軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

その手のお店

Ⅸ その手のお店

監察部隊猛禽の隊員であるフクロウは、自身が囚われてから後の部隊の動向を探っていた。

各所に書き残した情報を元に、シュオウの行方を探られていることも想定していたが、予想に反して情報が拾われた形跡は皆無だった。

猛禽の手ぬるい仕事ぶりに不可解を通りこし、違和感を覚える。

潜伏するムラクモ人捜索の指示は間違いなく出ていた。

群れを離れていた空白の時間に、急な命令変更があったとしか思えない。

――探るべきか。

ムラクモの軍人であるシュオウは、協力を突然に願い出たフクロウを信じ、自由行動を許した。その決断には大いなる勇気が必要だったはずだ。

寝返ると宣言したその言葉が真実であると、保証するものはなにもない。傷を負うことも覚悟して、それでも彼は信じると決めたのだ。

――この身を、信じてくれた。

そこにどんな理由、打算があろうとも、応えたい、という強い思いが心と体を突き動かす。

これより後、とるべき行動にはいくつかの選択肢が存在する。が、時間には限りがある。この状況で無駄な行動は命取りであり、なにより効率を重視する必要があった。

フクロウは熟考をする。

――あの方の目的は来た時のまま、ムラクモへ戻ること。

シュオウが言っていた事のなかで、もっとも力を込めていた言葉を思い出す。

願いを叶える前提としてムラクモ特使団全員の無事は必須条件だ。

その面々なかで、現状もっとも危うい存在が誰か。

薄暗い路地裏の影から、遥か先にそびえ立つ城を仰ぎ見る。

――決断、まずは公子の安否を確認する。

フクロウが城に潜入するには労を必要とした。

裏切り者となった事実は、まだ誰にも知られていない。行方がわからなくなっている事に対しても、任務中に不慮の事態にまきこまれたとして片付けられているだろう。

裏切り行為を実行するには、誰にも知られずに暗躍するという手段が良い。消息不明という扱いを受けているであろう現状、それを維持することが好ましかった。

容姿のまともな人間であれば輝士の制服と多少の変装さえすれば上手く紛れることもできるが、フクロウは一目で他人の記憶にその姿を焼き付けてしまうため、誰の目にも触れないよう行動する必要があった。

平均から大きくはずれた突飛な容姿というのも、見方を変えれば一種の才能だ。が、この場合、それはただ目立つだけの邪魔なものだった。

城に運び込まれる酒、食料を積んだ馬車の荷台に飛び込み、人目をさけて中庭に侵入、植え込みの植物に身を隠しながら、長い間使われていない区画にある古い厨房の煙突へ身を投じる。

煤と干からびた鳥の死骸にまみれ、フクロウは真っ黒になりながら城の内部への侵入に成功した。

服についた汚れを落としながらフクロウは笑う。

――面白い。

自国の最深部、領主の城にこそこそと潜入する日がこようとは、ほんの少し前の日常では考える事すらなかった珍事だ。

猛禽の中でもとくに捜すことを日常としてきたフクロウにとって、城の内部は我が家のようなもの。おおよそ、ジェダ・サーペンティアが囚われているであろう場所にも心当たりがある。

目的の場所、囚人を収容する牢部屋の前は四人の兵士が警備を固め、廊下の奥にある詰所には二人の輝士が待機していた。

――やはり。

フクロウはジェダの所在に確信を得るため、物陰から天井へ登り、梁に身を隠す。

――収集、音よ。

自身が得意とする技、定めた相手へ音の波を届ける晶気の管を創造する。風の晶気を応用するこの技は、会話をするためにだけ使うのではない。一方的に音を届けることも、その逆も可能であり、双方向でのやりとりよりもずっと楽で簡単なことだった。

