軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

不戦敗ですね、これ

「申し訳ございません。アルカディア様はご気分が優れないそうです」

第一幕が大失敗なら、第二幕は開演すらしなかった。

夕食を次の説得の機会と捉え夫婦で万全の準備を整えていたけれど、アルカディアは顔を見せることすらせずイリーナの伝言一つであえなく夕食会はキャンセルとなった。

「そう……なのね。わかりました。ご気分が戻ればいつでもいらしてくださいとお伝えして」

何とか笑顔を作ってイリーナを再び伝言に出したけれど、出鼻を挫かれた感は否めない。

「アルカディアは、ああいうやつなんだ。いや、俺もたいがいか。すまなかった」

珍しく意気消沈したジュリアンが頭を下げる。さすがに、説得を請け負っておきながら抜刀してしまった自分を悔いているようだ。

「謝らないでください、旦那様。アルカディア様も聞き取りで来ている以上このまま帰るはずありません。説得のチャンスはまだありますよ」

「そうか……そうだな。しかし、シエラにはちゃんと謝っておきたい」

「そこまでしていただかなくても……」

「大事なティーテーブルを蹴り飛ばしてすまなかった」

そっちですか?

「シエラにとってはこっちの方が重要だろう。母君の形見と言ってもいい品なのに。本当にすまない」

「そ、そんな、大丈夫ですよ。あれは旦那様のせいではないですから」

「しかし……」

「はい、謝罪はもういただきました。これ以上は言いっこなしです。切り替えましょう。もう一歩で私と離婚できるんですよ! 元気出して」

「どういうつもりで言ってるんだ、その発言は」

「はい?」

「なんでもない。シエラが出会う人間全てに好かれる理由がわかった気がしただけだ」

「はあ、そうですか」

何らやらぴんとこないけれど、ジュリアンが笑みを取り戻しているからいいとしよう。私も気持ちを切り替えてパンの皿に手を伸ばした。

「それにしても、驚きました。まさか、アルカディアがここまで詳細な情報掴んでいるなんて。クリスラン閣下はこちらの動きに勘付いているのでしょうか」

反乱を未然に防ごうという目的に勘付いているのだろうか。

「あの父のことだ。うすうす勘付いていてもおかしくないだろう」

「であれば、人質の安否は……」

「こちらも証拠を掴ませるような真似はしていない。今の段階で滅多なことはできないはずだ」

「そうですか。であれば、良いのですが」

どうやら、件の人質とやらはクリスランがいつでもどこでも好き勝手にできるというものでもないらしい。だとすれば、それなりに身分のある人物なのだろうか。

「しかし、人質か。もしかすると、父の目的はそれなのかもしれないな」

ジュリアンはそこで食事の手を止め、青い瞳でじっと私を捉えた。

「父からすれば、今の俺は手綱のきかない暴れ馬のように見えていることだろう。新たな手綱を握ろうとしているのか。もっと強力な手綱を。そのためにアルカディアを寄越したとすれば」

「新たな手綱……?」

どういう意味だろう。尋ねたようとしたけれど先に口を開いたのはジュリアンだった。

「シエラ、アルカディアをどこで見つけた?」

「はい?」

「今日の昼だ。応接室から抜け出したアルカディアを連れ戻してくれただろう」

「中庭です。散歩していたらたまたま見つけました」

「あいつは何をしていた?」

「な、何をですか?」

瞬間、木立の間から聞えて来たイリーナの甘い声がよみがえる。ついつい言い淀んでしまうと、

「言えないようなことがあったのか」

途端にジュリアンの語気が強まった。

「何をされた! あいつはシエラに何をした!」

「ち、違います。私じゃないです。私はただ本当に見つけて案内をしただけです」

びっくりした。急に叫ばないでくださいませ。

「本当か? 本当にそうなのか」

ジュリアンの勢いはまだ収まらない。今にも立ち上がらんばかりだ。

「はい、本当です」

「そうか、ならいい。とにかく、アルカディアには気を付けろ」

「か、かしこまりました」

またテーブルをひっくり返されてはかなわない。とにかくジュリアンを落ち着かせたい一心で頷いて見せたけれど、

「ところで、具体的には何にどう気を付ければよいのでしょう?」

今いちジュリアンの発言の趣旨がつかめない。

「何に……? それは……全てだ」

「なるほど、かしこまりました」

やっぱり、今日のジュリアンはちょっとおかしい。本人としてもそれは自覚があるようで、

「すまん。今日は調子が悪いようだ。先に休ませてもらう」

ジュリアンはほとんど食事に手を付けずに食堂を引き上げた。

ついに一人ぼっちになってしまった。

無意識に零れたため息が、やけに大きく食堂に響いた。

「はあ、今日は何も収穫がなかったな」

寝間着に着替えてベッドに横たわると、自然と後ろ向きな呟きが口から洩れた。

ああ、いけない。またため息をついてしまった。しっかりしなくては。弱気になっていいことなんて何もない。

アジジ商会の教えその五、『笑顔は最も安価で確実な投資なり』――に、従って無理矢口角を上げてみる。明日こそは冷静に、有意義にアルカディアと向き合おう。そんな意思を高めていると、

――コンコン、コンコン。

と扉を四度ノックする音が聞こえた。メイド専用の叩き方、エイミーか。さっきお休みを言い合って別れたばかりなのに忘れ物でもしたのだろうか。そんなことを思いながら扉を開くと、

「奥様、ジュリアン様がお呼びです」

イリーナが恭しく頭を下げていた。