軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

222

私が鏑木の車に乗って立て続けにふたりで帰ったことが、噂になっている。

曰く、「鏑木様と麗華様がまたご一緒に帰っていた」「麗華様が朝、鏑木様に放課後の約束を忘れないようにと声を掛けられていた」等々。

もう最悪。今回の噂は鏑木が原因なのだから、もし鏑木から責められるようなことが万が一あったとしても、返り討ちにしてやるけどさ。でも身に覚えのない恋の噂なんて、鬱陶しいことこの上ない。

「麗華様ったら、いつの間に」

「鏑木様と麗華様ならお似合いだと思いますわ」

「ねぇ麗華様、鏑木様とどんなお話をしているのか、聞かせてくださいな」

「わぁ、聞きたい、聞きたい!」

昼休み、芹香ちゃん達が目を輝かせて私に恋バナをせがむ。どんなお話?主に鏑木の頓珍漢な恋愛相談と庶民のレクチャーだよ。鏑木はねー、告白する時に花火打ち上げようとしたり、片思い中の子にふたりのイニシャル入りの手作りアクセサリーをプレゼントしたりするんだよ~。

「用事があったので同乗しましたけど、特にみなさんが期待するようなことはなにもありませんのよ?」

「え~っ、でもあの鏑木様が麗華様の手を取っていたという目撃情報が」

それは行きたくないな~と、だらだら歩いていた私の腕を、鏑木が掴んでグイグイ引っ張って連行していた時だと思う。

「私の足が遅いので、鏑木様が腕を一瞬引っ張った時かしら。でもそれだけよ」

「おふたりが仲良さそうにお話していたって聞きましたわ」

「勉強の話ですわね」

若葉ちゃんに参考書と問題集をプレゼントするアドバイスをしたり、鏑木の図書館デートの話を聞いたりしています。

木で鼻をくくったような私の返事に、芹香ちゃん達がつまらなそうな顔をしたけど、鏑木なんかと根も葉もない噂を立てられて、これ以上私が縁遠くなったらどうするんだ。私はまだ、この学院のどこかにひとりくらいは、私を好きな男子がいるんじゃないかと淡い希望を持っているのだ。縁起の悪い詩集をやっと手放せたんだから、私の恋愛運もこれからガンガン上がる違いない。

「吉祥院さん、修学旅行の自由行動予定、男子のぶんを集めたよ」

佐富君が手に持っていた紙を見せて私の元にやってきた。女子のぶんはすでに私が集めてある。

「では出しに行きましょうか」

「俺ひとりで行ってきてもいいけど?」

芹香ちゃん達とおしゃべりしていた私に気を使ってか、佐富君がそんなことを言った。

「いえ、大丈夫ですわ。私も一緒に行きます」

目前に迫った修学旅行の各自の自由時間の行動予定表を、生徒会に届けに行くのだ。だいたいはみんな、似たようなところに行くんだけどね。

私と佐富君は芹香ちゃん達にいってらっしゃ~いと見送られ、教室を出た。

「吉祥院さん達は自由行動の日はどうするの?」

「私達はミュージカルに行く予定ですわ」

「へぇ。ミュージカルは希望者が結構いるみたいだね。なにを観に行くの?」

「オペラ座の怪人ですわ」

「あ~、あのシャンデリアが落下する話かぁ」

「ええ。佐富君達は?」

「俺達はサッカー観戦」

なるほど。男子はそっちか。ヨーロッパだもんね。当然蹴鞠大納言達も行くんだろうなぁ。

「でも母親に買い物も頼まれているんだよねぇ。これが結構面倒で」

「まぁ」

「買い物リストを渡されたんだけど、俺じゃよくわからないから、そのブランドに買い物に行く女子達に付いて行って、教えてもらうことになってるんだ」

すでに自由時間に女子と行動する予定が入っているとは…!佐富君め、なんと羨ましい。これぞ私の憧れる修学旅行だ。森山さんも修学旅行で、一緒に寺巡りなどをしてお参りしたり、お団子を食べたりして仲良くなった男子と付き合うことになったと言っていた。しかし私のグループには今のところ男子からのお声はなにひとつ掛かっていない。寂しい。ここは共学のはずなのに、私の周りだけ初等科から女子校状態だ。男女七歳にして席を同じゅうせずなどと掲げた覚えはないのに。

