軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

お義姉様と井戸端会議

「ありがとうございます。では、夫に代わって私があなたに挑戦いたします」

「なに?」

「勝てば恩賞として、私と旦那様のお茶会に参加していただきたく存じます」

「……ほう」

「シエラ!」

にわかに甲板にどよめきが走った。ナディーンが嘲笑うように私を見下ろす。

「お前、本気で言っているのか?」

「ええ、もちろん。今度は断れませんわよね。イーロンデールはヴィシュカ王国最古の公爵家、“格下”のお姉様が断るのは礼儀を失していますもの」

「小娘……」

どよめきは戦慄に変わった。感情を隠さないナディーンは、早々に笑みを引っ込めて雷撃のような視線で私を射抜く。

「いいだろう。本当に可愛い嫁だ、やってやる!」

「待ってください、姉上! シエラ、お前正気なのか」

「もちろんです。くれぐれも恩賞をお忘れなく、お姉様」

「当然だ。音を鳴らせ! 花火を上げろ!」

ナディーンの命に応えて銅鑼が打ち鳴らされ、船尾から花火が打ち上げられた。甲高い笛の音と太鼓の音がそれに続き、歓声が湧き上がる。剣闘場は一瞬で最高潮の盛り上がりを取り戻した。

「何を考えている! 相手が誰かわかっているのか」

その雑音に負けぬようジュリアンが声を張り上げる。

「ええ、わかっています。我ながら無謀なことを言ったかなとも思いますが……でも、チャンスじゃないですか。『お宝は一番危ない場所にある』アジジ商会の教えです」

「シエラ……」

「行かせてください、女同士のティーパーティーですよ。お姉様にはたっぷり旦那様の愚痴を聞いていただかないといけませんので」

精一杯の冗談で笑いを誘ったつもりだけど、

「そんなに俺と離婚したいのか?」

ジュリアンの顔は見たことがないほど辛そうに歪んでいた。

「命をかけてまで、シエラは俺と別れたいのか」

「旦那様……」

そんな顔を見ているとなぜか私も泣きそうで、

「違います」

ジュリアンにだけ聞こえる声でそう答えた。

「お金はもちろん大事です。けれど、離婚のためだけに戦うんじゃありません」

「じゃあ、なぜだ」

「旦那様が侮辱されたからです」

「俺が……?」

「すみません。私、少し怒っています。あんなふうに妾の子だとなんとか、旦那様ではどうしようもないことを悪し様に。許せないんです。ごめんなさい。旦那様のお姉様なのに、ごめんなさい」

「シエラ……」

ジュリアンの瞳が崩れそうに震えた。その奥に初めて大きな感情が見え――。

「もういい」

そのまま手を握られた。

剣を握る私の手がすっぽり収まる大きな掌、その手が小さく震えている。

「十分だ。俺の誇りはあんな言葉では傷つかない。だから、もうやめてくれ」

「旦那様」

どうして、ジュリアンまで震えているのだろう。どうして、そこまで止めてくれるのだろう。私なんて何でもない女のはずなのに。仮の妻であるはずなのに。

『俺はお前を愛せない。だから、お前も俺を愛するな』

そう言ったはずなのに。

「ありがとうございます、旦那様。でも、大丈夫です」

感情のまま溺れそうになる心をどやしつけ、私はジュリアンの手を押し返した。

「シエラ……」

「私とて何の策もなく挑んだわけではありませんから。お耳を拝借してよろしいですか」

背伸びをしてジュリアンの耳に唇を近付ける。耳打ちを受けたジュリアンは、

「……わかった。ただし、危険だと判断したらすぐに止める。いいな」

刹那悔しそうに唇を噛んだあと、いつものように蒼い瞳に感情を隠してそう言った。

「ジュリアン、別れのキスは済んだか? さっさと始めないと暴動が起こるぞ!」

準備万端のナディーンはすでにステージの中央に陣取っている。観客を煽ると砲撃が始まったのかと思うほどの歓声が爆発した。

もうやるしかない。後ろ髪を全て置いていく覚悟でジュリアンの手を離れ、木剣を携えて進み出る。

「やっちまえ!」

途端に暴風のような野次が吹き荒れた。まるで声が形と重さを持ったかのような、痛みすら感じる罵声の嵐。

その間を切り裂くように、

「無理はするな、シエラ!」

ジュリアンの声が耳に届いた。

一対百でも、一対千でも力強く鼓膜に響くジュリアンの声。ついさっき握られた手が燃えるように熱を持った。ありがとうございます、旦那様。これで私は戦える。

「ではでは、お互い前へ出てー」

どこか戦意を鈍らせる審判役の女性の導きに従ってナディーンと相対した。顎を下げ姿勢を正して正面を睨むと私の視線は女帝の豊かな胸へと突き刺さる。

絶望的な身長差だな。大人と子供、瞬時にそんな言葉浮かんでくる。

「大丈夫ですか? 無理せずに謝っちゃった方がいいですよ」

どうやら審判役の女性にも同じ言葉が浮かんだようだ。

「怯えているのか、小娘。泣いて許しを乞うなら見逃してやらんこともないぞ」

ナディーンが不敵な笑みを浮かべて見せる。まるで曇天を切り裂く稲光のような、恐ろしくも美しい、目が釘づけになる笑みだった。

泣いて許しを、か。言われなくても泣きそうだ。

「二人とも怪我しないようにね、始め」

審判の合図の声。

一瞬の躊躇もなく無慈悲な木剣が空を切った。フルスイングの切っ先が脳天を叩き割る寸前で、

――ガツっ。

と鈍い音を立て同じく木剣に防がれる。

観客にどよめきが走った。

くそう、不意打ちは失敗か。

ナディーンの木剣が“私の”一撃をすんでのところで受け止めていた。

「……小娘、怖がっていたのはフリだけか」