軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第七話

「下水道の報告で呼ばれたはずなのに、予想外のことが起こり過ぎて疲れたわね……」

「まあ、確かにそうだな……ディンドランさんの話の最後の方もそうだし、何よりもクレアがこっちに来た時のことを考えると、今から気が重いな……」

「あの嬢ちゃん、元気が良すぎるみたいだったし、ジークに懐いているようだからな!」

疲れを感じている俺とエリカとは違い、余裕のあるガウェインは俺をからかって笑っているが……それは本当にシャレになっていない。

クレアのことだから、絶対に余計なことをしでかして騒ぎを起こすだろうし、それがなくてもファブールと聖国から重要人物の一人として注目されているだろうし……もし怒られる程度で済むのなら、その前後で王都を離れていたいくらいだ。

ランスローさんの雷がディンドランさんに落ちた後、アーサーから帰宅の許可が出たので俺とエリカは一緒の馬車で帰ることになったのだ。

一応、婚約者を送り届けるという名目でフランベルジュ家の馬車に同乗し、護衛としてガウェインもついてきている。

なので、ヴァレンシュタイン家の馬車にはディンドランさんとランスローさんの二人が乗っているということになるのだが……恐らく今はランスローさんの説教の真っ最中だろう。

そして帰り着いたとしても終わることは無く、今度はサマンサんさんとカラードさんによる説教に移るはずだ。

「それにしても、疲れすぎて熱が出てきた気もするわ……精神的なものかしらね?」

「そうか? ……あ~、ちょっと熱っぽいな」

エリカがそんなことを言うので、何となしにエリカの額に手を当てると、確かに少し熱が出ているようだ。

まあ、そこまで高い熱ではないようなので、エリカの言う通り精神的な疲れの反動なのだろう。

「ちょっと、いきなりやめてよね! びっくりするじゃない!」

そう言いながら、エリカは俺の手から逃れるように頭を動かした。

それを見ていたガウェインが、

「ジークって、意外とそう言うことを恥ずかしげもなくやるよな。女に慣れているというわけではなさそうだし……何でだ?」

などと言い出した。

「確かに、そう言えばそうね?」

その言葉を聞いてエリカが少し疑うような目を向けてくるが……正直なところ、自分でもよく分からない。

ただ、思い当たりそうなことと言えば、

「あ~……ばあさんのところに住んでいた影響……かな?」

それくらいだ。

あそこはナイトクラブと娼館を兼ねているような店なので、そう言った男女のやり取りを目にすることもあるし、ばあさんの方針で粗暴な奴は客として認めなかったというのもあり、店に来る客は割と紳士的な男性が多かったとからという可能性がある。

「本当にそれだけ? 別に婚約前のことをどうのこうの言うつもりはないけれど、思い当たる節があるのなら、先に言いなさいね」

「いや、それはない」

エリカが目を細めながらそんなことを言うが、本当にそう言ったことは無いので断言できる。

「本当に? 嘘をついていて後でバレたら、色々と酷いことになるから、そのことだけは覚えておくのよ」

これは納得してないな……とか思っていると、

「あっ!?」

不意に新たな仮説を思いついてしまい、つい声に出してしまった。

それを見たガウェインが、

「やっぱり思い当たることがあったか……エリカ・フランベルジュ名誉男爵、せめてこいつの言い訳くらいは聞いてやってください」

などと畏まりながら、エリカに向かって頭を下げていた。

「いや、そっちの話じゃないからな。エリカも、そんな目で俺を見るな。ただ、さっきはばあさんのところに住んでいた影響と言ったが、よくよく考えたら、俺の 手(・) 本(・) になっていた人たちがいたことに気が付いただけだ」

頭を下げ続けるガウェインのせいで俺を睨むエリカに対し、俺は慌てて今気が付いたことを話した。

「これまであまり意識したことは無かったけど、俺が夫婦の形を思い浮かべた時、真っ先に出てくるのがカラードさんとサマンサさんだったという話だ。あと、ランスローさんもだな」

「ん? ……あっ! なるほどな! フランベルジュ名誉男爵、こいつは白です! 嘘はついていません! ……多分」

いや、そこは言い切れよ! とは思ったが、俺よりもカラードさんたちと付き合いの長いガウェインが太鼓判を押したことと、エリカ自身も二人やランスローさんを思い浮かべたからか、納得してくれたようだった。

「そういやカラード様やサマンサ様も、割と人前でいちゃつくし、ランスローも離れている時間が長いせいか、一緒にいる時はよくくっついているからな。その光景を見て育ったジークの精神に、それが当たり前なのだと無意識のうちに刷り込まれていたというのは説得力のある話だ」