集中を高め、フクロウは創造する透明な管を牢部屋の隙間へ通した。大きな目を閉じ、聞こえる音にすべての意識を傾けた。

虚ろな意識に呼びかける声がある。

「……わ……み……若君ッ、ジェダ殿、気をしっかり」

声の主はベンだった。

ジェダは余力で懸命に瞼をこじ開ける。

「ここは……」

見覚えのある部屋だった。拷問にかけられていた地下の牢部屋とはちがう。

「君が最初に入れられていた牢の中だ。あまりに衰弱が酷かったから、このままでは死んでしまうと騒いでここへ戻してもらったのだ」

ベンは言いながらジェダの身体を起こし、水を差し出した。

ひさしぶりに飲む水を喉に流しながら、ジェダは激しく咳き込んだ。

「大丈夫かね、焦ってはいけない、ゆっくり飲むんだ」

少しずつ喉を潤して、ジェダは壁にもたれて身体を預けた。

若干の落ち着きを得て見たベンの左手には、ジェダと同様封じの手袋がはめられていた。

地下へ連れていかれ、ヴィシキに拷問を受けてからも、僅かな休憩を挟みながらその行為は続いた。

多種多彩な拷問を受け、身体のどの部位が痛いかすら、よくわからなくなっていた。

不意に腹に激痛が走り、無意識に手で抑えようとすると、今度は五本指の指先すべてに釘を刺されたような痛みを感じる。

右手の爪は、ヴィシキの宣言通りすべてなくなっていた。

酷い有様の右手は、さらにいくつかの指の骨が折られている。

様子をうかがっていたベンが、申し訳なさそうに俯いた。

「すまなかったね……こんなことになるなら、あの時止めたりするのではなかった」

ジェダは痛みに歪む口元を無理やり笑みに変える。

「しかたがないでしょう、あなたは何も知らなかったのですから」

ベンは憎々しげに足を踏む。

「ああ、知らなかった。まさかターフェスタがこのような野蛮な行為に加担し、あまつさえそれを実行するなどと」

「すくなからず、僕の責任であることは否定しませんよ」

「なにを言われる。戦場での行いに関してはお互い様というものだ。いかにその方法が酷かろうと、皆生きるため、勝つためにしていることだろう。それに、いつも一方的に戦いを仕掛けてくるのはターフェスタのほうではないか。これはね、逆恨みというのだよ」

ベンは腕を組んで声を荒げ、続けて不安げにつぶやく。

「ムラクモがこれを知っていて君を差し出したのだとしたら、私は……いや私たちは……」

ベンは語りながら顔色を悪くし、言葉に力を欠いていく。

「命令を受け、実行する。末端にある者とはそういうものでしょう。僕達はただ言われた通りに動くしかない。もし詳細を知りたければ、すぐ側で囚われている、ご老体に聞いてみればいい」

絞るように言って、ジェダは息切れを起こした。

「宰相殿ならば無駄だろう。意識がないらしく、さきほどから時折苦しそうな唸り声をあげているよ」

「……心配、ですね、命が危ういのですか」

ジェダの問に、ベンは怪訝に眉を歪めて首を傾げた。

「わからんが、体中を打ちのめされている。君よりはましだが、年齢を考慮にいれれば、あまり良い状態ともいえないだろうね。しかし意なことを言うものだ、あの宰相殿は君をはめた側の人間だろうに」

「いい気味だと嗤ってやりたいが、ここへ入れられて話しているうちに僅かばかりの情が沸いてしまいまして。あの方自身、わけもわからぬ事で信用を失墜した。恨むまでもなくどん底にいるのだから、いまさら嘲笑うのは無意味な追い打ちというものだ」

ベンは顎をさすりながら唸った。

「実際、私も理解に苦しむよ。この国でもターフェスタ大公に次ぐ地位にある宰相殿が、なにゆえ我が国の一介の従士を助けるような真似をしたのか――」

ベンは喉を鳴らしながら首を一回転させ、

「――そうか、きっと宰相殿はあの従士の親戚のおじさんかなにかなのだろう」

うんうん、と頷くベンを、ジェダは関心を入り混ぜた呆れ心地で眺めていた。良くも悪くも、この男は純粋なのだ。それが悪いというわけではなく、重責を担う立場や職には向いていない。左手に色のついた石を持って生まれただけの凡人ともいえる。そして別段、ベンのような人間が珍しいというわけではない。

「理由はわかりません。が、英雄とはそういうものでしょう。力と天運を武器に、凡人には及びもつかないようなことをしてのける。あのご老体自身不思議がっていましたが、きっと彼も、そういう特別な人間の放つ気に飲まれたのではないですか」

ジェダの語りに、ベンは猛烈に訝った。

「英雄ゥ? 特別ゥ? あの男がかね……たしかに妙な奴だし、あの時の逃げっぷりには驚いたが……どうも釈然としないぞ」

「流してください、重傷者のたわごとですよ――」

笑みを浮かべながらそう言い、話題を変える。

「――ところで、僕の処遇について、これからの予定はどうなっているんですか。あなたの嘆願だけで拷問が止むはずがない。あの老人が嗜虐行為に飽きたか、そうでなければ、次の段階へ進む時がきたか、でしょう」

ベンはあからさまに顔色を悪くした。

「……ああ、早ければ明日、遅くとも明後日中には、ということらしい」

ジェダは溜息を落とした。

「やはり、ですか。体裁など気にせず、自らの手でさっさと殺せばいいものを」

ジェダは薄く微笑した。

ベンがそれを注意する。

「君のそれがいかん。状況を選ばず、いつでもどんなときでも微笑だりするから。あの司祭殿を無駄に煽っていただろう……」

ジェダは言われ手首で頬を撫でた。

「癖なんですよ、意識をせずにそうしていることがあるようで」

疲労から瞼が重しがつけられたように下がっていく。

身体を横たえ、ジェダは目を閉じた。

傷を受けたせいか、身体は熱を帯びていた。

――眠気、じゃないな。

衰弱し、意識を保っていられないほど弱りきっているのだ。

ジェダは改まってベンの名を呼んだ。

「ベン・タール輝士。いまのうちに、あなたにお願いしたいことがある」

「なんだね、私にできることならば努力は惜しまないよ」

「予感がする、いや……悪寒か。彼が……あなたの言う、あの従士が、ここへ来そうな気がするのです」

「君はさきほどから随分とあの男を持ち上げるのだな。助けにくると言いたいのだろう? ひとりでいったい何ができると……仮に、囚われていない他の者達が協力したところで焼け石に水というものだ――いや、そんなことより願いというのは?」

