軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

序曲 1

序曲 1

傷だらけの勝者たちが、敗者の身につけていたものを漁っている。ある者は金目の物を探し、ある者は死者の思い出の品を踏みにじった。

半開きに濁った目、閉じない口。冷たくなった体が、地面に無造作に転がされる。

戦いの痕は常に醜い。

先頭を切って突入したアリオトの輝士たちは、死したムラクモ輝士の体から、象徴的な長剣を奪い、戦利品とした。

故郷への土産物として手に入れた長剣を大切そうに布に包む者がいれば、倒した敵の数を自慢しながら、複数本の長剣を担いで見せる者もいる。

「東方の拠点を陥落させるなんて、いったいいつ以来のことだ。だれか詳しい奴はいないのか?」

「前例があるかどうかもわからない。快挙だぞ、我々は史書に残るような歴史を作り上げた」

「大公がこのことを知れば、どれほどお喜びになられるか」

興奮冷めやらぬ様子のアリオト兵たちの会話を耳に入れながら、カトレイの指揮官、リ・レノアは一人拠点内を歩いて、様子を見て回っていた。

勝利に沸く者達がいる一方、地面の上には、まだ点々と死者の体が放置されている。

中庭の広場に、逃げそびれた労働者たちが怯えた顔で身を寄せ合っていた。

外から内へ、カトレイが制圧を完了させた建物内へと足を運ぶ。

通路を抜けて広間を通り、レノアは自然と厨房の側にある食料庫の中に入っていた。

つい最近まで、こうした物資倉庫の管理が役割だった。その場に貯蔵されている物資は何より現状を如実に語っている。レノアは宛がわれてきた仕事の経験上、それをよく知っていた。

一層冷えた食料庫の中に置かれた木箱から、食材の一つを取って匂いを嗅ぐ。

「……?」

匂いに違和感を覚え試みに齧りついた直後、レノアは口に含んだものを吐き出していた。

箱から次々と食材を取り出し、その一つずつの匂いと味を確かめる。

「なんだよ……腐りかけのものばかり」

日持ちのする保存食も置かれているが、そのほとんどはなくなりかけている。

まさしく、ここに置かれた物資が、この場所の現状をよく示していた。

国境を守護する城塞ムツキを守っていたムラクモ軍人たちは、劣悪な状況で任務についていたらしい。

ムラクモ国内が内乱の危機に瀕しているという話を知りながらも、レノアは目の前にある現実に首を傾げる。

「だからってね」

大国が管理する国境守備の要衝が、ここまでの状況に捨て置かれるようなことなどあるのだろうか。

その時、背後から部屋に誰かが入ってくる気配が伝わり、レノアは素早く身構える。

「……あんたか」

姿を見せたシュオウは食料庫を見渡し、

「使えそうなものが残ってないか見にきた」

レノアは手に持っていた囓りかけの食材を投げ渡し、

「目敏いけど、残念だったね」

シュオウはすぐに食材の異変に気づき、レノアがそうしたように、箱や樽に入れられている食材を次々に手に取って確かめた。

「前は使い切れないくらいの新鮮な食材が運ばれてきてたのに」

シュオウが惑いを滲ませながらそう言った。

「これは異常の兆候だよ。こっちが思っている以上に、ムラクモっていう国はおかしなことになっているのかもしれない。これが吉事なのか凶事なのかはわからないけど」

シュオウは手にしていた食材を元に戻し、

「どうなってるのか把握しておきたい。捕虜に話を聞いてみる」

レノアは頷いて、

「私も気になってるんだ、同席させてもらうよ」

シュオウは頷き、二人は食料庫を後にした。

「アロエス重輝士、聞きたいことがある」

バレンの監督の下、捕虜として捕らえられているムラクモの重輝士、メディル・アロエスと、ムツキの一室で顔を付き合わせながら、シュオウが話しかけた。

アロエスはきりっと目元を尖らせ、

「無駄だぞ、なにをされようと私は国を裏切らない」

その言葉を、アロエスの背後に佇むバレンが呆れた様子で鼻で笑う。

同席しているレノアが腕を組んでアロエスの前に立ち、

「気骨のある軍人だね、気に入ったよ。うちには尋問を得意としている奴がいる、命令してたっぷりと痛めつけさせてもいいが、階級に免じて私が直接手を出してもいい。まずは顔から――」

