軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

(番外編)彼らの後悔~イライザ目線(後編)~

「イライザ。本当におめでとう。とてもキレイよ」

ウエディングドレスを着た私に、デイジーお姉さまはその花が咲くような華やかで優しい笑顔を見せてくれた。

わが国では王太子殿下の結婚の際には、王太子とその妻が町をパレードして国民達に挨拶をした後で、貴族達を招いて王宮でのパーティーが行われる。

そんな王太子妃としての初仕事を前に緊張していた私だけど、デイジーお姉さまのその笑顔を見て落ち着くことが出来た。

パレードの後のパーティーには、国中の貴族達が集まった。

ジェイクさまと私には、身分の低い者から順に挨拶にくる流れになっており、私は必死で覚えた各領地の特色を思い出しながら会話をした。

「ジェイク殿下。イライザ殿下。この度は誠におめでとうございます」

挨拶も後半になり、アスター侯爵家の番になった。

アスター侯爵は、すでにお酒を嗜んでいるのか、赤い顔をしていた。

「本当におめでとうございます」

アスター侯爵の隣には、アスター侯爵家の跡取りとなるコーキー様もいらっしゃった。

彼は、デイジーお姉さまが結婚してからアスター侯爵家で暮らし始めたけれど、教育については生家にいた時からずっと行われていたらしく侯爵家当主になるのに問題はなさそうだった。