ジェダは貯まった息をすべて吐き出し、

「僕を……いますぐ殺してくれませんか」

ベンは寒さに耐えるように声を震わせた。

「な、なにを言われる。そんな……をすれば私は……」

ベンの言葉は途切れ途切れにしか耳に入らなかった。

「いくら死ぬのが怖いといっても、自らその道を進んでよいというわけでは……」

続くベンの語りのなかにある恐怖という言葉を拾い、咀嚼する。

――こわい……こわいのか。

違う、と強く否定した。

死ぬのを恐れているのではない。

――生きてムラクモに、サーペンティアに帰るのが、怖い。

叶うなら、このまま、薄れゆく意識が完全に途絶え、眠るように命を終えたいと願う。

「つかれました……」

瞼の裏に映る父に向かってジェダは言った。

記憶と妄想が溶け合う景色のなかで佇む父、オルゴアは背を向けていた。

隠れて牢部屋の音を拾っていたフクロウは、誰にも聞こえないよう小さく唸った。

今も繋ぐ音から、ベンと呼ばれていたムラクモの輝士が、意識を失った様子のジェダの名を必死に呼ぶ声が聞こえる。

ジェダ・サーペンティアが存命であったことは吉報だが、同時に無事でいられる時間が残り少ないこともわかった。

――火急にお伝えせねば。

思っていたよりもずっと事態の動きが早い。呑気に無実の証拠を探している暇はないかもしれない。

その場を離れようとしていたフクロウは、廊下の空気が変化したことに気づき、足を止めた。

奥から現れた一人の人物に、見張りの兵士や輝士らの緊張が高まる。

――あれは、冬華の長。

現れたのは冬華六家という部隊名を持つ、親衛隊の長ウィゼ・デュフォスである。彼が従えるもうひとりの人物を見て、フクロウは驚いた。

――隊長。

外套とフードをかぶっているせいではっきりと姿は見えないが、特徴的な体つきと、ちらとのぞく顔相で、自身が所属する部隊の長、ハゲワシだとわかった。

二人は牢部屋の前まできて、中の様子を探るように覗き込む。

「万事ぬかりはないな」

デュフォスが見張り役の輝士に聞いた。

「はッ、問題はありません」

緊張した面持ちで聞かれた輝士がそう答えた。

デュフォスは頷き、

「明日、審問の場に移送する予定になっている。厳重警戒を継続せよ」

強く命じてその場を後にする。

去っていく背を見下ろし、フクロウは迷いを抱いた。

――どうする。

知り得たジェダの現状をシュオウに伝えたかった。が、デュフォスのことも気がかりだ。

なにしろこの国でもっとも名誉ある輝士である冬華の長が、汚れを負う集団、猛禽の長と連れ立って歩くことは酷く珍しいのだ。

なにかある、と勘に頼るまでもなく、フクロウはそう考える。

――決断、尾行する。

細心の注意を払いながら、フクロウは二人の行く先を追った。

廊下を通り、調理場などの下支えの者達が多く控える部屋の前を通りすぎ、人気のない備品倉庫のなかへ姿を消す。

フクロウは扉の前にはりつき、再び晶気を用いてなかの音を探った。

「目撃者の捜索について、進捗状況はどうなっている」

デュフォスはハゲワシに強く問うた。

「申し訳ありません、未だ行方はつかめておりません」

「この無能者め……お前を信じたからこそ実行役をまかせたというのに、その場を目撃され、逃したうえに未だに野放しにしているなど」

デュフォスは頭を下げるハゲワシの頬を激しくはたいた。

事の始まりはデュフォスが命じたジェダ・サーペンティアを捕らえるための理由、彼がやったと言い張るための事件の創作だ。

実行犯として選出したのが、汚れ役を請け負うために存在している部隊、猛禽の長であるハゲワシである。

戦場での異常な殺し方を知られるジェダのしたことに見せかけるため、バラバラに切り刻む死体になる役を当てたのは、上街で妖しい商いに勤しむ一人の男だった。その商人は日頃、金遣いの荒い一部の国軍の輝士たちに金を貸し、禁止されている薬品なども売りつけ、ターフェスタ輝士の体裁に傷をつける目障りな存在だった。

輝士達の裏を知るこの男を表立って処分できずにいたこともあり、工作のついでに消去できるこの機会を利用したのだ。

可能な限り裏を知る者が少なくすむよう、ハゲワシ一人にことにあたらせたが、彼はそこで大きな失敗をした。偶然そこへ訪れた少女に、殺害の現場と、明らかにジェダ・サーペンティアとは体格の違う姿を見られたのだ。