まあ、ガウェインの言っているのは俺の考えたことと ほ(・) ぼ(・) 同(・) じ(・) なんだが……何となくではあるが、ランスローさんに対しては言い方にとげがある気がするのは気のせいだろうか? 確かにガウェインの言う通り、ランスローさんと奥さんは出かける時によく腕を組んでいるし、手をつなぎながらベンチに座っているとことを見たこともある。

ただ、俺からすると、美男美女で絵になるなと言った感想が先に来るので、もしかするとガウェインの言葉には同級生に対する嫉妬が混じっている可能性がある。

そんな俺の視線に気が付いたのか、

「何だ、ジーク? 何か俺に言いたいことでもあるのか?」

「いや、別に……っと、もう少しでフランベルジュ家に着くな」

ガウェインが不思議そうに俺を見てきたが、本人も気が付かない感情だという可能性があるので黙っておくことにした。

フランベルジュ家の前に着くと、すぐに門番が駆け寄って来て中を確認し門を開けたが、二人いた内の一人は確認後に屋敷の方に走って行ったので、俺が居たことを伝えに行ったのだと思われる。

エリカの熱のことがなければここで別れてもよかったのだが、これは伯爵の相手もしないといけないな……と思っていると、

「よく来たなジーク! ガウェイン卿もいるということだし、一汗かいて行くか?」

案の定、屋敷の扉のところで伯爵が俺たちを出迎えてくれた。

「遠慮しておきます……それよりもエリカが熱を出したみたいなので、すぐに連れて行ってください」

俺は挨拶もそこそこに、伯爵ではなくその背後にいたメイドに声を掛けると、

「そうなのか、どれどれ……いてっ!」

伯爵は俺と同じようにエリカの額に手を置こうとして、触れる寸前で手をはたかれていた。

「痛たたた……なんだ、いつもより強い気が……いや、やはり顔が赤いな。最近よく熱を出しているみたいだし、一度医者に……」

エリカの体調不良がここ最近のものだったとは気が付かなかった……と、エリカに視線を向けると、

「そんなに深刻なものじゃないのよ。ただこのところ、たまにいつもより少し高い熱が出る時があるだけよ。別に咳が出るとかじゃないから、病気ではないと思うわ」

とエリカが軽く笑うと、それを見て何か考え込んでいた伯爵が、

「エリカ……まさか、妊娠しているわけじゃないだろうな? ジーク、何か心当たり、ぐっ!」

真剣な表情をエリカに向けた後で俺に詰め寄ろうとして……エリカに脛を思いっきり蹴られて悶絶した。

「そんなわけないでしょ! 全く、何を言い出すのやら……お父様のせいで、熱がまた上がったみたいだわ。申し訳ないけれど、これ以上いるとお父様がまた騒ぎそうだから、今日は帰った方がいいと思うわ。ジーク、送ってくれてありがとう。ヴァレンシュタイン家まで馬車を出しましょうか?」

「いや、まだ日も高いし、この後で少し寄りたいところがあるから歩いて帰るつもりだ」

確かにこれ以上はエリカの負担が増えそうだったので、エリカと出迎えに出ていた騎士やメイドたちと、一応伯爵にも挨拶をしてフランベルジュ家をあとにした。

歩いて帰るには少し距離があるが、エリカに言った通りまだ早い時間なので、寄り道しても日が暮れる前には帰りつくはずだ。まあ、それでも遅くなりそうだったら、訓練がてら走って帰ればいいし。

そう思いながら門を出たところで屋敷の方に視線をやるとエリカたちがまだ見送っていたので、何となく手を振るとエリカも俺に手を振り返し……伯爵を置いたまま家の中に入っていった。

「伯爵、大丈夫かな? 手をはたかれた時も脛を蹴られた時も、かなりすごい音がしていたけど……」

「ああ、手の方はまだしも、脛の方はかなり痛いだろうな。骨に異常がないといいけどな」

少しやりすぎではないかと思ったが、ちょっと配慮に欠けるような質問ではあったし、もしかすると熱が出ているせいで力加減を間違ったのかもしれない。

ただもしかすると、俺が知らないだけであれがあの親子のいつものやり取りなのかもしれないが……流石にそれは無いだろうなと思いながらも、もしそうだとするとエリカに手が早いところがあるのに説明がつくな……などと考えてしまった。本人には言えないけれど。

「それで、どこに寄り道するつもりだ? まさか!」

「女関係のところじゃないからな」

「まあ、そうだよな」

いつまでそのネタを引っ張るつもりなのかと思ったが、本気でそう思っているわけではないだろうし、ここでそれを言うとまたからかうネタを与えそうなので、あえて無視することにした。

