軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

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エザクはザイドモール家の騎士である。

ルビアナフェル姫が〈断崖〉に行きたいと言っていると聞いたとき、止めるべきだと思った。ザイドモール家の家族は、当主と長男と姫の三人しかいない。長男は王都で騎士修業中だし、当主はあと三日しないと帰ってこない。だから姫はできるだけ外出しないほうがよい。しかし、姫付きの侍女であるマリンカによれば、姫の決意は固いという。

やむなく、自分自身を含む三人の護衛をつけることで、姫の外出に同意した。めったにわがままを言わない姫が、たまに気晴らしをしたいというのを無理に拒否したくはない。

〈断崖〉から見下ろす景色は素晴らしかった。いくらみてもみあきることのない絶景だ。

帰り道でエザクは、物思いに沈んでいた。

ルビアナフェル姫の才能について。これからの人生について。

だから、不意に 鼻曲(バンブー) に襲われたとき、対応が遅れた。大きな鼻曲だが、万全の状態で戦えば、エザク一人でも倒せる相手だ。だが、襲撃に気づくのが遅れたため、懐に飛び込まれてしまった。

騎士キーツは馬車を守って馬から転落し、従卒ウリは右足に傷を負った。エザクは何度か攻撃を当てることができたが、無理な角度で攻撃したため、右手を痛めてしまった。

(まずい)

エザクはあせっていた。

魔獣の注意は自分に引きつけることができたが、とても倒すことはできそうにない。自分がどうなろうと、姫さえ無事ならそれでよいのだが、その姫を逃がす算段がつかない。攻防を続けるうちに、右腕に疲れがたまってきた。もう長くはもたない。

(まずい)(まずい)

つのるあせりが、エザクの手もとを狂わせた。手綱さばきを誤って魔獣の攻撃をかわしそこね、馬上から地面に転落したのである。

革鎧を着けていても転落の衝撃はすさまじい。意識が飛びかけた。それでも何とか身を起こしかけたところに魔獣が突進してきた。

(だめだ!)

死を覚悟したエザクだったが、そのとき魔獣の顔に何かが衝突して動きを止めた。

マリンカの〈 火矢(ベイアーツ) 〉である。

魔獣は、顔を馬車に向け、おのれに傷を負わせた者をにらみつけた。

そのあと何が起きたかを、エザクは正確に覚えていない。

黒い影だ。

とにかく黒い大きな影がどこからともなく飛び込んできて、馬車に追突しようとした魔獣の進路を変えさせ、そしてそのあと、剣をただ一振りしただけで魔獣の首を断ち斬ったのである。

男には言葉が通じなかった。

エザクが話す言葉も相手には通じないようだったし、相手が話す言葉もエザクには意味がわからなかった。

(北から来たのか?)

遙か北方にあるという大国に住む人々は、獣のような顔つきをしているという。そこでどのような言葉が使われているのかなど知りようもないが、この男の顔つきは、まさに獣のようだ。

鼻や目や口の周りのわずかな部分はすべすべした地肌をみせているものの、その周りは毛に覆われている。よく日焼けしているものの、地肌の色は驚くほど白いので、逆にその毛深さが際立つ。鼻は高く、目は切れ長で鋭い。ただし左目は閉じられたままだ。顎はとがっており、ちらちらとみえる歯は鋭い。

そして何より背が高い。

エザクは一行のなかでは一番身長が高いが、そのエザクより男はこぶし二つ分か三つ分背が高いのである。領地の農民や労働者のなかには、この男に匹敵する身長を持つ者もいるが、これほどの精悍さを持つ者はいない。

なんという精悍さだろうか。

男は怒気を発しているわけではない。攻撃や敵対の構えをみせているわけではない。ただ静かにたたずんでいるだけだ。だが、その静かなたたずまいに、恐るべき精悍さがただよっている。それは武人ならば感じ取らずにはいられないものだ。

男に面と向かって話しかけるには、多大な勇気を振り起こす必要があった。

こうしている瞬間には敵意はみえないが、次の瞬間にはわからない。だが、逃げて逃げきれる相手ではないのは明らかなのだから、姫の安全を守るためには、この男が何者であり、どんな目的を持っているのかを確かめる必要がある。

とはいえ、この男は無法なことはしないだろうと、エザクは感じている。

なぜかといえば、この男は、倒した魔獣の死骸に祈りをささげたからだ。そんなことをする者は誰もいない。魔獣とは悪であり、脅威であり、害そのものなのだから。そんな魔獣に男が祈りをささげたことに、エザクはひどく驚いたが、不快ではなかった。むしろその行為には、胸を打つものがあった。

もっともそのあと男ににらみつけられたときには、全身がわなないて、防御態勢を取ることさえできなかったが。

馬車のなかのルビアナフェル姫が、助けてくださったかたに直接お礼を言いたいと言い出したときには反対したが、姫が淑女の礼をしたとき男がみせた作法こそは衝撃だった。

みたこともない動作だったが、それは確かに洗練され完成された作法だった。この獣のような男は、実は異国の高貴な生まれなのかもしれない。

姫が礼のため男を連れ帰りたいと言ったときも、強くは反対しなかった。

それどころか、三日後に帰還した当主から、男に対する印象を訊かれたとき、こう答えてしまったのである。

「危険なほどの戦闘力を持っていますが、礼をもって接すれば礼をもって返す男だとみうけました」