相手が平民の子供とはいえ、このことが民衆のあいだに広まれば、かならず他国や教会の他派閥の者達の耳に届くだろう。そうなれば、噂であってもターフェスタの名に大きく傷をつけることになる。領主の性格と、ターフェスタの重要な後ろ盾であるヴィシキの名誉を汚さないためにも、それは絶対に避けねばならなかった。

「……ですが進展はあります。標的の詳細については知ることができました」

デュフォスは身を乗り出して目を剥いた。

「誰だ」

「下街の裏稼業を仕切るヴィシャという男の子供です。目に焼き付けたおおよその特徴、年格好から調べたところ、それなりに知られた娘だったようで、まずまちがいないと。殺したあの店の男との接点があったこともわかりました」

デュフォスは目を細め、眼鏡を持ち上げた。

「そこまでわかっていて、こうして無駄な時を貪っていることの理由はあるのだろうな」

「親の周辺に部下を張り付かせて調査をさせましたが、あの夜から娘は一度も親元へ戻っていないようで――」

ハゲワシは額の汗を拭い、

「――継続して娘の居所を探らせていましたが、うちが抱える情報屋の元に、酔っぱらいの浮浪者から、地下でヴィシャの子を見たという情報がかかったと報告があがりました。おかしな所にいると思い呼びかけたところ、返事もせずに奥へ逃げていったとか。おそらく、今も追われていると思い、怯えて隠れているのではないかと」

「酔った浮浪者の話か。たしかな情報なのだろうな」

「はい、情報元はともかく、仲介人は信用できます。すでに数名を送り探らせてはいますが、水路と入り交じる地下道は広く、現状の人員では不足です。下街で起こる騒ぎの抑えにまわしているうちの者達と、ムラクモ人の捜索に残してきた少数も呼び戻して、総動員で娘の捜索にあたらせたいのですが」

ハゲワシの嘆願に頷きつつ、デュフォスは思考を巡らせた。

下街で起こる騒ぎについては把握ができている。本来であれば武力での早急な鎮圧も視野に対応するところだが、リシアから派遣されている教会の人間たち、そしてターフェスタの後ろ盾である会派オトエクルの人間達までもが滞在していることで事情はかわってくる。

対面を常に気にしている領主ドストフは、教会のお偉方の前で民衆に剣を向けられているという事実を知られたくないのだ。いまのところ、下街のなかでだけ起こるそれは、城で滞在するお偉方の耳にまで届かない。が、もし流血騒ぎにでもなれば、隠し通すことは難しくなる。

デュフォスはこの難しい局面の責を一人で負うはめになっていた。

ムラクモの四大燦光石のひとつ、蛇紋石の公子ジェダ・サーペンティアの命は重い。

それがたとえリシア教圏外の敵国の輝士であっても、地位ある者の子を捕らえて処刑するには、相応の理由が必要になる。教会が気にして直接見聞役を派遣してきたのも、事態を把握するためだ。

デュフォスは歯を合わせ、唇の皮を細かく噛み砕く。

この企ての立案者である宰相ツイブリは乱心し、すでに共謀者として数えることのできない有様だ。

企てはたとえ見え透いた捏造であっても、嘘を押し通せるだけの状況は完璧に整えなければならなかった。が、一番重要な部分で失敗が発生したのだ。

真相を知る者を最小限に押さえるためにとった策が仇となり、人員不足のなか行われたハゲワシの任務は、その最中を目撃されるという間抜けな結末を招いてしまった。

その後始末のために、今はより多くの人員が必要となる場面だが、正道にある輝士達を裏仕事に関わらせることは難しく、動かせるのは汚れ仕事に慣れている猛禽という部隊だけなのだ。

抱える問題のなかで、ターフェスタの名を地に落としかねない計画の裏を知る者を消すことはなによりの重要事だった。

デュフォスは一定の決意を固め、口を開いた。

「いいだろう、だが以後の指揮は私が直接執る。現地におもむき、結果をこの目で確認する。ことが片付くまで猛禽は冬華の麾下に入れる」

「デュフォス様が、ですか」

「ジェダ・サーペンティアの処刑を踏まえ、リシアから直接派遣された見聞役の方々も来ているのだ。このような大事、もう他人まかせにはしておけない。目撃者の抹殺は急務だ、人員を増やすことに相違はないが、逃亡中であるムラクモ人の捜索を放棄するわけにもいかない。少数精鋭を当て捜索も続行させる。うちからも手すきの者を派遣する、きさまの部隊からも手慣れた精鋭を選出しろ」

