軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

発足 1

発足

ひととき、雪が止んだ早朝。

かつての監察隊にいた一人、フクロウは、閑散とした市街地を人目を忍んで移動していた。

曲がった背中に大荷物を載せ、目的の場所へと歩を進める。

上街の商業区画を通り越し、地下水道を経由して、奥に続く貴族の居住区へと至る頃、雲の合間から差し入る陽光を肌に感じ、外套のフードを目深に下ろした。

「ふう」

汗を拭い、荷物を下ろす。

辿り着いた先はターフェスタの元宰相、ツイブリの一族が軟禁されている邸だった。

やる気のない見張りの目を盗むのは容易く、フクロウは木の陰にある邸の窓の一つを拳で叩いて合図を送る。

窓の奥から人の気配を感じ、

「私です」

声を潜めてそう告げる。

上げ下げ窓が静かに上がると、奥から美しい容姿の若い女が顔を出し、目尻を下げた。

「来てくださったのですね」

ツイブリの孫娘、フィアルカ・ツイブリを前に、フクロウは頷き、

「頼まれたもの、できるかぎり調達してまいりました」

運んできた荷袋の中には、生活用品や薬、灯火の燃料など、様々な物が入れられている。

フクロウは荷袋を窓に滑り込ませた後、懐から財布を逆さにして、残金を手の平の上に落とす。

「申し訳ありません、残ったものはこれだけしか。入手に難があり、買い付けのために闇商人を頼ったため、足元をみられてしまいました」

預かった金から残ったものを渡そうとするが、

「それはどうか、そのままお収めください」

「儲けるためにしていることではありません」

「ごめんなさい……そんなつもりで言ったのでは……」

フィアルカは、傷ついた様子で目を潤ませ、俯いた。

フクロウはフードを端を掴んで、

「どうか、お気になさらず。私はただ、買い出しをしているだけに過ぎません」

「私達がどれだけあなたに助けられているか、存じておられるのでしょうか。お礼をしたくても、手元にあるお金も、もうそれほど残されてはいません。せめてなにかできることがあれば……そうだわ」

