軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

禍根 6

昼食を載せた食卓を、色彩豊かな髪色の女達が囲んでいた。

曇りの日の水面のような水色の髪をしたシトリは汁物を口に含み、

「うっす……くっさ……」

味に不満を漏らした。

明るい夜空のように青い髪のテッサは、

「我慢して、当面はこの味付けと付き合わないといけないんだから、慣れておかないと」

言い聞かすような口ぶりで諭す。

春の日の草原のような、淡い黄緑色の髪を持つジュナは微笑みながら、

「お口に合わないのであれば、調理場の方に好みを伝えてみるのはどうでしょうか」

真夏の陽光のように輝く金髪のアイセは、同じ食卓につく三人を前に、

「みんな現状をすんなり受け入れすぎだ、女達だけを人質として隔離するなんて、発想が短絡的じゃないかッ」

そう、不満を表明した。

シトリはふわりと柔らかい髪をかきあげ、

「いいじゃん、戦争に行かなくてすむんだし」

「よくないッ、お前が自分の事をシュオウの女だとか言ったせいでこんなことになったのかもしれないんだぞ」

アイセは食卓に手をついて、ぼやけた顔のシトリに怒りを浴びせた。

「現状を考えても、この程度の代償は軽いほうよ。どう考えたって無条件で兵権を預けてもらえるほどの信用はないのだから」

テッサがなだめるように言うが、アイセは深刻な顔でその言葉を受け止め、

「でも、あなただって、凄く怒っているじゃないですか」

テッサは恐ろしげな顔で目を剥き、

「怒ってないわよ? こういう顔なの」

どう見ても怒りに打ち震えているような顔付きに、アイセは無言で生唾を飲んだ。

ジュナはただ、にこにこと屈託のない微笑みを浮かべ、

「私は皆さんと一緒にご飯をいただけて、嬉しいです」

未だ彼女の存在に慣れる事ができていないアイセは、向けられた微笑みからすっと視線を逸らす。

ジェダ・サーペンティアに双子の姉がいたという、その事自体も驚きの事実だが、それに加えて彼女の手の甲には彩石がない。

サーペンティア家がその存在を隠し続けてきたことへの理由としては理解できるが、アイセはジュナの手にある白濁した輝石が、まるで見てはいけない物のような気がして、思わず目を逸らすのが癖になっていた。

ムツキで起こった異変から、嵐のような日々が過ぎ去り、シュオウがターフェスタの領主から雇われ司令官という立場を確約されてからこれまで、彼に同行したムラクモ出身の女達は皆、人質として軟禁されている。

現在一つの部屋にいる人間は、アイセ、シトリ、テッサ、ジュナの四人の他に、ジュナの世話役として、ユギク、レキサという二人の少女が控えている。

雇われで働いていたユギクはともかく、レキサという名の少女は無口かつ目が虚ろで捉えどころのなく、どこか不気味である。

慣れない環境に身を置き、慣れない者達と同じ時間を過ごす。その時間のほとんどはやることもなく、輝士として、軍人としての意識が強いアイセにとっては、戦場へついて行くことも出来ない置き去りの現状を素直に受け入れることができずにいた。