デイジーお姉さまは、コーキー様が侯爵家に早く馴染めるように使用人を通してフォローしていたようで、コーキー様はデイジーお姉さまをとても慕っていた。

挨拶を終えて退席しようとするアスター侯爵の足取りはおぼつかず、ふらふらとよろめいていた。

その痛々しい姿は、デイジーお姉さまがアスター侯爵家にいらした時からは想像もできないほどだった。

余りに弱ったその姿に、私はどうしても我慢できず声をかけた。

「……っ……アスター侯爵」

アスター侯爵は、私の呼びかけに気付かなかったのかそのまま去ろうとした。

「義父上。イライザ殿下がお呼びです」

コーキー様に言われて、慌てて振り返って私を見たその瞳は、まるで何も映していないかのように真っ暗だった。

「大変失礼しました。最近体調が優れませんで……。いかがなさいましたでしょうか?」

私は、デイジーお姉さまがアスター侯爵家で過ごした日々を知らない。

……だからこれはきっと余計なことなのだと分かっている。

それでも……。

それでも、私には目の前のやつれた初老の男性が、このまま真っ暗な瞳のまま儚くなってしまうのは、それは……傲慢だけれども……あまりにも憐れに思えた。

だから、ただ一つ事実を伝えることだけはしてもいいのではないかと、そう思ったの。

「ビュッフェ台で提供されている食事は、王宮のシェフ達が心を込めて作ってくれたものです」

「……食事……ですか……?」

「メニューについては、皆様に満足いただける様私も提案させていただきました」

「……はぁ……」

突然の話に、アスター侯爵はひどく戸惑っていた。

「そして義姉であるデイジーにも、意見を求めました」

「……デイジー……」

デイジーお姉さまの名前を出すと一瞬だけその暗い瞳に光が差した気がしたけれど、すぐに悲しく沈んでいった。

そしてデイジーお姉さまの名前を呼ぶその声は、とても後悔に満ちている様に感じた。

「彼女は、薬膳スープを提案してくれました」

「っ!! 薬膳スープ!!」

「今回は特別に、二日酔いにも効くような調合をしたと言っていました。アスター侯爵もぜひ召し上がってください」

「デイジーが薬膳スープを……。あぁ……。またあのスープを飲むことが……。あぁ……。こんな日が来るなんて……。あぁ……。あぁ……」

思わず呟いたアスター侯爵の独り言を、私達は聞こえなかったことにした。

これから先、彼とデイジーお姉さまがどうなるのかなんて誰にも分らないし、私はもちろんこれ以上のお節介をするつもりはない。

それでもまっすぐにビュッフェ台に向かうアスター侯爵の足取りは、先ほどよりもずっと安定して見えた。

「ジェイク! 僕の旅はいつ終わるんだ!」

最後に挨拶にいらしたフレディお義兄様は、お祝いの言葉もないままジェイクさまに詰め寄った。

「結婚パーティーなのにイライザに挨拶もしないだなんて、兄上は全然変わらないね」

そう言ったジェイクさまは、フレディお義兄様にいつも向けるあの笑顔をしていた。

「ジェイク様。イライザ様。ご結婚おめでとうございます! 私達も招待してもらえて、嬉しいです! パーティーなんて久しぶりで、とっても楽しみでした。でもドレスはやっぱり動きづらいですね」

フレディお義兄様の妻であるルーラ様が、無邪気に言った。

学園を卒業して病人を救う旅に出たお二人だけど、その評価は正反対だった。

平民達がお二人それぞれを『不貞腐れた態度で邪魔なだけの元第一王子』と『まさに聖女のルーラ様』と呼んでいることは、貴族達にも知れ渡っていた。

「ありがとう。聖女の評判は王都にまで届いているよ。訪れた町や村で積極的に民と関わり、相手の身分に関わらず分け隔てなく接し、どんな病人にもその祈りを捧げ救っていると」