晶気を使い、自身の爪をアロエスの目の前で鋭く尖らせた。

アロエスは眼球すれすれにまで伸びた爪を見せられ、

「は、話す! なんでも聞いてくれッ」

あっさりと観念する。

シュオウはアロエスの前に置いた椅子に腰掛け、腐った食材を見せた。

「食料庫の状態を見た。ここはどうなってるんだ、俺がいた頃と様子が違う」

アロエスはシュオウの質問に口を引き結び、

「…………」

答えようとしない。

バレンが背後からアロエスの肩を掴み、

「准砂の質問に答えろ」

アロエスは苦しそうに喉を鳴らし、

「……答えれば、私を解放するか?」

シュオウは頷き、

「約束する」

アロエスはいじましく目を細め、

「……深界を徒歩で帰るの辛いから馬を用意してもらいたい、あと食料と水も」

シュオウはまた頷いて、

「用意させる」

アロエスは顔をにやけさせ、

「新鮮な食料だぞ、貴様らの軍の指揮官級に振る舞われるようなものだ。それと怪我をさせられた体の治療費も必要だな、この受け答えに対して報酬として色をつけるのならカトレイ金貨を丁寧に梱包させて――」

「いい加減にしなッ」

最後まで言わせず、レノアが短剣の柄の部分でアロエスの顔面を殴打した。

「痛いぞ?! なにをするんだッ」

アロエスは殴られた鼻を赤く染め、涙目でレノアに抗議した。

レノアは短剣を握ったままアロエスの前で腕を組み、

「この手の奴は優しくしてるとつけあがるんだ。目玉一つ、耳一つ、指の一本のどれかでも取ってやれば、一瞬で従順になる」

アロエスは蒼白になった顔を横に振り、

「わかった、話すから! しょ、食料事情についてだったな、それについては私も全容を把握していないが、しばらく前から突然補給に異変が現れるようになったんだ」

「異変?」

アロエスは二度頷き、

「後方から直接届くはずの物資が、なぜかユウギリを経由するようになった。そのユウギリからここへ送られてくる物資は必要最低限なうえ、やけに質の悪いものばかりが入っている。確認のために人をやっても、親衛隊の命令でそうしているだけだと説明されるだけなんだ」

「親衛隊が……?」

シュオウはその名を呟きながら、隊長のアマイの顔を思い浮かべる。

「何度問い合わせても、抗議してもまともな答えが返ってこない。面会を望んでも拒絶されるし、出入りが厳重に管理されていて街にも入れてもらえない。なにか様子が変だと、我々も対処を相談していたところだったんだ」