「……うってつけのが一人。カルセドニー家の、例の輝士のなりそこないの次男ですよ」

「ネディムの弟か……常人ではないと聞いたが」

ネディム・カルセドニーは冬華六家の一員である。その弟は、人格や素行に問題があり、輝士としての道が絶たれたとして知られていた。

「いかれてますが、間違いなく我が隊随一の腕前ですよ。ただ……」

「なんだ、もったいつけるな」

「集団行動が苦手なうえ、加減ができるような男ではありませんので」

「その点であれば問題はない。ドストフ様はすでに、ムラクモ人全員の消去を決意された」

「……それなら問題はありませんな」

デュフォスは頷いて、

「これより部隊を率いて地下へ乗り込む。お前は私の補佐につけ」

ハゲワシは膝を折り、頭を下げた。

「はッ、ではさっそく、部下に招集を――」

ハゲワシは突然に言葉を止めた。眼光鋭く部屋の入り口を睨めつけ、一瞬の動作で腰の剣を抜き、扉に投げつける。

デュフォスは冷や汗をたらしながら、

「まさか、誰かに聞かれたか」

剣を引き抜いたハゲワシは難しい顔で、綺麗なままの刃先を見つめた。扉を開けて人気のない廊下を睨み、重く息を吐く。

「一瞬、妙な気配を感じたんですがね……」

目の前を突き破って現れた剣先が、引き戻されていくのを確認して、フクロウはその場を急ぎ後にした。

心臓が激しく鼓動し、汗が止まらない。

――自戒、調子に乗った。

話を聞く事に夢中になり、扉に身体を預けてしまったのだ。

あと少し手前であれば、穿たれた剣の先が顔面を串刺しにしていただろう。

――隊長が噛んでいたか。

事実を知ってもフクロウは別段驚きはしなかった。覚悟はしていたのだ。本来の敵であるシュオウに与すると決めたときから、事によっては自身の家とも呼べる猛禽と直接対峙する可能性は高かった。

危険を冒しながらも、得たものは大きい。

手に入れたものを届けるべく、フクロウは城からの脱出を急いだ。

シュオウは単独で夜の上街へ入った。

下街との境に起こる騒ぎは離れた箇所からでも騒音が届くほど大きくなっている。

目論見の通り、上街に深く入るほど警備や輝士の姿が減っていくのがわかった。

ここへ来るまでにヴィシャに渡された子供達の遊び場などをまわってはみたが、当然そんなことで見つかるはずもない。

事件の起こったあの夜、惨殺された女性の遺体が発見され、子供の悲鳴があがったという地点へ向かう。

暗い裏路地に立ち、起こったことを想像した。

――ここで死体を見つけ、悲鳴をあげた。

死体を発見しただけなら、子供達はとうに家に帰っているだろう。やはりこの場で起こったことは死体の発見だけではなく、犯人と遭遇したと考えるのが妥当である。

気になったのは、なぜ子供達がこのような場所に訪れていたのか。

周囲に子供の注意を惹くようなものはなにもなく、ただ住居が密集する地帯の路地裏というだけの場所だ。

――わからない。

大口を叩いて子供を連れ戻すと宣言したものの、たいした情報も、捜索のための能力も足りない今、無為に時間が過ぎているという焦燥感だけが残る。

耳元でさあっという高音が鳴った。

「シュオウ殿」

フクロウの声だった。

「フクロウか」

「はい、お待たせをいたしました」

背後からひとの気配がして振り返ると、そこには最後に見たときより薄汚れた格好をしたフクロウがいた。

「よくここがわかったな」

「上街全体、気味が悪いほどひと気がありません。集音し、時折聞こえる足音を当たっているうちに、あなたを見つけることができました――」

フクロウは大きな目でシュオウを凝視し、

「――大切なお話があります」

「こっちも伝えたいことがある、急いで情報を交換するぞ」

シュオウは別れてから起こったことを伝えた。その過程で出会った人物については省き、見てきたことと、子供達が行方不明になったこと、そしてその事と下街で起こる騒ぎの因果関係を説明する。

それらを聞いたフクロウは驚いた様子で自身が得た情報を語りだした。そこに共通した言葉を聞き、シュオウは息を呑んだ。

「ヴィシャ、と言ったか」

「はい、間違いありません」

シュオウは溜まっていた空気を安堵を込めて吐き出す。

「そうか……生きていたんだな」

フクロウの話によれば、殺人の現場を目撃してしまったヴィシャの子は、居所がわからないまま、地下での目撃情報があったという。それはつまり存命であると希望を持てる話にはなるが、これまでの予想は大きく方向を変えることとなる。