「ところで吉祥院さん、ロンドン塔の幽霊って知ってる?」

「怖いからやめてください」

お化けの話をしていると、本当に来ちゃうんだぞ。

「え~、わくわくしない?アン・ブーリンは首ありバージョンと、首なしバージョンがあるらしいよ」

「しません。話題を変えましょう。佐富君はトレビの泉でコインを何枚投げますか?」

佐富君はきっと、京都の血天井を観に行っちゃうタイプだな。ひぃ~、怖いっ。背筋がゾクゾクするっ!楽しい話をしようよ~。

私達はそのまま生徒会室まで、どこに行きたい、あれが食べたいなどと歩きながら話した。

「予定表の提出に来ました」

「ご苦労様です」

生徒会室には会長の同志当て馬と、若葉ちゃんと2年生の男子がいた。昼休みだってのに役員は当番で生徒会室にいなきゃいけないとは大変だ。

「水崎、頑張ってるか~?」

「まぁな。お前こそちゃんとクラス委員の仕事をやっているのか?」

「やっているだろ~。今もこうして昼休みだってのに真面目にお使いしてさぁ。もっと労えよ」

「なに言ってんだ」

佐富君は同志当て馬とも友達のようで、軽口を叩き合っている。佐富君は人当りがいいから男女ともに友達が多いよね。

「あれ?このクッキーなんだ?」

会長の机の上には、透明な袋に入ったクッキーがあった。

「高道の差し入れ」

「高道さんの?」

若葉ちゃんの手作りクッキーとな?!

「昨日、家でクッキーを焼いたからみんなで食べようと持ってきたんだ~」

若葉ちゃんがニコニコ笑って答えた。

「へぇ、そうなんだ。俺もひとつもらっていい?生徒会室でお菓子を食べていた口止め料に」

「あはは、どうぞ~」

佐富君は1枚齧って「おいしい。高道さん、お菓子作り上手だね」と褒めた。そりゃあケーキ屋さんの娘ですもの。

「吉祥院さんもよかったらどうぞ?」

若葉ちゃんが屈託なく私にもクッキーを勧めてくれたので、「ありがとう。いただきますわ」と、遠慮なくもらった。チョコクッキーは甘い中に少しほろ苦さもあっておいしい。さすが若葉ちゃん。今度このクッキーの作り方も教えて欲しいなぁ。

しかし私が若葉ちゃんの手作りクッキーを普通に食べたことに、同志当て馬達は少し驚いた表情で見てきた。あ、そうか。私がすっかり若葉ちゃんに胃袋を掴まれていることを、ほかの人達は知らないんだった。

「ごちそうさまでした。とてもおいしかったですわ」

もう1枚もらいたかったけど、やめておこう。

それから私達は自由行動時の注意などを受けて、生徒会室を出た。

う~ん、あの様子だと、若葉ちゃんの生徒会への手作りお菓子の差し入れは、今日が初めてではないとみた。鏑木が知ったら悔しがるだろうな~。今のところ、若葉ちゃんと一緒にいる時間が、同志当て馬のほうが圧倒的に多くて有利だけど。これを巻き返せるか、鏑木?!

その夜、私は若葉ちゃんに今日のクッキーのお礼を兼ねて連絡をした。

「あのクッキー、サクサクしてて凄くおいしかったから、また作り方を教えてもらいに遊びに行ってもいい?」

「もちろんだよ。いつでも来て。この前の鉄板焼きも楽しかったよねぇ。吉祥院さんの持ってきてくれたお肉が、凄くおいしかった!」

「ふふっ、そうね」

あの日は本当に楽しかったなぁ。私もリラックスしすぎて何度も若葉ちゃんって呼んじゃってたし。

「よく差し入れは持って行くの?」

「たまにね。生徒会の仕事が忙しくて放課後遅くなりそうな時とか、おなかが空くかなって時に、みんなで食べようと思って」

友柄先輩も生徒会室に行くと、よくお菓子を食べていたなぁ。懐かしい。食べ盛りだからおなか空くもんね。

「生徒会の特権ね?」

「あはは。あ、そうだ。この前吉祥院さんにも考えてもらったマニュアルね、完成したんだ」

「へぇ!どうだった?」

「うん。新しく外から入ってきた子達にはかなり役に立ったみたい。やっぱりわからないことがいっぱいあったみたいだから」

「そう。良かったわね」

「コンビニのお弁当禁止は、すでにやっちゃった子がいたみたいだけど。ほかの高校では普通のことだからねぇ」

「そうねぇ」

前世で通っていた高校では、私にも当たり前の光景だったよ。

「瑞鸞の子達って、コンビニのお弁当なんて食べたことないのかな」

「う~ん、どうかしら」

少なくとも内部生は食べたことがないと思う。私はおにぎりをよく買うけどね。いろいろ種類はあるけれど、やっぱり鮭を選んじゃうんだよね~。

「あ、でもね、この前鏑木君とファーストフードに行ったの!」

お!その話は?!