「ルーラ様。私からも御礼を言わせてください。多くの国民を救ってくださって心から感謝します」

私達の言葉に、ルーラ様は目をパチパチさせた後で言った。

「王太子殿下と王太子妃殿下から御礼を言われて大変光栄です。でも私は聖女だから。私にしか治せない病気があるなら、私がしていることは当然のことだと思います」

「ルーラ! 君が余計なことを言うと旅が終わらなくなるだろう!」

「いつも余計なことを言ってるのはフレディでしょ。平民の皆に意地悪なことばっかり。だから皆に嫌われるんだよ?」

「なっ! 僕がたかが平民共に嫌われてるなんて、そんなはずがないだろう!」

「はいはい。今日はジェイク様とイライザ様のお祝いの日なんだから、こんな話やめよう?」

デイジーお姉さまの婚約者だった時の良い評価は一体何だったのかと思えるほど、今のフレディお義兄様は荒んでいた。

まぁ、彼の本質がこうであることは、初めて話した時から知ってはいたけれど。

そして私はルーラ様の学園での様子を実際に見てはいないけれど、今の自由に振る舞う彼女は、『礼儀を弁えない優位に立ちたい令嬢』には見えなかった。

きっと彼女には貴族という身分は、その本質に合わなかったのだろう。

相手が誰であっても変わることのないその態度は、聖女としては素晴らしいけれども、貴族としては失格だから。

「ルーラ! 僕は君を選んだせいで、こんなにも辛い日々を送っているのに!」

そのあまりのフレディお義兄様の言い草に、私は思わず聞いてしまった。

「フレディお義兄様は、過去のご自身の選択を後悔しておられるのですか?」

「何をっ!?」

「まるでデイジーお姉さまとの婚約を解消してルーラ様と結婚したことを、後悔しているような言い方だったので」

「それは……。いや、違う。僕の選択に間違いなんてあるはずがないんだ! 僕は、僕のやることに間違いなんて……そんなものはあってはいけないんだ!」

その言葉とは裏腹に、フレディお義兄様の表情からは後悔が読み取れた。

自分の後悔すらも認めるのことの出来ないフレディお義兄様に、私はほんの少しだけ同情した。

「私を選んだことを後悔してるくせに、フレディは絶対に認めようとしないんです」

「ルーラ! 君まで何をっ」

「だって私はフレディと婚約したことを後悔してるもの。フレディも後悔したいのならすればいいのに」

ルーラ様の言葉に、フレディお義兄様は驚いて傷ついたような顔をした。

……まさか自分と同じようにルーラ様も後悔しているだなんて、思ってもいなかったのかしら……。

「ルーラが後悔? ……嘘だろう?」

「本当だよ。三年経ったら白い結婚を理由に離婚出来たらいいな、って思うくらいには後悔してる」

そのあまりに明け透けな発言に、私はとても驚いて顔を赤くしてしまった。

さっきまでどこか面白がるようにいつもの笑顔を浮かべていたジェイクさまも、一瞬その表情を崩すくらいに驚いていた。

……人前で平然とそんなことを言い切ってしまうルーラ様は、やっぱり貴族には向いていないわ……。

「なっ!? だけど、だけど僕は……僕は、ルーラとは違う! 僕の選択に間違いなんてあるはずがないんだ! だから……だから……後悔なんて……そんなものは絶対に……」

離婚という言葉に、さすがのフレディお義兄様も顔色を無くした。

それでも彼が必死で言ったのは『自分の選択に間違いなんてあるはずがない』ということだった。

どうしてこんなに頑なに過去の自分の過ちを認めようとはしないのかしら?

「後悔することを我慢する必要なんてないのに。間違ったなら後悔すればいいし。私を選んだことを後悔して、後悔して、すっごく後悔して。後悔すればいい。でもそれでもいつかそんなめちゃくちゃな後悔の後で、もしも『こんな人生でも良いか』くらいにでも思えたら、それで十分だって思うけどね」

ルーラ様のその言葉を聞いたフレディお義兄様の、肩の力が抜けたのが分かった。

もしかしたらフレディお義兄様は、自分の後悔を認めないことで逆に過去の自分の選択に縛られていたのじゃないかしら。

だけどルーラ様の今の言葉で自分の過ちを、その後悔を認めることが出来たなら。

後悔しながらも今の自分の境遇と向き合えたのなら。

そうしたらいつかその後悔も含めて、それでも幸せなのだと思える時がくるのかもしれない。

だけど私は、初めて王宮の医務室でお話しした時からフレディ殿下が嫌いだった。

そして彼と婚約当時のデイジーお姉さまの好きなものがたった三つしかなかったと聞いて、もっと嫌いになった。

だって、その三つの中にフレディ殿下が入っていなかったから。

デイジーお姉さまの好きなものを増やすことが出来たのは、その当時にはきっとアスター侯爵とフレディ殿下しかいなかったはずなのに。

だから私は、今は義兄となった彼に、ほんの少しの悪意を込めて告げた。

「フレディお義兄様。過去のご自身の振る舞いを、後悔するならご勝手にどうぞ。それでもいつか、あなたの選んだ聖女様とお幸せになれたら良いですね」

私のその言葉に、『ふっ』と噴き出す声がして視線を移すとルーラ様が笑っていた。

「イライザ様の嫌味は、痛快ですね」

初めて見たルーラ様の笑顔は、自分だけでなく周りの花も咲かせてしまうような、そんな圧倒的な笑顔だった。

これが聖女の笑顔なのだ、と思った。

☆★☆

「イライザ。今日はお疲れ様」

パーティーの後で、ジェイクさまは私を労ってくれた。

それだけで、その言葉だけで、今日までの努力が報われたと思えるの。

「イライザは、ディーン伯爵が挨拶に来た時のことを覚えている?」

「はい。ディーン伯爵領を今後どのように発展させるべきか相談されましたね」

「あの時、僕は特産品であるサツマイモを使ってなにか新しい商品が出来ないか考えた。だけどイライザは、湖を名所として観光客を増やすことを提案したね」

「……出過ぎた発言でしたか……?」

「いや。あの時、僕は結婚相手がイライザで良かったと改めて思ったんだ。僕の考えを支持するだけでなく、自分で考えてしっかりとその意見を言ってくれる人だと。どちらかが一方的に支えるだけでなく、お互い一緒に努力をしていける人だとね」

そう言って私に向けられたジェイクさまの笑顔を、私は一生忘れないと思う。

大丈夫。これからもきっと苦しいことや、辛いことは起こるかもしれない。

それでも、私はきっと大丈夫。

今日ジェイクさまが向けてくださったこの笑顔を思い出せば、きっとなんだって乗り越えられる。

だけど、もしも願いが叶うなら、もう一つだけ。

私はこっそりと、『いつか、愛し合うライアンお兄さまとデイジーお姉さまのような夫婦になれたらいいな』と願った。