作品タイトル不明
558 ニ十歳 シーカー家長男 デューク
ジルが帰った後、応接間で俺はジルが言っていたことを考えていた。
俺はジルをデュルキス国の代表として外交に携わらせても良いと思っている。……が、あまりにも若すぎる。
実力で判断しなければならないから、年齢などは気にしなくてもいい。そう思っているのだが、外交となれば少し慎重になってしまう。
そして、なにより、他にやらなければならないことが沢山ある。
アリシアの行方が突然分からなくなったのだ。
俺はアリシアのためになら、この命など惜しくない。国を担う立場の俺がそこまで肩入れしているのはまずい状況なのかもしれないが、それぐらい俺はアリシアに惚れている。
いつどこでも彼女の為なら駆けつけようと思っている。
「浮かない顔してるね、主」
突然、耳に響く高い声に俺は反応した。
「メル」
彼女の名を呼ぶ。
土魔法は気配を消すことに長けている。……応接間にいつの間に入り込んだのだろう。
「アリシアのこと? それともジル?」
彼女は俺の前のソファに腰を下ろす。フワッとツインテールが揺れる。
こんな軽い口調だが、いつも俺の指示に的確に従ってくれる。
「色々と王子っていうのは忙しいんだ」
右手で頭を抱えながら、俯く。
今はメルと話している暇はない。祖母のこと、ジルのこと、そして何よりアリシアのことで頭がいっぱいだ。
リズからアリシアの存在をこの世界に感じ取れないと言われた時は心臓が止まるかと思った。
地面が崩れ落ちるような感覚だった。誰にも悟られないようにと、動揺せずに冷静を何とか装っていたが、今にも理性を失いそうだ。
俺はいつからこんなに一人の女の子に執着するような男になったのだろう。
誰かをこれほど深く愛することなどないと思っていた。「愛」というものに冷めた自分を変えてくれたのは紛れもなくアリシアだ。
…………アリシアを好きになり始めたのはいつからだろう。
きっと、ウィリアムズ家を訪れた時に、小さな一人の少女が剣を見事に使ってリンゴを真っ二つに切ったときだろう。
我儘で手に負えない妹の話をアルバートから散々聞いていた。そんな噂を一蹴するような強い彼女の黄金の瞳と行動に釘付けになった。
あれを一目惚れというのだろう。
…………何よりも大切にしてきたつもりだった。誰にもとられないようにと自由にさせながら、広い目で見守ってきたつもりだった。
それをたった一夜で失ってしまうなんて……。
「クソッ」
目を離したわけではない。
アリシアが祖母に近付いた時も気が気でなかったが、彼女を信じて待っていた。
自分の魔力の乱れで目の前の机がガタガタと揺れて、今にもティーカップの中に入っている紅茶が飛び出しそうだった。
「主」
メルのいつもと違う落ち着いて優しい声が聞こえる。
「私は何をすればいいですか?」
彼女が俺に敬語を使う時は珍しい。本当に真剣な場面でしか使用しない。
「……何もしなくていい」
俺はメルを突き放すようにそう言った。
こんなに取り乱している姿を誰にも見られたくないが、メルになら見せることができた。
俺の言葉にメルはどんな表情をしていたのか分からない。彼女はまた「主」と俺を呼ぶ。その言葉を無視して、俺は思考を巡らしていた。
どうやったらアリシアを見つけ出すことができるのか、どうしたらジルをラヴァール国へと向かわせることができるのか、どうしたら……。
その瞬間、ティーカップが地面へと落ちる。ガシャンッと音を立てて、中に入っていた紅茶は絨毯に広がる。
ティーカップは割れはしなかったが、ヒビが入っているのが目で確認できた。
「デューク殿下」
俺はメルの強い声にハッと我に返った。ピンク色の瞳が俺を捉える。
「私はその負担を少しでも軽減するために存在しているんです。助けの要らない主を助けたいと思っている従者がここにいます。どうか、何なりとご命令ください」