軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

旦那様の告白

「すまなかった、不死王!」

「……声が大きい」

ジュリアンはケビンの誠心誠意、全力の謝罪を迷惑そうに受け流した。

「今回の不始末は、全部元領官である俺の責任だ!」

ようやく自分が騙されていたことに気付いたケビンは、村長の拘束を部下に任せ、一も二もなくジュリアンに平伏した。往来の真ん中だろうが部下の目前だろうが頭を下げるべき時には躊躇しない。ケビンはやっぱり相変わらずだった。

村長の横領は、ケビンが領官だった頃から何年も続いていたのだろう。政治に興味のない村民と、良くも悪くも鷹揚なケビンの目を盗んで。理由は女かギャンブルか、あの体形を見るに贅沢に溺れたのかもしれない。

しかし、領官が交代すればいずれ金庫は改められる。焦った村長はあろうことか被害者ともいえるケビンに泣き付いたのだ。すべてをジュリアンに擦り付けて。

「あの男も相当追い詰められていたのだろう、およそ正気の計画とは思えない。まあ、真に受ける方も、受ける方だがな」

謝罪から身を逸らすようにしてジュリアンが呟いた。

「本当にすまねえ! 俺はどうなってもいい。でも、部下達は許してやってくれ。あいつらは俺の命令に従っただけなんだ」

「おい、そりゃねーぞ、ボス! 騙されたくせにカッコつけんな」

「あんた一人を差し出して帰れるわけねーだろ!」

「俺らはずっとついていくぞ、ボス!」

「お、お前ら。お前らってやつは…………ぶっ殺す!」

なんでそうなるんですか、だから。

涙ながらに抱き合うケビンと部下達を眺めていると、また横顔がチリチリと痛む。

見上げれば、案の定ジュリアンが「もう喋りたくない」の目で訴えている。けれど、さすがに今だけは領官様のお言葉を貰わないわけにはいかない。

だから私もケビンと同じく頭を下げた。

「私からもお願いします、旦那様。彼らにどうか寛大な処置を」

「わかった、もういい」

ジュリアンが諦めたように口を開く。

「顔を上げられよ、ケビン殿。ならず者の確保にご協力頂き感謝する」

「あ? 協力?」

「我々はルーヘンの村の村長が公金を横領しているとの通報を受け、犯人確保のために出動した。しかし、土地勘のない我々のために貴殿は進んで協力を申し出てくれた」

「旦那様……」

「いや、してねえって、だから」

「貴殿が部隊を動かしてくれたおかげで、犯人を逃がすことなく迅速に任務を全うすることができた。後はこちらが引き受ける故、早々に任地に戻られよ」

「ありがとうございます、旦那様!」

「何言ってんださっきから。さっぱりわかんねぇぞ」

わかってください、お兄様。せっかくジュリアンが一芝居打ってくれているんです。

これ以上の説明をジュリアンにさせるのはあまりに酷なので、私がごにょごにょと耳打ちすると、

「いいのか、不死王! ありがとう!」

「遅いわ」

ようやく言葉の意味を理解したケビンがタックルのようなハグを敢行し、ひらりと身をかわされた。ジュリアンはそんなケビンを人差し指で威嚇しつつ言葉を続ける。

「いいか、何も貴殿に情けをかけたわけじゃない。裏帳簿を調べたが、貴殿が領官だった頃はあの男の使い込みも微々たるものだった。恐らく貴殿が頻繁に村に顔を出していたから大胆に動けなかったんだろう。額が大きく動いたのは交代のごたごた便乗した結果だ。それに関しては貴殿には何の責任もない。むしろ、引継ぎを急がせた俺の責任だ。それに――」

