作品タイトル不明
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「だから、どうして私の名前を出す必要があったのですか」
「そのときはそれがいいと思ったんだ。すまん」
「おかげさまで、チャダ伯爵様からお呼び出しをいただきましたよ。ワズロフ家商人チェイニー殿宛のね」
「それは向こうが聞き間違えたんだろう。すまん」
「私はね、こうみえても忙しいんですよ。商売にもならないチャダの町になどに行ってる暇はないんです」
「商売にならんのか?」
「なるわけがないでしょう。南部の豊かで技術の進んだ地域に売れるものが北部のどこにあるのですか」
「木材や毛皮は?」
「ユフ山系のほうがよほど近くにあります。こことヴォーカがどれだけ離れているかお考えください」
「すまん。だが、あのメダルは効果抜群だったぞ」
「レカン様ならあのメダルを何枚でももらえますよ。メダルを出して、ご自分の名を名乗ったらよかったではないですか。ツボルト迷宮とパルシモ迷宮を踏破した冒険者のレカンだと。北部の弱小商店の名を出すより、そのほうがよっぽど通りがいい」
「そういう手があったな。思いつかなかった。すまん」
「むしろワズロフ家の者だ、と名乗っておかれればよかったではないですか」
「オレはワズロフ家の者じゃない」
「ワズロフ家当主様のお従姉妹の婚約者ですから、充分ワズロフ家のかたです。言い過ぎだと思うなら、あとでレカン様がワズロフ家に断りを入れておかれたらいいことです。少なくとも、私がワズロフ家の商人だと宣言するよりは、よほど本当です」
「だからそれは聞き間違いだと」
「レカン様。商人のなかには貴族家の内々のことに首を突っ込むような者もおります。しかし私はそういうことはしてきませんでした」
「そうだったのか。すまん」
「それなのに今回のことで、チェイニー商店は、チャダ伯爵家の後継者争いに口を挟み、武力をもって片方に加担したことになってしまいました」
「そんなつもりではなかったんだ。すまん」
「しかもよりによってコゴクロア家でワズロフ家の名を名乗るとは」
「コゴクロア家?」
「チャダ領主様のご家名です。ちなみに現当主様は、ニーナ・コゴクロア女伯爵様です」
「あ、やっぱり女だったのか。それで、どうしてコゴクロア家でワズロフ家の名を名乗るとまずいんだ?」
「ご縁戚だからです。詳しいことは存じませんが、以前、ワズロフ家の姫君がコゴクロア家に嫁いだとき、ワズロフ家からは相応の援助があったはずだし、おそらく王宮ではコゴクロア家の庇護者であられるはずです。コゴクロア家としては非常に気を使う格上のご親戚ということになります。それから」
チェイニーはにこにこ笑っている。その笑顔が怖い。この男が本気で怒るとこんなふうになるのだ。
「あなたはいつから私の護衛になったんですか?」
「最初に会ったときかな」
「ほう」
「すまん」
「レカン様」
「うん?」
「すまんすまんと言っていればこの場がしのげると思っておられませんか?」
「いいや、そんなことはない」
「さっさとこの場を逃れて、新たに手に入れた恩寵品とやらの使い心地を試してみたいと思っておられませんか?」
「な、何を言う」
「逃がしませんよ」
「え?」
「一緒にチャダに行っていただきます」
「いや。オレが行っても何の役にも立たんだろう」
「立ちますとも。私の隣にいてください。そして私が、そうですよねレカン様と聞いたら、チェイニーの言う通りだとおっしゃってくださればいいのです」
「…………」
「一緒に行っていただきます」
「…………」
「レカン様」
「……わかった」
こんな一幕はあったものの、事態は考え得るかぎり最良の結末を迎えたといってよい。
まずロトル領主についていえば、大迷宮二つを踏破した高位冒険者が、わざわざロトル領主のためにロトル迷宮を踏破し、迷宮の主の素材を丸ごと献上したのである。それ自体、利益も名誉もあることなのだが、それにもまして、竜素材の引き合いに応えることにより、近隣領主たちや商人たちに大いに顔が立つ。ナリス・カンドロス伯爵は、小火竜の皮は売らずに、斬り落とされた頭部とつなぎ、生前の姿そのままに整えて、領主館の大広間に飾るつもりだという。
また、他の領主の町で大罪を犯し、名と顔を変えてロトルに潜り込んでいた商人二人の罪を暴いたのであるから、これまた大いに名誉ある出来事といわねばならない。
次にチャダ領主についていえば、忠臣たちともども命を失うところを生き延びたのだから、これほどの利益はない。しかも他領の領主が助けてくれたのであれば大きな借りができるが、商人から情報を買い、その商人子飼いの冒険者を一時借り受けたとなれば、自力で事態を解決したということである。大きな不名誉を負うはずのところを、逆に大きな名誉を得たわけである。
前領主の弟と、メイス商会長ケラスを尋問した結果、前領主の長男はケラスにより暗殺されたことが判明した。また次男は前領主の弟の策略で死んだことが明らかになった。前領主の弟とケラスの処刑は速やかに行われた。彼らに加担していた者たちに策動の時間を与えないためである。獅子身中の虫を退治できたのだから、これも大きな利である。
しかもロトル領主は、ケイブンとゼアハドの二人を、取り調べで得た証拠とともにチャダに送って、処分をチャダ領主にゆだねてくれた。自領から出た大罪人たちを自領で裁けたのだから、チャダ領主の体面は守られたことになる。チャダ領主の大きな感謝を受けたことはロトル伯爵の利でもある。
次にリントスとマイナと、セプテマ商会の店員だった者たちは、ケラスが隠し持っていた宝物を返却され、セプテマ商会の復興を領主から許された。リントスたちが望んだ以上の結果である。
ケラスは反乱を起こすとき、隠し持っていた宝物で兵力を整えるつもりだったのだが、事態が急変したため、結局宝物を生かすことができなかったのだ。
盗まれた宝物のうち最も珍奇な品々は、なんとチャダ領主の宝物庫にあった。
十二年前の襲撃はチャダ領主の行ったことにするつもりだったようだ。