「行方不明のヴィシャの子供達は、ジェダをハメる事件現場を目撃し、地下へ逃げた……?」

シュオウの語りに、フクロウが首をひねった。

「上官が話していた内容から察するに、目撃者は一人であることを示唆していたように思います」

違和感はそこにあった。ヴィシャの子は二人、しかし事件を目撃したとターフェスタ側が認識している相手は一人だ。

「ここで起こった女性の殺人現場でも、子供の悲鳴を聞いたという証言がある、同じ夜に起こったことだ、関係がないと言い切れるか」

フクロウは腕を組み、喉を鳴らした。

「曖昧、であります。が、現状わかっていることがひとつ、少なくとも一人については、目撃情報があったということです」

シュオウは頷いた。

不明な事ばかりだが、フクロウの持ち込んだ情報のおかげで、行くべき道の一つは見えている。

「地下に入り、子供を捜す」

シュオウの宣言に、フクロウは片膝を折った。

「お供致します、地下の空間は音の逃げ場が少ない、我が力の奮いどころであります」

シュオウはフクロウへ頷きを返し、

「頼む」

と告げた。

女性の遺体が発見された地点からすぐ近くの地下へ入った。

かつての採石場跡と水路の入り交じる複雑な構造をしたそこを歩きながら、同行するフクロウがジェダの名を口にした。

「お伝えするのが後回しになりましたが、公子の無事をたしかめてまいりました。元々、城へ潜入したのはそれを調べることが目的だったのですが」

「様子はどうだ」

「お姿まではわかりませんが、相当な拷問を受け心身ともに酷く弱っているご様子。ベンというムラクモ輝士との会話から察するに、刑に処されるまで、そう時間がないかと。急ぐ必要があると判断します」

シュオウは現状を知り、忌々しく歯噛みする。

「……この捜索にかけられる時間もあまりないな」

「件の子供はターフェスタ主導による捏造事件の目撃者です。無事に確保することができれば、公子の無実を晴らす証明とすることができるのでは」

「……そうだな」

適当に同意しながら、ターフェスタが平民の少女の証言をまともに取り合うか、という疑念は消えない。証言をさせたとして、その真実に真摯に向き合う者が必要だ。

ふと、清廉な空気をまとう一人の女の姿が浮かんだ。

「プラチナ・ワーベリアムという人物を知っているか」

フクロウは突如出た名に、意外そうに声音を高くした。

「……はい、この国でその名を知らぬ者はいません」

「どう思う」

「……質問の意図がわかりかねます」

「プラチナ・ワーベリアムという人間が、お前の目からどう見えているのか、本音を聞きたい」

フクロウは一瞬戸惑い、間をあけて回答する。

「他に類をみない人格者、聖人です。強大な力を持ちながら権力に固執せず、古の時代に受けた一族の恩をいまだに返し続けている。義に厚く、お優しく、常に正道にあろうとする。一代にかぎらず、代々の銀星石様が皆同様の気高さをお持ちであられた。これまでターフェスタという国家が存続してこられたのは、間違いなくワーベリアム家の存在があってこそでしょう。ですが……」

フクロウは言葉を止めた。

「なんだ」

続きを促してしばらく沈黙が続いた後、フクロウは唾を飲み下して、言葉を再開した。

「……本音を求めておられるので言います。ときに恐ろしく思うほど、愚直であると感じたことはあります。ワーベリアム家にある信条の最たる部分にあるのは忠誠。正しくあろうとするあまり、彼の一族は自縄自縛の状態にあるのでは、と考えたことはあります」

「愚直……か」

プラチナという人物としばらく行動を共にし、その言葉がそれほど的外れではないと思えた。

語ったフクロウは怯えたように肩をすくめた。

「いま言ったことはどうか内密に。知られれば、銀星石様を貶めたと、背後から首を切られます」

フクロウは真におびえている様子で言った。国や仲間を裏切る決意をした男が、そのことよりも遥かに恐れている。銀星石という存在のこの国での大きさを、改めて知った心地である。

シュオウは空気をほぐすように口元で笑みをつくった。

「俺が誰に言うんだ」

すると、フクロウも肩の力を抜き、

「そうでした」

フクロウは足を止め、耳に手を当てた。

「遠方から複数名の足音が聞こえます。靴の音から判断して、おそらく、猛禽」

本来、自分があるべき部隊の名を告げるフクロウの背に、シュオウは声をかける。

「相手が誰であれ、この先で遭遇したものは敵として戦う。後悔しないか、俺に協力したことを」

フクロウは笑声を漏らし、頭を横に振った。

「あなたに会わなければ、わたしはここへ子供を殺すために使わされていたでしょう。ですがいま、わたしは子供を救うためにここにいる。夢にみたときを過ごしているのです、理想とする正義のために力を奮うこと。自分を誇らしいと思える行いに従事していることに、一片の悔いもありません」

後ろから覗くフクロウの大きな目は潤んでいた。

シュオウはフクロウの頭に手を乗せ、手首をこねる。

「お前の話し方は少し大げさだ」

フクロウはごまかすように笑いながら、立ち上がる最中、こっそりと目元を拭う。シュオウの眼には、その所作のひとつずつがすべて見えていた。

フクロウは足を止めたまま、振り返り軽く頭を下げる。

「これより先、特に注意していただきたい相手がいます。ひとりは我が上官である猛禽の隊長、戦闘能力に長け経験も豊富です。そしてもう一人、ムラクモ特使団抹殺の任を与えられたクロム・カルセドニーという男、もし対峙することがあれば、なにより厳重な警戒が必要です」

重々しく言うフクロウに、深刻さを感じる。

「そんなに強いのか」

フクロウは口元を引き締め、

「変人奇人として知られる男です。手練として一部で名も売れていますが、それでも過小評価であるとわたしは思います。あれは我が隊にかぎらず、稀有で有数、ターフェスタ屈指の猛者です」