フィアルカはなにかを思いついた様子で声を上げ、部屋の奥から手編みの襟巻きを差し出した。

「これは……?」

フィアルカは愛らしくはにかんで微笑み、

「練習で作ったものですが、防寒具のたしにしていただけないでしょうか。本当はまだお見せできるような出来ではなく、とても恥ずかしいのですが」

フクロウは太陽から直視を避けるように顔を沈め、

「感謝を、頂戴いたします」

フィアルカは嬉しそうに笑み、

「もしよかったら、私がまいてさしあげます」

身を乗り出して、フクロウの首下に手を伸ばした。

フクロウは跳ねるように後ずさり、

「お気を付けを……このフードの下には、あなたの目を穢すものしかありません、悪夢にうなされるのはお嫌でしょう」

フィアルカは引き留めるように手を伸ばし、

「待って、悪夢だなんて――――」

フクロウは素早く背を向け、

「また、来ます」

足早に邸から退散した。

下街の古い聖堂を見下ろす塔の中間に昇り、箱につめてあった古ぼけた赤い布を外壁に吊り下げる。

それは、古巣の観察隊にいた仲間にだけわかる、招集の合図だった。

フクロウは出窓の縁に座り、細やかな朝食にかじりついた。

満腹の半分にも届かないほどの量を食べ終えると、フクロウは懐に収めていた、フィアルカがくれた手編みの襟巻きを取り出した。

――下手、であるな。

お世辞にも見た目の出来が良いとはいえないそれは、しかしほつれることもなく、丈夫そうにしっかりと編み固めてある。

フクロウは襟巻きを顔に寄せ、鼻を当てて匂いを嗅いだ。

――家。

暖かい暖炉、冬の保存食、干した香草の香り。

素朴で、微睡のような安らぎを感じる。

記憶にもない家族を妄想し、 泡沫(うたかた) のような郷愁が、孤独を突いた。

「まさか、泣いているのか?」

女の声に話しかけられ、フクロウは顔を上げて、

「笑止、この顔はそれほど器用ではない」

女は一瞬の笑みをすぐに殺し、

「痩せたな、フクロウ……なぜ呼んだ」

フクロウは腰を浮かせて立ち上がり、

「頼みたいことがあったのだ、ノスリ」

監察部隊猛禽の元同僚、ノスリの片目は白く濁っていた。首は短くて太く、手足は成人のそれよりも短い。

彼女は他の者やフクロウもそうであるように、生来の見目に恵まれず、貴族家から捨てられた者の一人である。

ノスリは溜息をつき、

「猛禽を捨てておきながら、都合の良いことだな……だが、聞こう」

フクロウは懐から枯れた草を取り出し、

「これを、安く手に入れる方法を知りたい」

ノスリは草を手に取り、鼻に当てて匂いを嗅いだ。

「なんだこれは、生姜のような匂いがするが」

「レメミツバ、深界に由来する薬草の一種である、特殊な胸の病に効くのだとか」

ノスリは渋い顔で、

「なんのために必要なのか、それを聞かせろ」

フクロウは言葉を詰まらせ、

「面倒を見ているご一家に、これを必要とされている人がいる」

「元宰相の家、か」

フクロウは視線を下げ、

「是、である」

「あの家はもはや大公に睨まれている、元宰相も生かされているだけで奇跡のような状況だ。ただでさえ危うい身の上で、そんなところに関わるな」

「故あってのことである」

ノスリは苦く顔を歪め、

「猛禽へ戻ってこい、デュフォス親衛隊長の居場所を明かせば、一丸となって上に恩赦をかけあってやる」

フクロウは鋭く視線を重ね、

「不要、この身はすでにターフェスタを裏切った、それに、親衛隊長の現在の居場所を私は知らない、知っていても、言うつもりはない」

「それも、幻の主への忠誠のためか?」

「あの人はまだ、我が主ではない。これは忠誠ではなく、誠意、である」

ノスリは視線を逸らして笑声を零し、

「まだ、か……その義理堅さ、お前のぶさいくな面には似合わんな」

フクロウは吹き出すように笑って、

「くふ、違いなし」

ノスリは手の中の薬草を見つめ、

「それほど前宰相の家が大事か? あの爺さんは大公のケツを舐めて出世したやつだ、それも、とち狂って自ら身を滅ぼした気狂い人だぞ」

「国の高位にありながら私腹を肥やさず、ターフェスタに尽くしながら清貧な暮らしをされていた。処刑が言い渡された後、各室の能吏達が命懸けで助命を願ったのは、有能であり人望があった証である。生きていればあの人のお役に――――」

興奮して語っているうち、口を滑らせたことを自覚し、フクロウは慌てて口を閉ざした。

ノスリは呆れたように笑って、

「そんなことまで考えているのか……淡々と実務をこなし、人付き合いも悪かったお前が、すっかり個人に心酔しているな。これまで積み上げてきたもの、すべてを捨てる価値があるほどの者なのか」