「アイセさん、疲れているみたいですね」

ジュナにそう話しかけられたアイセは言葉を詰まらせ、

「いえ、その…………」

「状況が状況ですから当然ですよね」

綺麗な顔から発せられる美声は穏やかに、聞く者に癒やしを与えるようだった。だが、

「そう、ですね……」

顔付きや雰囲気から、時折彼女の血縁者の面影を感じ、無意識に緊張して自然に振る舞う事ができなかった。

ジュナはぽんと手を叩き、

「そうだ、もしよかったら一緒にお散歩に行きませんか」

「散歩……?」

「ずっと同じ所を見ているのも飽きるでしょう?」

「まあ、たしかに」

多少なり歩いたほうが気が紛れるかもしれない。アイセが同意を告げると、ジュナは使用人の娘達に声をかけ、

「お願いできる?」

ユギクは車椅子を押し、レキサはジュナに外套を着せ、膝の上に毛布かけた。

ジュナは食卓につく二人を見て、

「お二人もいかがですか?」

テッサは、

「残すのは先方に失礼になるので、食べてしまわないと」

言って、アイセの残した皿の料理を自分の皿へと移し替える。

シトリはじっとりとジュナを凝視し、

「…………ほうっておいて」

ぷい、と反対側を向いてしまった。

アイセと目を合わせたジュナは可愛らしく肩を上げ、

「行きましょう」

部屋を出ると長く広い廊下が広がっている。窓はあるが、強度を重視する城としての造りであるため、外の景色を眺められるような大きさはない。

圧迫感のある廊下をゆったりと進みながら、

「突然のことで、ごめんなさい」

「はい……?」

「私のことです、驚かれたでしょう、突然湧いて出てきて」

「……たしかに。でも、よくムツキの中で隠れていられたと、そこに驚きました」

ジュナは視線を遠くへ流し、

「私、ずっとサーペンティアの人達に監禁されていたので、狭いところにいることも、じっとしていることにも慣れているんです」

アイセは横目でジュナを見つめ、

「……シュオウが助けた、んですよね」

ジュナは頷き、

「私の事も……ジェダのことも……」

そう語る顔は、どこか幸せそうに見えた。

アイセは視線を前へ向け、

「みんなそうです、私もシトリもクモカリも、他のみんなも」

嵌め殺しの小さな窓から外の雪景色を見つめ、アイセは深く溜息をついた。

――言ってくれれば。

「アイセさん、私に対して言いたいことがありませんか」

アイセは驚いて、

「え? 言いたいこと、ですか」

聞き返す。

「そんな顔をしています、初対面のときからずっと」

見透かすような瞳に見つめられ、アイセは下手なごまかしをすることを諦めた。

「本当のところは、あなたに対してじゃなくて、シュオウに対しての気持ちなのかもしれません……」

「シュオウ様へ?」

アイセは首肯し、

「言って欲しかったんです、こんな大きな秘密を抱えていて、私に一言の相談もなかったなんて……」

心の内に溜め込んでいたわだかまりを口にすると、胸がすっと軽くなっていく。

ジュナは真剣な顔で、

「きっと言いたかったはずです、内緒にしていたのはジェダが願ったのと、あなたのことを考えての事だったと思います」

「それが解らないほど、私も子供じゃありません。ただ、頼られなかった自分が情けないとか、気づけなかった事が悔しかったりとか……これからシュオウは戦いに出るというのに、こんなところに押し込められていては力になれない……今日だって、シュオウが外を見に出るのに、ついて行く事もできないんです……それも、面白くない」