クロムという人物に対して、見習いという名目で彼の側につけられる新米監察官セレス・サガンは、そのことに完全に嫌気がさしていた。

クロムは隊長であるハゲワシからある命令を受けた。市街地で逃亡中のムラクモ輝士達の抹殺命令である。同時にセレスに対しては猛禽本隊への合流命令がでている。

しかし、命令を受けて早々にクロムは二色のサイコロを転がして上下どちらの街から探索をするか、という運試しをし、その結果がでるや、セレスに同行を求めたのだ。

この男は重要な決定ごとを博打で決めたがる悪癖を持っている。

クロムという男の変態性はそれだけにとどまらず、なにくわぬ顔で子供を殺傷する残酷な一面もある。

数日の間行動をともにして、セレスはクロムへ完全な苦手意識を抱いていた。彼の思考のすべてに共感できず、理解も及ばないからである。

ふらふらと夜の上街を歩くクロムは、なぜか一直線にとある場所へと向かっていた。

「先輩、なにか心当たりでもあるんですか?」

「そんなものはないさ」

「でも、あきらかにどこかへ向かっているじゃないですか」

「導かれるまま、気の向くままだよ、憂鬱君」

「はあ……」

めずらしくクロムはセレスと眼を合わせ、幸福に満ちた顔をする。

「実はね、これは私と君だけの秘密だが、このあたりには私の贔屓にしている店がある。仕事を始める前に一発景気づけをしていこうと思ってね」

要領を得ず、セレスは首を傾げた。

「なんのことですか……」

「ほらッ、見えてきたぞ」

クロムの指した店は、上街の宿場が固まって立ち並ぶ地区の奥まった位置にある大きな館だった。

外の装飾はやたらに華美で、紫色の色ガラスから漏れる妖しい光が普通の店ではないことをこれでもかと強調している。

看板には〈ユーリン館〉と書かれていた。

「さ、入ろう」

腕をひっぱるクロムを、セレスはぎょっとして振り払った。

「ちょ、僕はいいですよ!」

「お金のことなら心配はいらない。このクロムは裕福なのだ、君のぶんは私が持とう」

店の入り口で手招きをするクロムから後ずさる。

「冗談じゃない、任務の途中なんですよ。先輩と違って僕には隊長から招集がかかってるんです、先輩に仕事をする気がないのなら、僕はもう行ってもいいですかッ」

クロムは外側に寄った両目でセレスを凝視して、

「ああ、どこへでも行きたまえ、変人くん。君があまりに酷い顔をしているので元気づけてやろうと思ったのだが、いいさ、私ひとりで楽しませてもらおう」

背中越しに手を振りながら、クロムはひとり店の奥へと姿を消す。

セレスは足元の石を思い切り蹴飛ばした。

「なんなんだよッ」

――変人なんて、あんたにだけは言われたくない。

本人に向かって言う勇気のない言葉を飲み込み、セレスは来た道をひとり引き返した。

がらんとした広場で、すでに閉店した商店の前に立ち、窓ガラスに映った自分の顔を覗き込む。

より大きくなった目の隈とこけた顔をした情けない男がそこにいた。

目立つ赤い線が浮かんだ目で自分自身を見つめる。

――たしかに酷い。

セレスは、クロムに言われたことが事実であるとみとめながら、あの変人にも他人を思いやる心があることを意外に思った。

ユーリン館を経営するマダムと呼ばれている女主人が、住み込みで働く店の従業員である女達に来訪者の名を告げた。

「みんな、カルセドニー家のクロム様がおこしよ」

女たちは嫌気たっぷりに顔を引きつり、

「えええええ」と声をあげる。

「悪いけど、誰か相手をしてくれない」

女達のうちの一人が異を唱えた。

「でもマダム、私達あのひと嫌です……すぐ触るし、じろじろ覗くし、大声で変なことばかり聞いてきて、気に入らないと何度もやりなおせってしつこくって」

その言に他の女達も首を振り、次々に同意した。

「そんなこと言わないで、お願いよ……あんなのでも実家は貴族、お金払いだって他のお客の何倍もいいんだから。うまく相手してくれたら特別手当だってだしちゃうから、だからね?」

褒美を目の前に吊るされても、女たちはぶつぶつと文句を言い続け、だれも志願する者はいない。

そんな彼女らの様子を、部屋のなかで静かに観察している者の姿があった。

蛙人族のジロである。

ジロは旅の途中、北国の文化、歴史を学ぶためターフェスタに滞在していた。いまのところ路銀に余裕はあるが、それでも長旅に無駄遣いは禁物。紹介所から住み込み食事付きの仕事を案内してもらい、それがこのユーリン館だった。