「それで、どこだ?」

「防具の採寸だ。ボルスさんにもう少し防具に気を配るように言われたからな」

今からだと最後まで話を詰めることは出来ないだろうが、採寸や防具の大まかな形を決めたり、素材の状態を見せることくらいは十分できるはずだ。

「そういや、ディンドランもそんなことを言っていたな……てか、ディンドランばかりずるいぞ! 俺にも作ってくれ!」

「サマンサさんに……いや、ガウェインの場合はカラードさんも参戦しそうだな。二人に長時間怒られる覚悟で許可を取ることが出来たら、考えてもいいぞ?」

「いやそれ、考えるだけ考えてダメっていうやつじゃねえか!」

バレたか……とは思ったが、カラードさんたちに許可を取れたら本当にガウェインの分も注文して構わないとは思っている。まあ、疑心暗鬼の中でカラードさんたちに怒られる覚悟があればの話だが。

ちなみに、ディンドランさんのことに関してはサマンサさんに報告したところ、一定の理解は得られてはいたものの、それはそれとして俺とエリカのデートで何を勝手に高価なものを強請っているのかと、ディンドランさんはサマンサさんに夜遅くまで怒られていた。

防具の採寸をしてから三日後、昨日でようやく防具の詳細が決まり注文も終えることが出来たので、久々に冒険者ギルドと商業組合に顔を出しに行こうかと思い少し早めに朝食を終えたところに、

「ジーク、大変だ! フランベルジュ家で火事が起きたらしい!」

カラードさんが慌てた様子で食堂に走りこんできた。

「エリカたちは無事ですか!?」

「今のところ怪我人が出たという話は来ていない。もしかすると人手がいるかもしれないから、騎士団から数人連れてすぐに向かうぞ!」

フランベルジュ家とは、俺とエリカの婚約があるので仮ではあるが親戚ということになる為、王都を見回っている警備隊からヴァレンシュタイン家にいち早く情報が送られてきたそうだ。

「食料や薬など、一通り俺のマジックボックスに入っているのでこのまま行きましょう!」

「分かった。だが、ジークはガウェインたちと先行しろ! お前たちなら本気で走れば俺たちよりも早いはずだ」

「了解です!」

そう言うと俺は、そのまま食堂のすぐ外にある窓から庭に飛び出した。

「ジーク、こっちだ!」

「置いて行かれないようにね!」

庭に飛び出ると、すでにガウェインとディンドランさんが待機していて、俺の姿を見るなり走り出した。

俺もすぐに追いかけたが、敷地を出るとすでに二人の姿は豆粒のように小さくなっている。

もしこれが前に合同訓練の時にやった悪戯なら、俺は二人に追いつくことなく罰を受けることになるが……今は訓練ではないし、何よりも緊急事態だ。遠慮なく 裏(・) 技(・) を使わせてもらう。

「見えた! ジークは……まだ!?」

「先に着いてるよ」

俺は影に潜って建物などに侵入し、出来る限り最短距離で移動してきた為、ディンドランさんたちよりも三十秒程早くフランベルジュ家に到着することが出来たのだが、逆に言うと二人よりもかなり短い距離を移動してきたにもかかわらず、三十秒しか引き離すことが出来なかったとも言える。

「今伯爵に面会を求めている最中だが、門番に話を聞いた限りでは、怪我人はいないそうだ。それと、火事は小火程度で済んだらしい」

まずは一安心というところだが、問題は火事の原因だ。

門番は伯爵に聞くように言っていたので、あの門番は原因を知らないのか、勝手に話せない何かしらの問題があったのだろう。

「とりあえずは一安心というところね。それなら、今から団長だけでも戻して、カラード様たちに状況を伝えて屋敷で待機してもらった方がいいかしら?」

「いや、そこで上司をこき使うなよ……それで、ジークはどうした方がいいと思う?」

ガウェインは俺の婚約者がらみの話なので、俺に判断を任せたのだろうが……それだと、「ガウェイン、急いでカラードさんたちのところまで走ってこい!」と返しそうになってしまうので、もう少し言い方を考えてほしい。

まあ、今はふざけている時ではないので我慢したけれど。

「今から戻ったとしても、カラードさんたちはすでに屋敷を出ているだろうし、フランベルジュ伯爵に話を聞いて、うちの騎士団が邪魔になるようだったらその時に戻したらいいと思う。小火だったとしても緊急事態には違いないから、人手は足りないよりも余るくらいがいいだろうしな」

