軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

守りたいもの

「これは……」

「奥様、逃げてください!」

目が慣れるにつれ、絶望的な状況が明らかになっていく。

木漏れ日を照り返す槍衾、数十人のヴラオゴーネ兵、地面に引き倒されたザック。そして、

「酷い顔だな、シエラ。随分と駆けずり回ったと見える」

うす笑みを浮かべるクリスランは待ちくたびれたと言わんばかりに煙管を吹かせていた。

どういうことだ。なぜ追手がここにいる。

「この抜け穴はねえ、もともと王族や上位貴族のための物なんだよ。私が知らないわけないだろう」

私の疑問に先回りするように公爵閣下が愉快そうに煙を吐き出した。

「賢くて友達の多い君のことだ。北と南の門を封鎖すればきっとこの抜け穴を嗅ぎ付けると思っていたよ。さあて、随分と手間をかけてくれたね」

最後の言葉を殊更に強調して、クリスランは大きく煙管を吸い込んだ。

火皿から赤々と燃える炎が見えた。

「お願いです、ザックに乱暴をしないでください」

「それは君の心がけ次第だね。大人しくヴラオゴーネまでご同行願えるなら、そこに転がっている衛兵は五体満足のままだろう」

「……卑怯な」

ストレートな罵倒が口をついた。

それほどに、クリスランは人質の使い方を心得ている。クリスランは決してザックを殺しはしないだろう。その代り、傷つけることに躊躇しない。そうやってジュリアンを操ってきたのだ。ヴラオゴーネに連行されれば今度は私が人質の役を担うことになる。

「やれやれ、口のきき方がなっていない小娘だ。教育が必要だな。男の指を落とせ」

「待って!」

「動くな!」

駆け出そうとして乱暴に引き戻された。その拍子に衣服の裂ける音がする。破れたポケットから何かが零れ落ちた。それは小さくて銀色で、

リーン。

と、澄んだ音を立てる鈴。ジュリアンから貰った、あの鈴だ。

気休めにしかならない、ジュリアンが自嘲気味に語ったその鈴は小さな体で精一杯の音を響かせるが、圧倒的に音量が足りない。

「旦那様!」

だから、叫んだ。

「ジュリアン様!」

力の限り愛しい人の名を。

今まで誰にも助けを求めたことなどなかった。ずっと一人だった。

強かったからじゃない。ふり払われるのが怖かったからだ。一人で苦しむことよりも、助けを求めて伸ばした手を払われる方がずっとずっと怖かったからだ。だから、一人で背負い込んだ。誰の手も借りず、誰の助けも求めずに。そんな私を変えてくれたのは。

「ジュリアン様、助けて!」

声が林間にこだました。思いが幹に跳ね返り空に抜け、

――。

そして、その音が聞こえた。

始めは小さく徐々に大きく、木立が騒ぎ出す。葉っぱがガサガサと揺れる音、小枝が折れる音、追い立てられた鳥が羽ばたく音、枯れ草が踏み鳴らされる音。金属が激しく擦れる音。

「そこまでだ!」

林から百を超える兵士が踊り出た。

銀色の獣を思わせる完全武装の兵士達は、統率された動きでクリスランの部隊を取り囲む。勇躍する鎧が木漏れ日を跳ね返してキラキラと煌めいた。

その様は、木立を駆け巡る流星群のようだった。

「な、なんだ、貴様ら!」

クリスランの煙管が指から滑り落ちた。新たに出現した兵士達の胸には同じ『炎の鍵』の紋章が刻まれている。だが、その動揺ぶりからして公爵指揮下の部隊でないことは明らかだった。

では、誰だ。誰がこの軍団を指揮している。

その疑問に答えるように、一人の兵士が進み出た。

手にしているのは槍ではなく片刃のサーベル。その拵えに見覚えがあった。剣だけではない。歩き方にも、纏う空気にも、立ち止まる姿にも見覚えがある。苦しいほど。

「遅くなって、すまない」

もちろん、その声にも。

「怪我はないか、シエラ」

脱いだ兜から流れる銀色の髪の毛にも。

初めて会った時と同じだ。木漏れ日を背に浴びて立つその姿は、地上に舞い降りた天使に見えた。

「ジュリアン」

言葉より先に涙が溢れた。目の前の状況が信じられなかった。

「どうして、ここに?」

「父上が賊の確保に動いたと聞いてすぐにシエラのことだとわかった。あとは、父上と同じだ。シエラなら必ずここから抜け出してくると踏んでいた」

「そうではなくて……神泉の……王の警護は」

私が問うとジュリアンはしばし黙り込み、

「……無茶を言うな」

決まり悪そうに笑みを漏らした。

「シエラに危機が迫っているのに王の警護を続けろと?」

「だって、それが武人です」

王を守り、主君を守り、国を守る。それが武人の――。

「俺に、シエラより守りたいものはない」

そう言って、ジュリアンは私を抱き締めた。

最初だけ強く、あとは包むように優しい、いつものやり方で。

「……ジュリアン」

もう二度と感じることが出来ないと思っていた温もりを、鎧の上から届けてくれた。

愛している。ずっと口に出来なかった思いを腕の中で伝えてくれた。