バレンがアロエスに顔を寄せ、

「王女失踪の噂となにか関係があるのか」

「わからないッ、もう知っていることは全部話した。逆さに振られてもなにも出せやしないぞ、本当だ!」

アロエスは必死の形相でレノアを見上げた。

レノアはアロエスの髪を掴み、

「お望みなら、絞れるものがないか、やるだけやってもいいけど」

シュオウを見ながらそう言った。

「いやだ……やめろ、やめてくれ……頼む……ッ」

アロエスは必死に首を振りながら慈悲を求めた。

シュオウはレノアに首を振って見せ、

「もういい、十分聞けた、離してやれ」

そう言うと、アロエスはぐったりと首を落として深く腰をずり下げた。

「バレン、約束したものを渡してこの男を解放してくれ」

バレンは一瞬返事を詰まらせ、

「……よろしいのですか、置いておけばまだ使い道があるかもしれません」

ごつごつとした手でアロエスの肩を強く掴んだ。

シュオウは改めて泣きそうな顔のアロエスを見つめ、

「……帰りたそうだ、解放してやってくれ」

バレンはアロエスから手を離して敬礼し、

「は、お言葉の通りにいたします」

アロエスは止めていた呼吸を再開し、

「あ、ありがとう……ありがとう! あなたは間違いなく偉くなるぞ、その慈悲に報いる日が必ず来るだろう! この恩は忘れない、アロエスはこの恩を忘れない!」

興奮して涙と鼻水を垂らしながら叫び続けるアロエスの口をバレンが塞ぎ、

「黙れ」

バレンに引きずられながら連れられていくアロエスがシュオウに送る視線は、安堵の色と、心の底からの感謝の情を滲ませていた。

「敵としてここを制圧したことに、なにか感慨深いものでもあるのかい」

兵舎の二階から、見慣れた中庭を眺めていたシュオウに、ジェダが軽く声をかけた。

シュオウは横目でジェダを見つめ、

「特にない。やると決めた時から、こうなるとわかってたからな」

ジェダは嬉しそうに笑み、

「他の誰かが言った言葉なら、自信過剰だと鼻で笑うところだが――――休んでいるところに悪いが、相談したいことが二つあるんだ」

シュオウは頷き、

「俺も話したいことがあった、そっちが先でいい」

ジェダは頷いて、

「一つ目は増援軍指揮官についてだ」

「ボウバイト将軍か?」

「ああ、将軍閣下が拠点の中へ入れろとせっついている」

シュオウは首を傾げ、

「入ればいい」

ジェダはにたりと微笑を浮かべ、

「面白いのはそこなんだ。制圧直後の現状は混沌としていた、強引に進んでくることも出来ただろうが、あの気難しい将軍はどうやら愚直に君の許可を待っていたらしい。ちなみにだが、今現在、全軍の晶士はすべて増援軍の元に残したままだ」

シュオウは眉をくねらせ、

「今、反抗されたら……」

ジェダと目を合わせ、どちらからともなく吹き出して笑った。

「もう一つの話は、アリオト兵たちが拠点内に残されたムラクモ兵の私物に所有権を主張している、自分たちの手柄だとね」

シュオウは怪訝な顔付きで、

「どういうことだ?」

「簡単に言えば、略奪を望んでいるということさ。勝利の記念品を手に入れて、国に戻った時の勲章代わりに見せびらかし、家族、親類、友人たちに自慢する。くだらないことだが、それも戦争の醍醐味の一つなんだ」

ムツキは大規模な城塞だ。そこに数多くの輝士たちが詰め、彼らは私室に私物を持ち込んでいた。酒などの嗜好品、高価な装飾品や装備など、その種類は多岐にわたる。

「許可した場合と、しなかった場合の違いは?」

シュオウの問いにジェダは視線を上げ、

「許可した場合は単純に彼らが喜ぶだろうが、すんなりと要求を飲めば舐めてかかられるかもしれない。許可しなかった場合は、アリオト兵の士気が下がる、まあ、影でさんざん君の悪口を言うだろうが、そうなっても今までとそう変わりはない」

シュオウは窓の外を眺めながらゆっくりと息を吐き、

「許可する。ただ、手を出していいのは個人の私物だけだ。軍の運用に使える物資に手を出した奴は、クロムと同じ方法で罰を与える」

ジェダは頷き、

「承知した、伝えておこう。あと、ボウバイト将軍にはなんと返答する」

「入っていいと伝えてくれ」

「わかった――それで君の話だが」

「やっぱり後でいい。俺はクロムの様子を見てくる、あいつのおかげでここを早く落とせた、状態が心配だ」

ジェダは目線を鋭くし、

「クロム・カルセドニー……あの力、触れてみてよくわかったが、あれは実際、晶士の資質から生じる力だった、それもかなりの域に達している。今後も上手く利用できるのなら、僕らにとっては都合の良い戦力になるかもしれない、多少人格に問題があったとしてもね。ほどほどに機嫌を伺っておくことには、僕は大いに賛成するよ」

シュオウはジェダの語りにはなにも返さず、ただ黙ってその場を後にした。

クロムを見舞うために部屋に入ったシュオウは、寝台の上に横たわるクロムと、そのそばにいたネディムと目を合わせた。

ネディムは立ち上がってシュオウに頭を下げ、

「補佐としてお側にいることができず、申し訳ありません」

シュオウは鷹揚に首を振り、

「いいんだ。いま、ボウバイト将軍に中に入る許可を出して、アリオト兵に戦利品の回収を許してきたところだ」

ネディムはゆったりと頷きながら、

「ここまで戦いを共にしてきた将軍には信頼を示し、先陣を切って危険に飛び込んだアリオト兵たちにはその働きに相応しい報酬を与えることになる。どちらも最良の対応といえるでしょう。賢明なご判断です」

シュオウは寝台の横に立って、

「クロムはどうだ」

「ご心配いただいて感謝いたします。体中怪我だらけですが、致命傷は一つもありません。丈夫さは弟の突出した取り柄の一つでもありますから」

衰弱した様子だが、ネディムの言う通りクロムはとりあえず何事もなく寝息を立てている。

「命懸けでここまでの事をしてもらうほど、俺がクロムになにかした覚えはない。だから、どうしてこうなるのか、正直未だによくわからない」

ネディムは柔く笑み、

「そうだと思います。弟は本人独自の教義のようなものを基準にして生きています。ですので、深く理由を求める必要はありません。クロムがあなたに忠義を尽くすと宣言している以上、死してでもそれを実行しようとするはず。それを止められる者がいるとすれば、いるかどうかもわからない天上の神のみかもしれません」