仕事内容は掃除や雑用などの下働き。

簡単な仕事に優しい雇い主、面白がりながらも言葉や国のことを教えてくれる女達もいて、ジロはそれなりに充実した日々を送っていた。

が、どうにも雲行きがあやしい。

いつも気立ての良いマダムが、縋るような目つきでジロを見つめている。

「ジロちゃん……あなた、いってみるき、ないかしら?」

マダムの言葉に、返事をする間もなく、女達も顔を見合わせ、ジロにたいして期待に満ちた視線を投げる。

派手な服や化粧品を手にした女達が迫り来る。

この職場で一番の下っ端であるジロは、滝のような冷や汗をかきながらも、黙って彼女らにその身を委ねた。

香を焚いた狭い部屋にその男はいた。

天井や壁から、さらさらとした薄い布が幾重にも垂れ下がり、色のついたランプが漂う煙に色をつけるそこは、まるで別世界のように異質な空間となっていた。

マダムがクロムと呼んでいた男は、ジロを見るなり感嘆の声をあげた。

「おお、なんと、なんとなんとなんと! これはめずらしい、蛙人を雇っていたとはッ。なんと神秘的な姿、なんという神々しさ……」

感激を隠さないクロムはひざまずいてジロを拝みだした。

マダムの指示通り、部屋の中央に置かれた小さな卓に腰を降ろし、ぶかぶかのローブととんがった帽子をかぶせられ、化粧をされたジロは、卓の上にある綺麗な水晶珠へ手をかざした。

脂汗を浮かべながら、ジロは目を見開いてクロムへ問う。

「な、なにがしりたいっぽいの」

クロムは卓の前で小躍りしつつ、

「今日は人ではない者に占ってもらえる絶好の機会。我が天運を図るのにこれほどの時があるだろうかッ。仕事運を占ってもらうつもりでいたが、それではあまりにもったいない! カエル先生、どうか我が運命を! 愚兄が仕える愚劣なターフェスタの領主ではなく、このクロムが命を賭して将来仕えるべき相手、真の我が主君を占っていただきたい! どうかどうか来るべき未来を!」

当然ジロに占いの知識などない。が、ここに関しては適当にやってくれとマダムのお許しがでていた。

ジロは水晶球の上で手を踊らせ、適当に思いついた言葉を呪文のように口にする。

「ジャラジャラポンポン、サカナノシッポ、ネコニトラレテカナシカッタァ、ポンポンッ、ポン!」

手を止めると、クロムが真剣な顔で水晶球を覗き込み、べたべたとその手で触れ始める。

「誰が、なにが見えたんだい! 我が主のお姿はあったのかいッ」

ジロは返事に窮した。人語を理解するとはいえ、限られた言葉のなかでしかやりくりできないジロに、相手を納得させるだけの曖昧な表現は難しい。

苦し紛れに、ジロは自身の出会ってきた人間のなかでも一番印象に残る人物の特徴を並べだした。

「ハイイロのカミィ、ワカイオトコ~」

クロムは何度もうなずいて夢中で耳を傾けている。

「ふむふむ、つまり北方人の若者ということだ」

「オコッテルみたいなメ~」

言いながら、ジロは自身の目の端を釣り上げる。

「きっと高潔さが目力となってにじみ出ているのだな」

「アト、オオキナ、クロイカンタイ~」

クロムは不思議そうに首を傾げる。

「カ、カンタイ? くろい……」

理解に苦しむクロムに、ジロは片目を手で塞いで見せる。

「ああ! もしや黒い眼帯のことかッ」

「ソレッポイ」

クロムは雷で打たれたようにビクンビクンと痙攣しはじめた。

「若い北方人の男、強い目力と大きな黒い眼帯。これだけ具体的な啓示を授かったのは初めてだ……これはもはや占いではなく予言ッ、このクロム、言葉にできないほど感動した!」

勢いについていけないジロはぽかんと口をあけてクロムを見つめる。

「カエル先生……いや、カエル様! これは今出せるだけの全財産、どうかお納めください、そしてまた近日中に、このクロムめにご託宣をお授けください!」

クロムは服のあちこちから重い硬貨の入った袋を落とし、それでも足りぬとおもむろにズボンを脱ぎ始めた。

「これは給料三年分はたいて買った幸運を呼ぶ金歯鳥の羽毛を織り込んだ絹のパンツ。手放すには惜しいが、カエル様に献上するッ」

脱ぎたての下着を手に乗せられジロの精神的体力は限界に近づいた。

ズボンをはき直し、クロムは夢のなかの住人のように、幸福に満ちた表情で囁く。

「まだ見ぬ我が君、このクロム、かならずあなたを見つけてみせます……」

クロムが部屋を出ていくと、マダムを筆頭に女たちが黄色い声をあげながら部屋に入ってきた。

「ジロちゃん大手柄よ! さすが名門カルセドニー家ね、あんな変なのでもものすごいお金持ちだわ」

金の入った袋をあけ、中身を見ながら狂喜する女たち。

ジロは手に乗った生暖かいパンツをマダムに差し出した。

「あ、それは捨てていいから。期待してて、明日はとびっきりのお魚を三食つけちゃうから――またあのひとがきたらお願いね」

そう言って金を数える作業に没頭するマダム。その後ろでパンツを手に乗せながら聞いた最後の恐ろしい一言に、ジロは早々にこの国を出て行く決意を固めた。