軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

やっぱりお二人様で逃避行

逃げないと、どうにかして。

「閣下!」

私は床を這いながら必死に声を張り上げた。

「なんだい」

「お願いがございます。少しだけ壁の方を向いていていただけないでしょうか!」

「……あ?」

いきなり何を言い出すんだ、この女。そう言いたげにクリスランの眉が傾いた。

構わず、叫ぶ。

「ほんの少し、ほんの一瞬でいいんです。私を見ずに壁の方を向いてくださいませ!」

「……なんだ、それは? どういう意図の発言だ」

「壁の方を向いていてください!」

「そう言われて向くはずないことはわかっているだろう。何を考えているんだ、小娘」

そう言われて答えるはずがないこともおわかりでしょう。もう大丈夫です。すでに用は済みましたから。

今ので十分伝わっているはずだ。クリスランの兵士達は宿の玄関から一直線にこの部屋に向かってきた。何の障害もなく、誰の抵抗も受けることなく、すんなりと。

ザックがいるはずなのに。

賢いザック、彼は本当に優秀だ。きっと多勢に無勢で抵抗する愚を避けてどこかに潜んでいるに違いない。私の様子が伺えるどこか、すぐに近くに。そして、今の言葉を聞いていたら……。

――ガンガンガンッ。

と、隣室の壁が叩かれた。

そう、ザックはすぐに動いてくれる。クリスランと兵士達全員が反射的に物音の発生源を振り返った。先ほど私が希ったこと、『一瞬壁の方を向いていてください』が実現する。

その一瞬で、縄から抜けた。外した縄を兵士に叩き付け、怯んだ隙に包囲を抜ける。そのままバルコニーに向かって駆け出した。

「逃げたぞ!」

「なぜだ、縛っていたはずだろう!」

ごめんなさい、縄抜けは一番の特技なんです。

「追え!」

「ここは三階だ、バルコニーからは飛べないはずだ!」

もちろん、飛べません。普通のご令嬢であればね。

手摺に足をかけて一息で乗り上がった。

通りを見下ろせば――何という幸運だろう、馬がいる。

大通りに馬を連れた商人がいた。今日は祈年祭三日目、誰もが家に閉じこもり祈りを捧げて過ごす厳粛な日。客足も耐えてどこか暇そうにガラ空きの大通りを眺めている。

――ので。

「高いところから失礼します!」

バルコニーから馬の背に飛び乗った。

「なんだ、お前は!」

突然降ってきた珍客に馬も商人も大驚する。馬は何とかどうどうと宥め賺し、

「すみません、後で絶対に返しに戻りますから」

商人には平謝りで馬を走らせた。

「シエラだ!」

「上から降ってきたぞ!」

もちろん、宿の周りもヴラオゴーネの兵士達に包囲されていたが彼らは徒歩だ。

馬なら易々と突破できる。

「なんで、公爵令嬢が馬に乗れるんだ!」

乗れるに決まっているでしょう。公爵次官の激務を舐めないでください。乗馬は最初の一か月で覚えましたから。

追いすがる兵士達をぶっちぎって馬を走らせた。大通りをひたすらに西へ駆ける。

「このくらいでいいかしら」

と、見せかけて方向転換、元来た道を駆け戻った。

ぐるりを壁に囲まれた城壁都市のハイセンは南北にしか出口がない。大通りを西に駆ければ、いずれは左右に折れて北か南どちらかの門に向かう必要がある。つまり、私を捕まえるなら南北に分かれて門を封鎖すればいい。その逆を突いて宿に戻る。目的は――。

「嘘だろ、本当に戻ってきたあ!?」

ごめんなさい、あなたじゃないの。仰天する商人の前を通り過ぎれば――。

「いた、ザックだ」

遠目に捕縛されたザックの姿が見えた。可哀想に。あの後すぐに捕まってしまったのだろう、手錠をかけられ通りに引き出されている。奪還しなければ。彼をクリスランの元に残したらどんな目に合うことか。

「ザック!」

大声で呼びかけて馬に鞭を入れた。

「シエラだ!」

「突っ込んでくるぞ!」

「奥様!?」

慌てふためく兵士達、ザックも気付いた。その横をスピードを緩めず全速力で駆け抜ける。ザックなら飛びつけると信じて。

「掴まって!」

伸ばした右腕に凄まじい衝撃が走った。

腕がもげたかと思ったけれど、この痛みは試みが成功した証でもある。だから、離さない。ザックが掴んでくれたこの手は絶対に。

「登って、ザック! 私の力では引き上げれない」

「なぜ戻ってきたのですか、奥様!」

馬の背によじ登り、ザックが叫んだ。

「あなたを置いて逃げられるはずがないでしょう」

「本気で言ってるんですか。貴人なら何より身の安全を第一に考えるものでしょう」

「あなただって、私にとっては貴い人です!」

お願いだから馬の制御に集中させて。初めて乗る馬、初めてする二人乗り、少しでも気を抜いたら大事故に繋がりそうだ。

「奥様……」

私の思いが通じたのだろうか、ザックはにわかに口を噤むと、

「つくづく、イーロンデールがあなたを手放した理由がわかりません……」

初めて聞く弱弱しい声でそう漏らした。