゃんにそんな想いで瑞鸞を卒業して欲しくない。できれば卒業した後で瑞鸞での高校生活を思い出したくない過去じゃなく、楽しかった思い出として振り返って欲しい。

「…ごめんね若葉ちゃん」

「えっ、なにが?」

若葉ちゃんなら平気そうだと、自らの保身を選んで友達なのに本気で助けようとしてこなかったこと。

「私、やるよ」

「えっ、なにを?」

「いろいろ」

きっと若葉ちゃんを笑顔で卒業させてみせるよ!

そんな私の決意を知らない若葉ちゃんは「ん~、よくわからないけど頑張って!」と応援してくれた。そして「そういえばね」と言った。

「この前、鏑木君と約束していた恐竜展に行ってきたんだ!」

おおっ!鏑木とのデート!

「どうだった?」

「すっごく良かったよ!感動した!」

若葉ちゃんの声が興奮している。これはデート成功か?!不肖の弟子よ、やるじゃないか。

「最初、博物館に着いたら館長さん自らがお出迎えしてくれたのにはびっくりしちゃったんだけどね」

「え」

館長のお出迎え?なんだそれは…。

「よくぞいらっしゃいましたって鏑木君大歓迎されてたよ。で、その後も館長さん以外に学芸員さんがアテンドに付いてくれて、私達と一緒に回りながら展示物をひとつひとつ丁寧に説明してくれたんだ」

「え」

…あのバカ、一般でチケットを買わずに鏑木の名前で行ったな。おおかた家に送られてきた招待券でも安易に使ったのだろう。鏑木家に送られてきた招待券で堂々と行けば、そりゃあ主催者側も付きっきりで鏑木家の御曹司を持て成すだろうね。鏑木はお忍びという言葉を知らないのか…。

最初から最後まで係員が説明しながら見学する博物展。それはデートというよりどこぞの公務…。

「さすが専門家は違うね。学芸員さんの説明はわかりやすくて、知らなかったことがたくさんあったよ」

「…そうなんだ。ちなみに、それは楽しかったの?」

「もちろん!すごく為になった!」

「…そっか。若葉ちゃんが楽しかったのならいいね」

「うん!」

そう、若葉ちゃんが楽しかったのならそれでいい。それがたとえ関係者がぞろぞろと付き従った、およそデートとは呼べぬ代物だとしても。

それから若葉ちゃんは中生代だ恐竜の進化だ絶滅だと、恐竜のあれこれを私に語って聞かせた。若葉ちゃん曰く、恐竜はロマンらしい。

「そうだ。お土産も買ってきたんだよ。恐竜クッキー、今度渡すね」

「え~、ありがとう。そんなに気を使ってくれなくていいのに」

「気持ちだから!それと恐竜のキーホルダーもあるけどいる?かなりリアルでかっこいいよ。懐中電灯にもなるから、カバンにぶら下げておくと夜道でも便利だと思うよ」

…リアルな恐竜の懐中電灯キーホルダー。

「…え~っと、それは若葉ちゃんが使うといいよ」

「そう?遠慮しなくていいよ。吉祥院さんにはいつもお世話になってるし!」

「ううん。私はクッキーだけで充分。どうもありがとう」

「え~、吉祥院さんは遠慮深いなぁ」

ごめん、若葉ちゃん。私は爬虫類が苦手なのだよ…。

私は電話を切ると、早めにベッドに入った。勉強は明日から頑張る。