「肯定する、会えばわかるだろう」

ノスリは薬草を懐にしまい、

「いいだろう、手伝ってやる。今のところ当てはないが、猛禽にはお前に尻拭いをしてもらってた奴も多い、連中の手を借りて、必ず良い方法を見つけてやる」

フクロウは頭を下げ、

「恐縮、感謝する」

ノスリは短い沈黙の後、

「……お前に教えるつもりはなかったのだが、人質にされていたバリウム侯爵が救出されたらしい、救い出してきた者の名は、シュオウ。これが、お前の待ち人の名なのだろう」

フクロウは喉を詰まらせ、

「い、いつのことだ」

「少し前、極秘裏に知らせが届いた。アリオトでの取り調べを経て、今日ここへ一団が到着する、猛禽が護送時の周辺整理を命じられていてな」

「現地におもむき、この目で見たい」

ノスリは鷹揚に首を振り、

「そう言うと思ってたよ」

中央市街地の入り口が見渡せる倉庫の屋上から、フクロウとノスリは角に陣取り、一団の到着を待っていた。

「私に付き合っていてよいのか」

フクロウの問いにノスリは肘をぶつけ、

「不審人物を見つけたから、悪さをしないように、こうして見張っているんじゃないか」

フクロウは唸り、

「言い得て妙、であるな」

ノスリは望遠鏡覗き込み、

「来たぞ……」

門をくぐって、仰々しい数の兵士と輝士の一団が向かってくる。

距離が近づくにつれ、列を成して向かって来る集団の中に、見覚えのある大きな黒い眼帯をした者の姿が見えてきた。

「あれがそうか?」

ノスリに聞かれ、フクロウは眼下の様子を凝視しながら頷いて、

「くふ――」

子供のように無邪気に笑った。

ノスリはフクロウの顔を覗き見て、

「なにがおかしい?」

「あの人が、どのような理由で戻ってきたのかと、心配に思ってしまったのだ。だが、心配など不要だったッ」

シュオウと共に、青い服を纏い、色とりどりの髪色をしたムラクモ輝士達が同行している。フクロウの目には、その先頭を行くシュオウが、彼らを率いているように見えた。

ノスリは身を乗り出し、

「聞けば驚くぞ、あのムラクモ輝士達、祖国を捨てて、お前の待ち人についてきたらしい、そのなかには、あのサーペンティアの公子まで含まれている」

「驚くことなどない」

見込んでいた通りだと言っても、ノスリは信じないだろう。

――否、それ以上。

いつかきっと、そう思えるような片鱗を感じていた。だが、ターフェスタがその始動の地になり、しかもこれほど早いとは。

一団がフクロウ達の真横を通過する頃、フクロウは自身の晶気を構築するため、手の平を空に向けて意識を集中させた。

その時、フクロウを引き留めるように、ノスリがその肩に手を乗せる。

「利用されていただけかもしれない、相手はもう、お前のことなど……」

フクロウはしかし、迷いなく音を伝える晶気の管を構築し、件の人物に向けて、

「――――シュオウ殿」

その一言を送った。

口の中が乾き、まばたきの回数が増える。制御できない緊張感に、唾を嚥下したその瞬間、

シュオウは前を向いたまま、高らかに左の拳を突き上げた。

フクロウは満面の笑みを浮かべ、

「おかえり、なさい」

心からの言葉を送った。

重たい遠雷の音が耳に届く。

徐々に暗雲が垂れ込めるなか、強風に押されて真横に降り始めた大粒の雪が、冬の嵐を予感させた。

* * *

シュオウがターフェスタに現れてから数日が経っていた。

「食事会、でありますか」

フクロウは朝方、城の露台に立つシュオウと会話中、その言葉を聞いて首を傾けた。

距離を置き、さらに物影に隠れながら、能力を用いて距離を置いての会話のなかで、突然シュオウがその言葉を口にしたのだ。

「たぶん、出発前に全員で集まれる最後の時間になる」

「そこに、私が」

「うまく城に忍び込んで来て欲しい、経路は確保しておく」

「それは――」

容易いことだった、しかしフクロウは消すことのできない不安を抱え、

「――お仲間との大切な時間にお邪魔をするのは、どうも」

シュオウは語気を強め、

「お前も仲間だ」

フクロウは一瞬、喉を詰まらせ、

「はいッ」

強く言った。

「今日は市街に出る許可をとれた、指揮官用の服を作りにいく」

「申し訳ありません、そちらに同行したいのでありますが」

「やるべきことがあるなら、そっちを優先していい。集まりは夜になる、俺もそれまでには戻る、必ず来い」

「御意、必ず伺います」

城を離れ、時間をかけながら、上街からツイブリ家の邸に忍び込む。

窓を叩いて合図を送ると、

「よく来てくださいました、寒くなかったですか?」

フィアルカが花が咲いたような笑顔で出迎えた。

その顔を眩く感じながら、フクロウは首に巻いた襟巻きに触れて、

「はい、これのおかげで……」

俯いて言った。

運んできた荷袋を渡すと、フィアルカが中身を見て驚いた様子で声をあげる。

「あの薬草を、こんなに? 他の物もたくさん入っているのに、お渡ししたお金では到底買えるよう量じゃ……」

「伝を、使いました、お気になさいませんように」

かつての、監察隊の仲間達の協力あっての 賜(たまもの) である。

フィアルカは下唇を微かに噛み、

「……本当に、ありがとうございます。ちょっと待っててください、あなたのために作っておいたお弁当を持ってきますッ」

「あ、いや……ッ」

断ろうとするが、それを伝える間もなく、フィアルカはばたばたと走り去り、すぐに布でくるんだ食事を持ってきた。

「どうぞ、ありものの中でどうにかですが、心を込めましたから」

あまりにも温かい微笑みと共に差し出されたそれを、断る勇気はフクロウにはなかった。

一人になり、建物の屋上で受け取った布袋を開くと、中から蓋付きの器が現れた。蓋を開けると、熱々の湯気が昇り、ターフェスタの伝統的な家庭料理が詰まっていた。

「これは……」

器の下に折った紙が挟んで置いてあり、開くとそこに、綺麗な字で、感謝の言葉と、日常の出来事や思いが綴ってある。

フクロウはうっとりとした心地でフィアルカの美しい言葉に見入っていた。だが、

「違う、違うのだッ」

手紙を置き、拳を握って自身の頭を強く殴りつけた。

優しい言葉や態度に勘違いしそうになる。

彼女はただ、現状でフクロウの助けを必要としているだけ。

これは甘い関係などではなく、ただ縋り付かれているだけなのだ。

――馬鹿め、鏡を見ろ。

自分にその言葉を浴びせかける。

その時、体が持っていかれそうになるほどの突風が吹き抜けた。

膝の上に置いていた手紙が吹き飛ばされそうになり、フクロウは慌ててそれを手で押さえた。動いたと同時に、今度は食事の器を落としそうになり、素手で器を支えるが、

「熱ッ!?」

しっかりと熱が伝わった器をがっつりと掴み、その熱さに身もだえる。

まるで喜劇のような一連の出来事を思い、フクロウは一人自分を笑いながら、匙をとって、食事を口に運んだ。

――夜は。

口に広がる美味を感じながら、フクロウはシュオウからの誘いを思い、自然と体を揺らしていた。

それは決して、寒さのせいではなかった。