それに、俺とエリカが婚約したという話はかなり広がっているから、婚約者の家の一大事に駆け付けたというところを見せるのは大切なことだろう。

例えここでカラードさんたちがフランベルジュ家に姿を見せることなく引き返したとしても、フランベルジュ伯爵たちは理解してくれるだろうが、事情を知らない者たちは俺たちが不仲であると騒ぎ立てる可能性もある。

そうなれば俺たちの婚約をよく思っていない奴らがそれを利用しようとすることも考えられるので、多少の予防くらいにはなるはずだ。

まあそんな貴族的な考えを抜きにしても、合同訓練で両家の騎士たちの中に交流が生まれたので、個人的に心配している騎士は戻れと言ってもここに来るとは思うけれど。

そんなことを考えているうちに、フランベルジュ伯爵と面会が出来ると連絡が来たので、俺とディンドランさんは伯爵のところへと向かった。

なお、ガウェインは俺が残るように言ったわけではなく、自分から門のところに戻ってカラードさんを待つことを選んだ。

多分、誰かが残ってカラードさんを待って説明した方がいいし、その場合は女性のディンドランさんを立たせて好奇の視線にさらされるよりは、自分の方がいいと判断したのだと思う……多分。

「わざわざすまんな、ジーク。とりあえず、小火で済んだし、火事で怪我をした者はいない。ただ……ちょっと問題があってな……丁度 魔(・) 法(・) に(・) 詳(・) し(・) い(・) 者(・) の意見が聞きたかったところだ」

「魔法に? ……ディンドランさん、ガウェインのところに行って、サマンサさんにも来てもらうように伝えてきて」

「分かったわ」

俺もある程度は魔法に詳しいつもりだが、サマンサさんには遠く及ばない。

伯爵の言い方からすると、伯爵としても初めてで想定外のことが起こり、それが魔法に関係しているのなら、サマンサさんも呼んだ方がいいだろう。

「夫人にも来てもらえると非常に助かる」

伯爵は俺とディンドランさんに頭を下げると、ディンドランさんはガウェインのところへと走って行き、俺は伯爵に連れられて屋敷の離れへと向かった。

その途中、臭いや周囲の状況から小火が起こったという部屋がどこなのか分かったのだが……そこは、

「伯爵、エリカは無事ですか!?」

エリカの部屋だった。

エリカの部屋は角部屋でバルコニーと窓があるのだが、その窓のガラスが割れていて、窓枠やその周辺が焦げているのが見えたのだ。

「ああ、無事だ。ただ……いや、俺から話すよりは、実際に見た方が早いな」

そう言って伯爵は歩く速度を上げて……というか走り出し、俺もそれに続いて離れの部屋に二人してその勢いのまま駆け込んだ。その結果、

「煩い……」

すごく不機嫌そうなエリカに睨まれた。ただ、

「暑っ!」

部屋の中は真夏のような暑さで、エリカやエリカの世話をしているメイドたちも汗だくになっていた。

「エリカは少し前から時折体調を崩すことがあったが、少し休むか薬を飲めばすぐに治る程度のものだった。だが、昨日から突然高熱を出すとほぼ同時に魔力があふれてきて抑えられなくなり、夜中に小火を起こしてしまったのだ」

つまり、フランベルジュ家の火事は故意ではないにしろ原因はエリカであり、それが魔力を抑えられなくなったことなので、俺の意見を聞きたいという話に繋がったということらしい。

「正直言って、俺にもエリカがなぜこうなっているのか分かりません」

「そうか……そうなると、夫人が来てくれるのを待つしかないか……」

伯爵は俺の言葉に気落ちしたようにエリカに視線を向けた。

そして当のエリカは、高熱のせいできついはずなのに眠ってしまうとまた火事を起こしてしまうと考えているのか、横にならずにベッドに座った状態でじっとしていた。

「ただ、今の状態から症状を和らげる方法は思いつきます」

確かに俺には今のエリカがなぜこうなっているのか見当がつかないが、対処法は思いつく……と言うか、俺の得意分野だ。

「ほ、本当か!? なら、すぐにでも頼む!」

そう言った俺に、伯爵はすぐに反応し、俺の両肩を掴んで揺さぶりだした。

「わ、分かりましたから、手を放してください、このままだとできません」

「お、おう、すまん……」

流石に伯爵に揺さぶられながらだと集中できない。まあ、エリカが原因不明で苦しんでいる姿を見れば、冷静でいられないのは仕方のないことだろう。

「それじゃあ……『ダインスレイヴ』」

エリカの体調不良の状態は分からないが、ゆっくりと休めない原因が増えた魔力の制御にあるのなら、その魔力を吸い取ってしまえばいい。

まあ、吸い取ったからと言って、エリカの体調がよくなるとは限らないが、少なくとも火事の心配は格段に低くなるだろう。

そうなれば眠ることも出来るだろうし、体調も回復しやすくなるはずだ。

俺がダインスレイヴを出しながらエリカの手を握ったことに、伯爵は一瞬驚いた表情を見せたものの、すぐに部屋の温度が下がったことに気が付いたのか、何も言わずに黙って様子を見ていた。