シュオウは側にあった椅子に腰掛け、立てた肘から拳に顎を乗せ、

「それなら、雨風と同じようなものだと思っておく」

ネディムはおかしそうに笑い、

「それは、言い得て妙ですね」

ネディムは立ち上がって室内を見渡し、

「ターフェスタ軍を率いて、この拠点を攻略したのは間違いなく偉業です。これは紛うことなく、軍を統括しているあなたの功績といえるでしょう」

褒められながら、シュオウは憮然とした表情をして、

「こんなにすんなりいくとは思っていなかった。相手が万全じゃなかったせいだ、俺はたいしたことを出来ていない」

「果敢に攻める姿勢がなければ、それを知ることもなかったでしょう。この結果はすべて司令官たる准砂の勇気と指導力の元に得られたものです、そこに多少の運が混じっていたとしても、その功績をご自分で卑下されるようなことのないようにしてください」

シュオウは自嘲気味に、

「話を聞いてると、自分が優れた将軍にでもなったような気になるな」

ネディムは微笑を浮かべて宮廷作法の辞儀の姿勢をとり、

「今回の戦果を、ただちに大公殿下に奏上いたします。ムラクモの国境侵犯はドストフ様の念願の一つ、知らせを聞けば、舞い上がるほどお喜びになるはずですよ」

「大公に伝えてくれ、このままユウギリを攻め落とす。すべてが終わったら見に来て欲しいと」

ネディムがその場でしたためた報告の書簡は、矢のような早さでターフェスタへと即座に送られた。

「大公殿下、前線にいるネディム・カルセドニーからの書簡です」

ドストフは寝間着のまま、差し出された書簡の元へ駆け寄った。

まるで贈り物でも受け取ったかのように、書かれた文言を読みふける。

文字を追いながら、ドストフのやつれた顔に、徐々に生気がみなぎっていく。

「勝っている……まさか、ワーベリアムの力もなしにターフェスタがムラクモの城塞を陥落させたぞ……ッ。書記を呼べ、すぐに布告文を作らせる、この勝利をすべての臣民に知らせるのだッ、遅れれば厳罰を与えるぞ、急げ!」

書簡を強く握りながら、ドストフは大きく破顔した。

自信を失い、卑屈に折り曲がっていた背が力を取り戻し、狭く薄暗い視界が、突如開けたように、世界が輝きを取り戻す。

命令を受けた家臣が慌てて部屋を出て行く途中、足を滑らせて盛大にこけるが、ドストフはそのことに気づきもせず、再び書簡に視線を戻した。

「陥落させたユウギリを私に見せたい……だと」

ターフェスタ大公の名の下に、この戦争の司令官に任命したシュオウからの送られた言葉を、食い入るようにじっと見つめた。

ドストフはやむを得ず戦地をまかせたプラチナ・ワーベリアムの顔を思い出していた。口を開けば説教染みたことばかり言う、幼い頃の憧れた相手は、いつしか自らの劣った部分のみを強調して見せつける、薄汚い鏡のような存在になっていた。

これをしろ、あれをするな…………いつしか自分を見つめるプラチナの視線に、隠せぬ軽蔑の色が混じっているのを感じるようになり、ドストフは制御不能な劣等感に、さらに深く傷つけられる日々を送ってきた。

――この者は違う。

有力な後援である妻の家への手前、なかば仕方なしに与えた司令官の座だったが、このシュオウという平民の男は、予想外の快進撃を続けている。

説教を垂れるわけでもなく、兵糧が足りないとのたまうでもなく、ただ与えられたものだけで、粛々と成果を上げ続けている。

「私に直接出向けだと……」

一人で呟いたドストフの顔は紅潮し、激しくにやけていた。

受けた役割をまっとうし、この先の成果を約束している。その言葉の一つずつが、ドストフにとってはこのうえなく愛らしく、可愛げを感じずにはいられない。

「もしもムラクモの領土を奪い取れば……」

ドストフは止まぬ妄想を膨らませ続けた。今まで銀星石の温情で玉座に座らされた 贋物(にせもの) のように陰口を叩かれてきた。

難攻不落であった東方の地を我が物とすれば、ドストフを馬鹿にしてきた各国の王達も、目の色を変えて悔しがるに違いない。

「おい! 誰かッ」

ドストフは常にはないほどの大声を上げて人を呼んだ。現れた使用人に、

「戦地への視察の用意を進める、すぐに私の軍服を用意しろ――いや待て、せっかくだ、いちからすべて仕立てさせよう。国中の仕立師を呼び寄せよ、金に糸目は付けぬ、このターフェスタ大公の晴れの日に相応しい軍服を考えろと伝えるのだ」