ジュナは車椅子の上からアイセを見上げ、

「戦場にいなくても、きっと出来る事はあります」

その語る目は、強い光を帯びていた。

建物の大広間にさしかかると、そこに居た複数人のターフェスタ輝士達が、険しい目つきでアイセ達に睨みを効かせた。

アイセが纏う青色の輝士服は、ここでは敵国のものである。

彼らとすれ違う間、アイセはその視線を避けるように地面に向けて顔を落とした。

ジュナは小声で、

「あの人達に見られるのが恐いですか?」

そう言われ、アイセははっとして顔を上げた。

「そんなことは――」

しかし、揺れる声に怯えと惑いの感情が滲み出る。

ジュナはアイセの手をとって、

「……きっとこれから先の未来、あの人達が、あなたの視線を恐れるようになる」

目を合わせ真顔で言った。

励まされているのかどうか、首を傾げたくなるほど突拍子もない言葉を聞き、アイセはそれを冗談と受け取って苦笑いをした。

「そうなったらきっと、気分が良いでしょうね」

ジュナは朗らかに笑って、

「はい」

建物の端までさしかかり、ジュナは帯同する使用人の少女達に指示を出して倉庫部屋のようなところへ入っていった。

「こんなところに、どうして……?」

「ここから外に出られる出入り口があるみたいで」

「ここに?」

積もった埃と、所々に張られた蜘蛛の巣が、まるで使われていない部屋であることを思わせる。

ジュナは頷いて、

「ユギクさん」

名を呼ばれたユギクは、

「はぁい」

どこか気怠そうな調子で応え、壁際の棚の奥に足を挟み、器用にずらしてすき間を空けた。

「扉……」

変色した木と金属で造られた古い扉が現れる。ほとんど壁と同化しているような気配から、長年使われていなかったことが窺えた。

「私のお友達が、これを見つけてくれたんですよ――ね?」

ジュナが部屋の隅に向けてそう声をかけると、奥の木箱の影から、ぬるりと細い手が伸び、手を振った。

「なッ?!」

アイセは突然現れた手を見て仰け反った。

ジュナはくすくすと笑い、

「こんど紹介させてくださいね、今はまだ、皆さんにお会いするのが恥ずかしいみたいで」

「はあ……?」

ジュナと共に扉を抜けると、外気に晒された薄暗い隘路に出た。連なる建物とのすき間に生じたその場所は、周囲からの視線に晒されることもない。

アイセは、許可なく外に出たことに不安を覚えつつも、ひさしぶりの開放感に、思わず胸を張って冷たい空気を胸いっぱいに吸い込んだ。

「この先です」

ユギクが言って奥のほうを指さした。

敷地内にしっかりと雪が積もっている。

腰ほどの高さのある壁に囲われた屋根のある外通路に入ると、冷たい風が強く地面を打ち付け、積雪の表層が粉のようにきらめく雪の粒を舞い上げる。

足を止めたアイセが崩れた髪を直すと、

「ターフェスタは今、食糧不足で人々はとても飢えているそうです。お腹が空いているときにこの寒さは、きっと辛いでしょうね」

唐突に、ジュナがそんなことを呟いた。

アイセは歩みを再開しながら記憶を辿り、

「そういえば、随分と街の雰囲気が暗くなっていたな」

「食べることがままならない、明日どれだけ食料が手に入るかわからない。完全にではなくても、その気持ちはわかるんです。悲しくて、悔しくて、そして――」

通路の先に歴史を感じる古くて大きい貯蔵庫のようなものが見えてきた。

貯蔵庫の入り口には、焚き火をしながら警備につく厚着の門番らしき男が立っている。

「まずい、戻ろう――」

足を止めて下がろうとしたアイセの手をジュナが握り、その場に止めた。

「大丈夫ですよ、ね?」

振り返って車椅子を押していたレキサという名の少女が、一人前に進み出る。

「おいッ――」

アイセは引き留めようとするが、レキサは構わず進んで行き、門番の男に向かって声をかけた。

「おじさんッ」

甘ったるい子供のような声で話しかけられた男は、一瞬身構えたように武器に手を伸ばすが、

「…………ああ、お前か」

途端に緊張を緩めた。

「おじさんのお手伝いにきたの、ここを少し見ててあげるから、戻って温かいものでもお腹に入れてきて」

レキサの言葉に男は首を傾げ、

「そうか……? そりゃあ嬉しいが……いや、だが部外者にまかせるわけにはな」

レキサはすっと男との距離を詰め、

「大丈夫、だって私もここの兵士だったでしょ」

男はぼんやりとした顔でレキサを見つめ、

「……ああ、そうだった、お前は俺の姪で、同僚だったんだ……なんで忘れてたんだ。じゃあ頼むわ、丁度腹が減ってたんだ……お前の分もとってきてやるからな」

「気にしないで、ゆっくり休んできて、おじさん」

男はレキサに礼を言いながら鍵束を渡し、その場から去って行った。

「なんだったんだ、いまのは」

アイセは言って、呆然とレキサを見る。

ジュナは微笑みながら、

「特別な才能を持った子なんです」

アイセは首を捻った、レキサの手に彩石はなかったはず。

――いや。

見えているものが真実とは限らない、口から出そうになった疑念を胸の内で消化する。

――能力者。

今はそれだけを頭に止める。

鍵を開けたレキサに手招きをされ、中へと入る。そこで見た光景を見て、アイセは言葉を失った。

「…………食べ物が、こんなに」

積み上げられた小麦袋の山、果物を加工した食品、保存処理された肉類が所狭しと吊され、ひんやりとした貯蔵庫内は、さまざまな食料品から滲み出す良い香りに満たされている。

ぎゅうぎゅうに敷き詰められた頑丈な棚が、食料をたっぷりと詰め込んで、長大な貯蔵庫の奥深くまでぎっしりと置かれていた。

「これと同じような貯蔵庫が反対側にもあるそうです、それに地下や別の区画にいくつも……まだ全容は掴めていません」

ジュナは淡々と言いながら、貯蔵庫内を見回した。

アイセはジャムを詰めた瓶を手に取りながら、

「さっき、市民が食料難に苦しんでいると言っていましたね」

ジュナは頷いて、

「どうしてこんなことを、なんて思いません。ひとは未来への不安を抱えて蓄えをするものですから」

「ムラクモと、戦争を始めたから、か……」

この詰め込まれた貯蔵庫の食料品の数が、その不安を表すのだとしたら、これを企てた者達が、どれほど恐れていたのかがよくわかる。

「今、ここを自分の目で見て、昔本で読んだお話を思い出しました――」

ジュナは瞼を落とし、語り始める。

南方国に〈不治根〉と呼ばれる地中植物がある。その植物は一度地中に住み着くと、見えない間に根を蔓延らせ、周囲一帯の植物が得られたはずの栄養をすべて自分のものとしてしまう。

のみならず、不治根は時と共に毒を秘めた大量の実を地上に晒し、おびただしい数の虫を呼び、虫を食べるために鳥が集まり、鳥は食べた虫の中にある種を腹に詰めて飛び立ち、毒に侵され遠方で死に至り、種を大地に落として、死骸は発芽のための拠り所となる。

跡に残るのはなにも育たない不毛の土と、大地を埋め尽くすほどの虫と、毒に塗れた鳥の死骸。それは飢饉や病を招き、土地を巡る争いを起こし、多くの憎悪と死者を生み出した。

「不幸の連鎖の源を指し、ひとはそれを、 禍根(かこん) 、と呼んで忌み嫌ったそうです。見た目には細くてたわい無い植物の根が、後に多くの凶事を招くこともある。そのような事は日常にもあって、例えばそれは、ここに置かれた一つ小麦袋だったりするのかも――」

ジュナは自らの手で車椅子を進め、高く積み上げられた小麦袋を見上げ、

「今日を生きるのもぎりぎりで耐えている人々がこれを見たら、どう思うでしょうか」

「それは……」

不条理を感じるだろう、悲しみ、そしてなにより――

「とても、怒るでしょうね」

振り返ったジュナの顔を見て、アイセは背筋を凍らせた。

風蛇の一族の特徴たる黄緑色の髪の内で、優しげだった双眸は、罪の意識もなく獲物を飲み込む毒蛇のように見開かれ、美しい面差しには不自然な微笑が張り付いている。

得体の知れない者達を使い、彼女がなにをしているのか。

戦場にいなくてもできることがある、そう言っていたジュナの言葉が去来する。

ジュナは周囲を俯瞰し、

「悪いひとたち――――」

言葉は抑揚に富み、まるで歌うように辺りに音を響かせた。