「まぁ。鏑木様と?」

「そうなの。図書館に一緒に勉強しに行ったんだけどね。ちょっと休憩するために外に出たのはいいけど、鏑木君が普段入るような店がなくてさぁ。どうしようかと思ってたら、鏑木君がここでいい?ってファーストフードにスタスタ入って行っちゃうんだもん。もうびっくりだよ~。私、ピヴォワーヌの人は絶対にそんなお店に入ったことなんて一度もないんだと思ってた!」

うん、正解だよ。鏑木のファーストフードデビューはつい最近のことです。

「結構ね、よく来るみたい。普段はハンバーガーを食べているらしくて、季節メニューは初めて注文するって言ってたけど」

「へぇ~」

「鏑木君って、外食は常に三ツ星レストランみたいなところしか行かないと思ってたんだけど、まさかファーストフードにも行くなんてね。本当にびっくり。なんかね、広く社会を見るために、そういうお店にも入るようにしているんだって」

あ、それ、私の“人生勉強”をパクったな。鏑木め。

「今までは同じ学校に通う同級生っていっても、雲の上の存在っていうか、住む世界が違う人ってどこか思ってたんだけど、案外普通のところもあるんだなって、ちょっと親しみを持っちゃった」

「そうなんだ」

おぉ、これは親近感を持ってもらうという作戦成功かな。さすが、私。ナイスアドバイス!

「それでね、その鏑木君からもさっき電話があって、修学旅行の話をしていたんだけどね。私がスイーツの有名店に行きたいんだって話をしたら、じゃあ自分が連れて行ってあげるって言ってくれて、結局一緒に行くことになっちゃったんだけど、吉祥院さんどう思う…?」

「はあっ?!」

鏑木!あいつはまた何をやってるんだ?!修学旅行の話から若葉ちゃんの好みをリサーチしろとは言ったけど、その修学旅行の自由時間に強引に割り込めとは言っていない!

「それは…、高道さんにも予定があるでしょうから、迷惑ならはっきり断っていいと思いますわよ」

あのバカ、あのバカ…。うざがられても知らないぞ。

「ううん、それは全然迷惑なんかじゃないんだ。むしろ嬉しいくらい」

「えっ?!」

それは意外!だって若葉ちゃんだって、友達との予定があるでしょう?

「だって、高道さんのお友達は?」

「それがね、ほかの友達は自由時間にショッピングに行きたいらしいんだけど、私はあまりブランド物には興味がないから。だったらその間に憧れの有名スイーツのお店に行ってみたいなって思ってたの。最初はひとりでも行っちゃおうかなって思ったんだけど、でもやっぱり初めての海外で、ひとりで出歩くのって少し怖いでしょ?チップとかもよくわからないし…」

「そうね」

「そのことを鏑木君に話したら、だったら自分がって言ってくれたんだけど。でもね、鏑木君がせっかく言ってくれたんだけど、鏑木君の自由時間を私のスイーツ巡りに付き合わせるのは悪いと思うんだ。鏑木君にも行きたいところがあるだろうし…」

鏑木の行きたいところ?あのバカ弟子に、若葉ちゃんと過ごす自由時間より行きたい場所などあるもんか。

「…それはどうかしら。鏑木様はヨーロッパには何度も行っているから、いまさら修学旅行でどうしても行きたい場所などはないと思うわよ」

「そうかな?」

「ええ。それに鏑木様は甘党だから、本人も楽しいんじゃないかしら?」

「そっかぁ。じゃあ厚意に甘えちゃってもいいかな…?あのね、ローマに鏑木君のお薦めのドルチェのお店があるんだって。その話を聞いて、実は凄く行きたかったんだ!」

「えっ、ドルチェ…?!」

『君は僕のdolce』の主人公の口から、いきなりその単語が出てきたので、心臓がありえないくらいドキンッとして、あやうく携帯を落としそうになった。

甘党の皇帝が、好きな女の子をdolceに例えるタイトルのマンガ。

その皇帝と若葉ちゃんが一緒にドルチェを食べに行く。これはドルチェが縁で急展開の予感?!うひょおっ!なんだかよくわかんないけど興奮してきたー!

「若葉ちゃんが行きたいなら、ぜひ行ってきなよ!ドルチェ、いいよドルチェ!」

「う、うん、ありがとう…」

妙なテンションのまま電話を切ると、鏑木から“パリとローマの自由時間を一緒に過ごすことになった!”という喜びのメールが入っていたので、“健闘を祈る!”と返信をしておいた。

若葉ちゃんにいつか『君は僕のdolce』って言っちゃうの?!ねぇ、言っちゃうの?!鏑木!!

一晩寝て、元の精神状態に戻った私は、鏑木に“くれぐれも目立つ行動は取らないように。瑞鸞の誰かに見つからないように。いつまでも引き止めないように”と、冷静なアドバイスをメールした。

修学旅行、楽しいといいな。