使用人に指示を伝え、ドストフは手を着けていなかった卓上の果物に手を伸ばし、甘い実を口いっぱいに頬張った。

「街中の仕立て屋が城に集合をかけられました。大公直々の招集のようです」

リリカから夜更けに報告を受けたジュナは、寝間着姿のまま体を起こし、明かりをつけないまま室内の暗がりに視線を送った。

「それはおかしなこと?」

眠りを妨げてまでリリカが報告に上がることは珍しい。

ジュナの予想通り暗がりの中から、

「こくり――」

と頷いたことを示すリリカの口癖が聞こえてきた。

暗がりの中に溶け込むリリカの姿は、ジュナの目には映らない。闇の中から、リリカは姿を隠したまま語りを続ける。

「大公にはお抱えの仕立師がいます。過去には上街の仕立て屋に招集がかけられたこともあったようですが、下街の仕立て屋にまで声がかかるのはかなり珍しいことだとか。常ならざる事を察知すれば、急ぎお知らせすべきかと思いました。お休みの所をお邪魔してしまったことをお詫びいたします――ぺこり」

ジュナは寝台の上で手を突き、上半身を支えながら寝具を勢いよく剥ぎ取った。ぼんやりと視線を宙に浮かせ、思いにふける。

「ターフェスタ大公が身だしなみを気にして……専属の仕立て屋がいるのに多数の同業者を集めている。そこからは仕事を競わせようという意図が窺える。平凡なものではなく非凡なものを求めているのは気分が高揚しているから。この招集が突発的に起こったのはそのせい。なにか嬉しいことがあったと考えるのがあたりまえ……」

「戦地から良い報告があがった、ということでしょうか」

ジュナは闇の中から聞こえるリリカの声に微笑みながら頷いた。

「ここまで知り得たこの国の内情を鑑みても、ターフェスタ大公が突然浮かれて奇行に走るきっかけがあるとすれば、それは自身が発起人である戦争に関しての吉報くらいのもの」

「はッとリリカはなにかに気づいたように顔を上げつつお窺いします――シュオウ様一行が、ユウギリを落とした、ということなのでしょうか」

ジュナは鷹揚に首を振り、

「いいえ、それにはまだ早すぎる。前段階として深界での戦闘、その後の越境のための拠点攻略という重要事がある。今回、目に見えて大公の態度に変化が現れたのは初めてのこと、だから今はまだ最初の段階だと考えるのが自然でしょう」

「こくこく――と、リリカは二回頷きました」

「戦争のために重税を課し、成果も得られないまま、そのことを本人も気に病んでいたはず。その戦争で大きな戦果をあげられたのだとしたら、ターフェスタ大公はそれを喧伝せずにはいられない。近いうちに大々的に勝利の報告が広まるはず……大公の動向をもっと把握しておきたい」

「あの二人に探らせます」

ジュナは闇に向かって頷き、部屋に明かりを灯し、寝台の横に置かれた古びた木製家具に手を伸ばした。

家具の引き出しには細工が施され、外からはわからない死角に、幾重にも折り重ねた紙束がしまわれている。

ジュナはその紙束を取り出し、一枚ずつを丁寧に寝台の上に並べていった。それぞれの紙にはびっしりと文字で埋め尽くされている。その内容のほとんどは、人物に関するものだった。

「思っていた通りに、状況は絶え間なく進んでいる。あの人とジェダなら、必ず良い結果を手に入れるはず。置いて行かれないように必死について行かないと。この国で起きていることをすべて把握し、そのうえで安定に一石を投じる。リリカさんや、あの子たちのおかげで、どんな石を投げられるのかも見えてきた。あとは時期を見て、そのための支度を整えるだけ――」

ジュナは雑多に収集された情報を俯瞰しながら、

「――悪巧みを始めましょう」

誰にでもなく、独り言のように呟いた。