作品タイトル不明
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部屋のなかにいたのは白い大きな魔狼だった。
その魔狼をみた次の瞬間、視界は踊り狂う七色の業火で埋め尽くされた。
レカンの体も猛火に包まれる。たちまち〈インテュアドロの首飾り〉が反応し、魔法防御の障壁が生成された。
レカンだけではない。アリオスも、エダも、ユリウスも、ウイーも、首飾りの障壁に守られている。
障壁は常に発動し続け、襲い来る暴虐の魔炎を防いでいる。そのため視界は利かない。レカンは〈立体知覚〉で周囲の状況を知ることができるが、エダやユリウスやウイーには、今部屋で何が起きているかわからないだろう。
白い魔狼はジザの姿をみるなり魔法を放ってきた。だがその魔法はジザから発した奔流のような七色の炎によってかき消され、魔狼は直撃した炎に吹き飛ばされて後ろの壁にたたき付けられた。
炎はますます勢いを増してゆく。
それは七色の竜のようだ。七匹の竜が、怒り狂って暴れ回っている。部屋のなかの壁も天井も床も、竜巻のような炎をたたき付けられ続けて悲鳴を上げている。
その恐るべき威力の炎は、レカンたちにも絶え間なく打ち付けられている。まぶしくて、目を開けているのも苦痛だ。音もうるさい。
そして、熱い。障壁で炎は食い止められているはずなのに、押し寄せる熱気が体を包んで、自由な呼吸もままならない。
魔狼はといえば、壁のなかほどに押し付けられたまま、なすすべもなく炎に焼かれ、みるみるうちに体を消し飛ばされてゆく。
誰かが悲鳴を上げている。だが炎が立てる音があまりにすさまじく、悲鳴はすぐにかき消される。
レカンは目の前の障壁にはじけ飛ぶ色彩の饗宴をじっとにらみつけながら、注意深く〈立体知覚〉を発動させ、部屋で今何が起きているかを冷静に観察した。
突然炎は収まった。
障壁が消える。
とたんに熱風が押し寄せてくる。
「うっ」
「ぎゃ」
「きゃあ」
「うわあっ」
「〈 冷気(ラクートル) 〉!」
ジザが呪文を唱え、冷たく心地よい風が吹き寄せる。やがて熱気は取り払われ、部屋は正常な温度に戻った。
静寂が訪れた。
耳は今まで轟音に痛めつけられていたため、今は何も聞こえない。無音以上の静寂だ。音がないということもまた耳を圧迫するのだ。
魔狼がたたき付けられた壁には、かすかなしみがあるばかりだ。あとはこの部屋に恐るべき魔獣がいたという痕跡など、何一つない。白い魔狼だったのだが、ジザの魔法によって文字通り消し去られてしまったのである。
レカンとアリオスは、じっとジザをみまもっている。エダとユリウスとウイーは、放心したように立ち尽くしている。
ジザは〈自在箱〉から大きな魔石を三つ取り出した。
「〈 吸収(メポザ) 〉〈 吸収(メポザ) 〉〈 吸収(メポザ) 〉」
そのあとジザは、ひょこひょことウイーに歩み寄り、胸元から〈インテュアドロの首飾り〉を引き出した。
「だいぶ魔力が減ってるねえ。〈 付与(テルオール) 〉」
レカンもはっとして自分の首飾りを確かめた。かなり魔力が消耗している。レカンは自分の首飾りに魔力を補填し、アリオスの首飾りにも魔力を補填した。ジザは、ウイーに続いてエダとユリウスの首飾りに魔力を補填した。その間に、ジザは大魔石一つ、レカンは中魔石二つから魔力を吸収している。
それが終わったあと、ジザはさらに一個の大魔石から魔力を吸った。
「レカンちゃんの魔力回復薬はいいねえ。こりゃ、持続力じゃあ、パンタのよりはるかに上じゃわい。レカンちゃん、この薬はまだ数があるかの?」
「ああ。何年ももつ量を作りためたばかりだ」
「うひょひょ。いいぞ、いいぞ」
「おばば」
「うん? 何かの?」
「あんた八十一階層以下じゃ、いつもこんな戦い方なのか?」
「昔はちごうたよ。仲間と連携し、足りないものを足し合う戦い方をしとった。じゃが、そのために、仲間が力尽きたときには、最下層に下りることを諦めねばならなんだ。じゃからわしは一人で戦える方法を工夫し、そのための力を養ったんじゃ」
「あんた、八十一階層以下に潜ることを理事会に禁止されたそうだな」
「理不尽な申し入れじゃ」
「それは古代語魔法の伝承者を死なせないための措置かと思ったが、それだけじゃないかもしれんな」
「ほかに何があるというのじゃ」
「あんたに同行した者が死なないためだ」
「何を言う。わしはそのために〈インテュアドロの首飾り〉の改良版を作り上げたのじゃ。そしてわしと同行する者には必ず首飾りをかけさせとるんじゃ」
筋が通っているといえば通っているが、どうも根本的に話がかみ合っていない気もする。
「ボルクは、あんたが戦うとき、しまっておくわけにはいかんのか」
ボルクには〈インテュアドロの首飾り〉を装備させていない。装備させてもたぶん発動しない。ジザの炎魔法にあぶられて、ボルクの全身は傷だらけだ。
「ボルクちゃんは、一度収納すると、かなり時間をおかないと再起動できないんじゃ」
そこにエダが口を挟んだ。
「あの、導師様?」
「何じゃな、エダちゃんや」
「今、大魔石を五つ使いましたよね?」
「そうじゃな。五つで済んだ。レカンちゃんの魔力回復薬のおかげでの」
「赤字なんじゃないですか?」
「何じゃと?」
「一つの部屋の魔獣を倒すだけで大魔石を五個も使ったら、すごくいい宝箱が出ても差し引きじゃもうからないかもしれないし、普通の魔石が採れるだけなら、損してるんじゃないんですか?」
「ひょっ、ひょっ、ひょっ。赤字はよかったの。そうじゃの。損といえば損じゃ。じゃが戦いに勝って次の階層に進めるのは大きな得じゃ」
〈七頭の青杖〉というのは、たっぷりの魔力をそそいで起動状態にもっていかないと使えない杖のようだ。その代わり、起動状態にしておきさえすれば一瞬で攻撃を発動できる。だが起動状態を保つには、ばからしいほど多量の魔力が必要になる。それに、エダは気づいていないようだが、杖には中魔石を四個はめこむようになっていて、戦闘のあとジザは魔石を交換していた。
要するに、この杖は魔石をおそろしいほど消費しなければ使えないのだ。たぶんジザはほかにもたくさんの恩寵品や魔道具を持ち込んでいるだろうが、似たような品は多いのではないかとレカンは思った。
「おばば。使った魔石は、また魔力を補充して使うのか」
「使わんよ。魔石は使い回すと質が落ちる。魔力を吸おうとしたら砕けてしまうなんてこともある。使った魔石は研究所に寄付しとる。わしはな。研究で稼いで、迷宮で使うんじゃ。それに祖母も母も莫大な財産を残してくれとる。何の問題もない」
この老魔女の戦い方は、大量の金貨を魔獣にぶつけて倒しているようなものなのだ。こんな戦い方をしなくてもジザの力は強大なのだが、より速度を上げるため、より威力を上げるため、惜しみなく財を投入する。レカンには、そのことに口を挟む気などさらさらなかった。
「とにかく次の階層に下りるぞ。そして飯だ。オレは疲れた」