作品タイトル不明
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「そもそもトランシェは広大で豊かだ。エジス侯爵やモード男爵をはじめ近隣諸侯もラインザッツ家を盟主と立て仰いでいる。むしろラインザッツ家としては、いいかげん王家の面倒をみるのに嫌気がさしているだろうし、これを機会に王都とは距離を置いて近隣の発展に力を入れたいところかもしれん」
「歴史的な恩義はどうなりますか」
「うん?」
「遠祖マシュカ・ペーレ様が建国王陛下より賜った恩義です」
「ばかばかしい」
マンフリーは、深くソファーにもたれかかった。
「王家はあれを美しい恩返しの物語として流布させているが、実際はそんなことではなかったことは、古い貴族家ならどこでも知っている」
「といいますと」
「建国王が旗揚げしたときは、仲間も少なく金もなく、結局ペーレ家に兵を借りるしかなかった。その後も、周辺といさかいを起こしてはペーレ家に逃げ込んだ。建国戦争にしても、ペーレ家の兵と金と武器と財がなければ戦えなかったのだ。ペーレ家としては、最初に面倒をみたばかりに、巻き込まれた形だな。そして建国後もペーレ家の強力な後押しがなければ王国運営などできなかった」
「そうなのですか」
「うむ。ラインザッツなどという名前も、自分のほうが君主であることを誇示するために与えたものにすぎん」
そう聞いてみて、ノーマはふに落ちるところがあった。プラドから聞いたマシュカ・ペーレと建国王の話は、少しばかりきれい事すぎるのが気になっていたのだ。
それをいうなら、今マンフリーから聞いたばかりの〈白雪花の姫〉の話も、いささか疑わしいところがある。あまりにワズロフ家だけが正しすぎる。たぶん、ラインザッツ家や王家の側では、また少しおもむきのちがう話を伝えているだろう。だがそんなことは当たり前のことだ。誰もが自分の家は正しい道を歩んでいると考えたいものなのだ。
「私はザカ王国の歴史に詳しくはないのですが、歴代の宰相の多くをラインザッツ家が出しているのではありませんか?」
「そうだ。宰相だけをラインザッツ家は提供してきた。その代わり他の人材は出していない」
「そうすると今回ヘレス姫が出仕されたのは」
「うむ。ラインザッツ家としては苦々しいことだろうな。逆に王家としては喜ばしいことだ。これを機会にヘレス姫をなんとか王家に取り込みたいと考えていることだろう」
「ラインザッツ家は、王家との縁は薄いのですか?」
「ラインザッツ家とワズロフ家は、王家と直接の婚姻関係がまったくない」
「そうですか。ふむ。マンフリー様」
「何かな」
「ギド侯爵様とスマーク侯爵様の狙いは何でしょう」
「それがわからん」
「ゴロウン子爵にも見当はつきませんか」
「情報が少なすぎます。この件はあまりに唐突でしたので」
「フィンディン。何か考えがあるか」
「両侯爵家の狙いはわかりません。となれば直接お聞きするしかないかと存じます」
「ふふ。なるほど」
「直接お聞きする、とは?」
「マンフリー様。もちろん、その見合いもどきで直接先方にお聞きするという意味ですよ」
「会ってくれるのか?」
「これはお断りできないでしょう」
「うむ」
「逃げたところで状況はよくならない。悪くなるだけです。ならばさっさと応じたほうがよい」
「そうしてもらえれば、当家としても助かる」
「先方は私がヴォーカにいることはご承知なのですね?」
「そうにちがいないと、当家では考えている」
「両侯爵家のご長男という方々は、今どちらに?」
「王都にいるはずだ」
すべての領主は、王都に家を持っている。侯爵家ともなれば、相当に立派な邸宅を構えているはずだ。
「では明日にも王都に向かいましょう。その旨をギド、スマーク両侯爵家と、ラインザッツ家にお伝え願えますか」
この時点で王都に行けば、考えられる限り最短の時間で先方の要求に応えたことになる。つまり誠意をみせたことになる。今はそのことが重要だ。
それからマンフリーとノーマ、それにワズロフ家の家宰フジスルとゴンクール家の執事補佐フィンディンの四人は、今後の動きについて協議を行った。
まず、ワズロフ家とラインザッツ家は、かりにギド侯爵インドール家、スマーク侯爵フォートス家と敵対状態になったとしても存立の基盤が脅かされるわけではないことがわかった。むしろワズロフ家とラインザッツ家との経済関係が断絶した場合、困るのはインドール家、フォートス家のほうであるようだ。
ただしラインザッツ家と王家との関係が断絶した場合、インドール家、フォートス家から王都への塩と香辛料の販売量が増加するということはある。
軍事的にも、ワズロフ家とラインザッツ家は、インドール家とフォートス家をしのいでおり、攻め滅ぼすことは不可能である。
王家のほうは、インドール家、フォートス家との関係が悪化するのは困る。かといって、ラインザッツ家、ワズロフ家との関係が悪化するのも困る。
またラインザッツ家、ワズロフ家としても、王国全体が安定している状態が望ましくはあるので、ことさらにインドール家、フォートス家と対立したくはない。
インドール家、フォートス家としても、王家と完全に対立したいとは考えていないはずである。それでは港湾都市としての優位を生かせない。
だからほどほどのところで事態を収めたいと考えているはずなのである。
「なるほど。だいぶ状況がわかってきました。フジスル殿」
「はい」
「インドール家とフォートス家についての資料を用意していただけますか。王都への道中と、王都で待機するあいだに読みたい」
「かしこまりました」
「とりわけ、両家のものの考え方を知りたい。何を大事にしているのか、何に重きを置いて判断するのかなど」
「は、はい」
「そしてまた、両家と王都との経済関係に関する資料が欲しい」
「は、はい。しかしそれは一晩で用意できますかどうか」
「フジスル」
「はい」
「お前、ノーマについて王都に行け」
「は? いや、しかし」
「資料を用意しきれないぶんは、お前が口頭で説明するのだ」
ワズロフ家ほどの大家の家宰を派遣するというのは大事である。
それだけマンフリーは、この事態を重くみているのだろう。