「ん……あれ? 少し体が楽になった気がするわ……って、ジーク?」

「あれだけ睨んでおいて、俺に気が付いていなかったのか……これは、余程調子が悪かったんだな。今余分な魔力を吸い取っているから、寝ても火事になる心配はないはずだ。今の内に休んでおいた方がいいぞ」

部屋に入った時に睨まれたので俺に気が付いていると思っていたが、実際にはそんな余裕はなかったようで、多少意識がはっきりしてきたところで初めて俺に気が付いたらしく、エリカは少し驚いていた。

「わざわざ来てくれたの? 心配かけてごめんね」

エリカは体内の魔力が減るにつれて意識がはっきりとして来ているようだが、それでも疲労が抜けたわけではないようで、今も若干視線が定まっていない。

「それはいいから寝とけ。今は状態を改善できているが、これが正解とは限らないからな。エリカは休める時に休んで、体力の回復と温存に努めろ」

「ええ、そうするわ……悪いけど、少し眠らせてもらうわね……」

エリカはそう返事した直後に、まるで電池が切れたかのように動かなくなった。

流石に心配になって顔を覗き込んでみたが、ちゃんと寝息を立てているので体力が切れただけのようだ。

「それでジーク、どんな感じだ?」

「医者じゃないので詳しくは分かりませんが、今のところは安定しているようです。ただ……」

「何か心配事があるのか?」

エリカの様子をしばらく見ていたが、苦しんだり魔力があふれたりするような兆候は見られないので、まずは一安心と言ったところだろう。

伯爵もとりあえずは安心したといった感じだったが、俺が言葉を濁したことで何か別の問題が出てきたと勘違いしたようだ。

「いえ、エリカに関しては今のところありません。あるとすれば、俺の方ですね。今エリカが安定しているのは、俺のダインスレイヴ……神具の能力でエリカの余分な魔力を吸い取っているからなのですが、その吸い取った分をどうにかしないと、今度は俺の体調が崩れる恐れがあります。まあ、それに関しては吸い取った魔力を消費すればいいだけの話なので、あまり心配はしていないのですが……問題は俺の生理現象……つまり、トイレをどうするかと言うことですね」

魔力に関しては部屋の中で使っても問題のない魔法……光を出すだけの魔法や、回復魔法を使用すればいい。しかし、尿意や便意だけは魔法でどうすることも出来ないのだ。

昔から、何故かダインスレイヴを使っている最中は食欲や睡眠欲と言った感覚が薄くなり、それは便意や尿意も同様なのだ。

ただ、完全になくなるというわけではなく、あくまでも感覚が薄くなるというだけであり、使っていてものどは渇くし腹も減るし、トイレにも行きたくなる。

まあ、ダインスレイヴで相手や周囲の魔力を取り込めば、一時的にのどの渇きや空腹が満たされるような感覚があるので、ダインスレイヴは魔力を生命活動のエネルギーに変える能力がある……とは考えているのだが、元から俺の体内にあった モ(・) ノ(・) を消すわけではないので、感覚が薄いからと言って我慢しすぎると、悲惨なことになってしまうに違いない。

「なので、限界が来たらトイレに駆け込んで、速攻で用を済ませて戻ってくるしか方法はないと思うのですが……その間はエリカが体調を崩したり火事の可能性が上がったりするかもしれないんですよ」

場を離れてエリカが体調を崩し、おまけに火事まで起きてしまうと目も当てられないが……だからと言って、婚約者の隣でトイレを我慢しすぎて漏らすなどというのも、俺にとっては目も当てられない。

まあ、どちらの方がより起こるとよくないというのは分かっているので、いざとなれば覚悟を決めるしかないが……せめて、

「そ、そうか……念の為バケツを用意しておくか? それと、いざという時は声を掛けてくれれば、部屋の中にいる者は外に出るように言っておくし、用が終わるまでは誰も近づかないように厳命しておこう」

「お願いします……それと、バケツは自前のものがあるので大丈夫です」

バケツにしたことは無いので、部屋を汚さないように気を付けないとな……などと、エリカが大変な時に変なことを考えてしまうのだった。