軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

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古い茶の器は下げられ、新しいカップで新しい茶が供された。菓子が大皿に山盛りにされてレカンの前に差し出された。レカンはそれをエダの前に置いた。エダは素早く菓子を一つ取ったが、そのあと考え込んでいるような雰囲気があった。

(こいつ。この菓子を持って帰れないか考えているな)

「ザック・ザイカーズ」

「何かな、レカン」

「この菓子を持って帰っていいか」

「ほう? いや、持ち帰りの分は別に用意させよう。その菓子は遠慮なく食べてくれ」

「すまんな」

ザックは熱い茶をすすると、深くソファーに座り直し、目を閉じた。

エダはレカンを拝むしぐさをして、喜々として菓子に手を伸ばした。

「むかし、ザイカーズ家は、コグルスの領主であった」

「ほう」

「知らなんだのか。やはり遠い所から来たようじゃな。ひどく遠い所から」

「そうだな」

「だが、ある男が、領主を裏切り、陥れ、一族を皆殺しにして領主の座を奪った。うまく立ち回ったので、王もこれを認めた」

「なるほど」

「領主には何人かの側室がおった。そのうちの一人は実家の商家に帰されて、ひそかに男の子を産んだ」

「うむ」

「それがわしの祖父じゃ」

「ほう」

「祖父には商いの才能があった。店の当主となり、店を大きくし、力をつけた」

「それで」

「祖父は、コグルスの町の経済を牛耳るまでになった。そしてついに、簒奪者とその一族を罠にかけ、皆殺しにして財産と権力を取り戻した」

もしやその簒奪者とやらも、ザイカーズ一族に復讐するような理由があったのではないか、とレカンは思ったが、口に出しては何も言わなかった。

「じゃが、再び領主交代を王に認めさせるのはむずかしかった。また、祖父は、領主として権力を握ることは、いろいろな意味で制約も多いと思い知った」

「そういうこともあるだろうな」

「そこで祖父はザイカーズ家を再興して父を当主に据え、みずからの商店をザイカーズ家の傘下に置いた。簒奪者と縁故のあった家から領主を立て、みずからの腹心たちを領主補佐として差し向けた」

「大したものだ」

「そうだ。大事業だ。祖父はそれを一代で成し遂げたのじゃ」

「それはよかったな」

「ザイカーズ家は、商売を商売として行うのではない」

「ほう?」

「ザイカーズ家にとり、商売は戦争なのじゃ」

「商売は戦争だと思っている商家は多いような気がするがな」

「ザイカーズ家の商売は、商売上の慣行や倫理にはとらわれぬ」

「犯罪も遠慮しないということか?」

「かつてザカ王国が誕生する前、都市の君主同士は戦争で領土を奪い合った」

「そうだろうな」

「国ができた今は、武力で相手を屈服させ、支配し、土地を奪うことはできん。今は、モノとカネによって戦うのだ」

レカンにも、ザックの言うことがわかってきた。

ザックいうところの〈商売〉は、商店と商店の競争ではない。個人と個人の勢力や財産獲得のせめぎ合いではない。それは領地同士の食い合いであり、支配し服従させる手立てなのだ。武力はみえない部分で使う。まさに戦争そのものなのだ。

生きるか死ぬかの戦争なのだから、スパイも使うし、暗殺も用いるだろう。嘘もつくし約束を破りもするだろう。弱みをみせれば襲いかかるし、強い者には下手に出るだろう。ザックは、それを少しも悪いとは思っていないのだ。

「ふむ。あんたの考え方はわかった。だが、なぜわざわざ時間をさいて、それをオレに話したのかがわからない」

「わしの敵は未知の強力な冒険者を雇い、その冒険者の力量がわしの用意を上回った。次の戦いでは、わしはその冒険者を雇いたい。そのため、わしが恨みや憎しみをまったく持っておらんことを、その冒険者に伝えておきたかったのだ」

この言葉に、レカンは意表を突かれた。だが、これは嘘ではないように思われた。

一の武力を用意するのに一の金がかかり、百の武力を用意するのに百の金がかかるとする。

敵が五の武力を用意するのに対して、こちらが百の武力を用意するのは金の無駄だ。

ところが敵の五の武力に対して十の武力を用意したはずなのに、負けた。

まぎれこんだ異分子のせいだ。

だから今度は、その異分子を自分の側で雇いたい。

ザックが言っているのは、そういうことだ。

「理解した」

「それはよかった。お前には直接会って話をしたいと思っていたのだ。だが、ここに呼び寄せる方法を思いつかなかった。今回お前がドボルの護衛を引き受けてくれたことは、わしにとって僥倖だったよ。たぶんそうだろうと思っていたが、お前は筋金入りの冒険者だ。損得をみきわめられる男だ」

ザックの考えはわかった。だがレカンがザックに雇われるには、障害がある。ドボルだ。ドボルはレカンを快く思わないだろう。レカンもドボルのいる場所では安心して仕事ができない。そこをザックはどう思っているのだろう。この席にドボルを同席させているのは、そのことと関わっているはずだ。絶対に偶然などではない。

レカンは、一歩踏み込んでみることにした。

「マラーキスという男には、息子はいたのか」

マラーキスというのは、チェイニー商店の御者だったエイフンの本当の名だ。〈冷血〉というあだ名で呼ばれる犯罪者で、処刑されたはずなのに生き延びて、チェイニー商店に潜入して情報を流していたのだ。

ドボルと執事の顔がこわばった。ザックは、少し目をみひらいたが、それ以上感情の変化は表に出さなかった。

「懐かしい名だ。その名を、遠い国から来たお前が、どうして知っておる」

「本人が、そう名乗った」

「そうか。だが、それは聞きまちがいだと言っておこう。さもなければ偶然同じ名前だったのだ。わしの知るマラーキスは、忠実なわしの腹心だった。忠義が厚すぎて、わしを害そうとした者に手を出してしまったのだ。目撃者も多く、かばいようがなかった。わしは、あの男が処刑されるのを、この目でみた」

もちろん、これは嘘だ。どんなごまかしをしたのかはわからないが、ザックはマラーキスを生き延びさせ、エイフンという名でチェイニーのもとに送り込んだのだ。

「〈冷血〉と呼ばれるぐらいだ。何度もうっかり手を出してしまったんだろうな」

レカンのこの言葉に、ザックは返事をしなかった。

部屋のなかには、奇妙な緊張感がただよっている。そのなかでエダは、空になった皿をひっくり返して、菓子の粉を手の上に集めている。

「オレの質問に答えていないな。マラーキスに息子はいたのか」

「……いたかもしれんな」

やはりドボルはマラーキスの息子であるようだ。マラーキスの忠義に応えてその息子を引き立てたとも考えられるし、敵地に潜入するマラーキスに対する人質だったとも考えられる。ザックという男の気質からすれば、両方がお互いの 枷(かせ) だった、とみておくべきだろう。どうでもいいことだが。

どうでもよくないのが、今ドボルがレカンにそそいでいる視線だ。

これは、ただではすまない。

ザックはニケに話しかけた。

「〈彗星斬りのニケ〉がこんなに若いとは意外じゃった」

「そうかい」

「薬師シーラの孫と聞いたが、そうなのか」

「まあね」

「薬師シーラには、何度も取引を持ちかけたが、色よい返事はもらえておらん」

「らしいね」

「お前にも、仕事を依頼することがあるかもしれん。そのときはよろしく頼む」

「そりゃ、そのときのことだね」

そこで話は途切れた。

「茶と菓子を馳走になった。帰る」

レカンが立ち上がると、ザックも立ち上がった。

「また会いたいものだ」

「さあな」