そこで一旦言葉を切ってジュリアンは解放された集会所に目をやった。中からぞろぞろと出てくるのはルーヘンの村の村民達。

「なんや、ケビン。もう反乱終わりかいな。早っ」

「ケビン、あたしらもう帰ってええのよね? まったくもう、忙しいのに」

「ケビンお兄ちゃん、終わったら遊ぼう! 僕が一番に約束したからね」

まるで宴でも終えたかのように緊張感のない村人を横目に見つつジュリアンは、

「この村は良い村だ。前任者が良い仕事をしたんだろう。俺も学ばねばならない」

またボソリとそう漏らした。

「お帰りですか、ジュリアン様。首尾はいかがでしたか?」

丘の上の馬車に戻ると、背筋を伸ばしたザックが静かな声で主人を出迎えた。

「問題ない。全て解決した」

「何よりです。今回は少々……肝を冷やしました故」

なんだろう、ザックにすごく睨まれている。どうやら声色ほどはザックの胸中は穏やかでないらしい。

「そう言うな。シエラが一人で飛び出した時点である程度勝算があるのは予測できていただろう。シエラ、お前は最初から反乱軍の正体がわかっていたのか?」

「はい、実は。あれを見た時に」

えぐりこむようなザックの視線を潜り抜け、私は眼下のバリケードを指差した。

「切り出した立木の枝を払わずそのまま寝かせる方法は設置も撤去も簡単で効果も期待できますが、ヴィシュカ王国の中ではガイガ領の一部でしか使用されません。やっぱり、見栄えが悪いですしね」

「ガイガ領? 神秘の国か。あんな辺境の閉鎖的な領土の戦術を、なぜあの男が知っているんだ」

「えっと……私が教えましたので」

「奥様が!?」

「またか。これもアジジ商会の技能伝承か」

もう驚き疲れた、そんな声でジュリアンが問う。

「いえ、これはお父様の代理で軍事演習の視察に行った時にガイガの長老から教わりました。なんか、気に入られまして」

「なんか気に入られた? あの排他的で孤立を旨とするガイガの長老に、奥様がですか?」

「はい。あれ? そんな排他的だったかしら。みんな気さくなお爺ちゃんでしたけど」

「気さくな、お爺……」

ザックの目から怒りが消え、代わりに大きな驚きと少しの恐怖が満ちていった。

「いったいどうして、イーロンデール公爵はあなたを手放されたのですか」

「もういい、ザック。シエラの過去にいちいち驚いていたらきりがない。まったく、不思議な女だな」

「はあ……」

どうやら、また呆れられてしまったようだ。ジュリアンは穏やかな清流のような目で私を見つめ、

「もっと、早く出会えていれば女嫌いにもならなかったのかもしれない」

「え?」

それはどういう意味ですか、そう問おうとした時、

「おーい、不死王!」

丘の下から獣のような叫び声が上ってきた。

見れば、件のバリケードを撤去しに来たのだろうか、筋骨隆々の大男が横倒しの木の上に立って大きく手を振っている。

「ここだ、ここだー! 不死王、見えるかー!」

「……旦那様。お兄様が呼んでいますが」

「何であの男はこの距離で会話ができると思ってるんだ」

ジュリアンが砂利でも噛んだかのように顔を顰める。すごいな、ケビンは。ジュリアンの見たこともない表情を次々に引き出してしまう。基本的にマイナス方向ではあるけれど。

そんなジュリアンの様子に気付くはずもないケビンはぶんぶん手を振りながら、

「お前ならシエラを任せられるー! 末永く幸せになー!」

隣村まで届くような大声で夫婦の前途の幸を祈ってくれた。

「ごめんなさーい、お兄様! 私達離婚しますのでー!」

私もありったけの声で答えたけれどやはり声は届かなかったようで、ケビンは丘の上からでもそれとわかる笑顔で手を振り続けていた。

「聞こえてないみたいですね」

「……」

「旦那様?」

見上げたジュリアンの表情はまた変わっていた。初めて会った時のような、考えの見えない凪いだ湖面のような顔に。

「ザック、先に丘の下まで行け。すぐに追いつく」

ジュリアンは従者に馬車の移動を命じると、その命令が遂行される様子を見守りながら口を開いた。

「シエラ、お前が離婚に拘る理由はよくわかった。だからこそ言っておかねばならない。父は、クリスラン・ヴラオゴーネは決して俺達の離婚を了承しない」

「え?」

「王が俺達の結婚を斡旋したのはヴラオゴーネの力を削ぐためだ。その離婚を了承したとあれば、父は王から二心ありと疑われる」

「それはだから、旦那様が再婚されれば済むことです。少々の疑いなどすぐに晴れます」

「父にとっては、その少々の疑いですら許容できないんだろう」

「なぜ……ですか?」

尋ねておきながら、その答えはもう頭に浮かんでいた。

口に出すことも憚られる、戦慄の答え。

「疑いが真実だからだ」

ジュリアンはそこで私に向き直り、はっきりと言い切った。

「父は国王の首を取る気でいる」