軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

12

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一瞬、ニルフトは反対側に駆け出そうかと思ったが、鉄の意志で踏みとどまった。そんな動きをしてしまえば自分の存在がジンガーにばれてしまう。

その場にうずくまり、杖を取り出し、自身に〈隠蔽〉をかけた。その動作は素早い。発動呪文は風がカーテンを揺らすような小声だ。磨きに磨いた技術なのだ。

そして息を殺してジンガーが通り過ぎるのを待った。ジンガーがプラドの部屋に入ったら脱出すればよい。

ところがジンガーは通り過ぎなかった。まるでここに何者かがいるのがわかっているかのように、じりじりと慎重に近づいてくる。

このときニルフトは目を伏せたままだ。誰かと目を合わせてしまうと、〈隠蔽〉の効果が薄れることがある。これは長年の経験でつかんだことだ。そしてまたよく知られているように、何か動作をしてしまうと〈隠蔽〉の効果は薄れてしまう。

胸が激しく鳴っている。自分の心の臓がこんなにもやかましいのだと、ニルフトははじめて知った。

しかし、大丈夫だ。

こうやって、目線を落とし、じっとうずくまっているかぎり、上級の〈隠蔽〉使いであるニルフトを、誰もみることはできない。

そのはずだったのに。

「〈展開〉」

それが〈ウォルカンの盾〉を展開させる呪文であることを、ニルフトは知っている。

(くそっ!)

心のなかでののしり声を発し、ニルフトは前方に飛び出した。盾を構えて接近しつつあるジンガーに、すかさず毒針を投げる。小さいが鋭い金属音がして、針は盾に防がれた。

ジンガーの脇をすり抜けようとしたニルフトにジンガーの剣が迫る。身をかわしたがかわしきれず、右の肩口をざっくり斬られた。

だが速度はゆるめず必死に走って逃げた。幸いジンガーは追ってこようとしないし、剣を投げつけてもこなかった。

建物の外に出て物陰に隠れて〈隠蔽〉を使い、赤ポーションを飲んで、血止めをした。多少の血はこぼしてしまったかもしれないが、今さらだ。

ぶわりと汗が噴き出てきた。

危ないところだった。だが成功した。もうプラドは助からない。この上は、直接的な証拠だけは始末しておくことだ。

針と毒を庭の木の根元に埋めた。かりに発見されても誰の物か証明はできない。

客棟の裏側に忍び寄り、二階まで壁を上って窓から入った。

すぐにも客棟は監視態勢に置かれるだろう、と思っていたらヒューベルトが帰ってきた。

これで安心だ。あとは白を切り通すだけだ。いくら疑わしくても、それだけでボルドリン家の使者の罪を問うわけにはいかない。今夜は親戚も多く泊まっているのであり、誰が犯人かを特定することは不可能のはずだ。

ところがその後何も起きなかった。

当主が殺害されたのだから、本館は大騒ぎになるはずであり、すべての客棟は取り調べを受けるはずなのに、それがない。

(おかしい)

(今回のことは何もかもおかしい)

(親族会議での取り運びといい)

(プラドのしわざじゃない)

(カンネルのやり口ともちがう)

(いったい誰がゴンクール家の指揮をしてるんだ?)

不気味な静けさのうちに夜が明けた。

ゴンクール家の次期当主があいさつに来るので、ボルドリン家の方々は部屋から出ないようにしてほしいという連絡があった。

その予告の通り、ニルフトとヒューベルトの部屋にもノーマが訪ねてきた。ジンガーとカンネルも一緒だ。後ろには兵士たちも控えている。

ニルフトの顔をジンガーがぎろりとにらんだ。

心の臓が止まるかと思った。

「この男です」

「そうか。従者殿。お名前は」

「は、はあ。ニルフトと申します」

平静をよそおいながら、ニルフトの心の臓は早鐘のように鳴っていた。

(どうしてばれた?)

(まさかジンガーに覚えられていたのか?)

(二十五年もたつのに?)

ニルフトはこのとき、あまりに自分を過小評価していた。

ジンガーほどの武人なら、腕の立つ者をみわけることができる。そうでなくても、ニルフトは近くでしっかりと観察すれば、非常にすぐれた密偵あるいは暗殺者であることを、ジンガーならみぬくことができる。そしてジンガーは、昨夜戦った相手の気配を忘れるような男ではない。みすみすジンガーの前に立ってしまったことが、すでに失敗だったのだ。

「ニルフトさん。あなたを拘束します」

「わ、わたくしは、ボルドリン家の従者でございますよ? そんなご無体なことは」

「ご無体なのは、あなたです」

「何をおっしゃるのですか」

「昨夜、ゴンクール家当主に毒針を突き立てましたね」

「ど、毒針っ? とんでもないことです。ぬれぎぬでございます」

「治療が大変だったんですよ」

ニルフトの全身が凍りついた。

「治療が、大変?」

「ええ。今はすっかり元気で朝食をとっておられますがね」

呆然としているニルフトの手が後ろに回され、拘束具が取り付けられた。

そして猿ぐつわと目隠しをされ、連行された。

どうやら拘束されたのはニルフトだけのようだ。

そのままどこかの部屋に連れていかれ、放り込まれて鍵をかけられた。

拘束具はきちんと作られたもので、ニルフトの技術をもってしてもはずすことはできなかった。

かなりの時間が過ぎてから部屋から連れ出され、馬車に乗せられた。

移動のあと馬車から降ろされ、目隠しを外された。

神殿だった。

目の前に神官が立っている。

「階段を上れ」

相変わらず拘束具は取り付けられたままで、拘束具に結んだ紐を後ろの兵士がにぎっている。ちらりとみたが、蜘蛛素材の頑丈そうな紐で、普通の刃物では切ることができないと思われた。

階段を上ったあと、再び目隠しをされ、建物のなかをぐるぐる連れ回された。

そして部屋のなかで椅子に座らされ、椅子に縛り付けられた。

目隠しがはずされたので、目の前の机と、その上に載っているものがみえた。

(鐘?)

次の瞬間、その品の正体に気がついた。

死にものぐるいで暴れたが、拘束は解けず、椅子は微動だにしなかった。

(あれは〈 真実(サラドナ) の鐘〉だ!)

(まさか!)

(どうして?)

〈真実の鐘〉は人の嘘を見抜く魔道具であり、王から各町の領主に貸し与えられ、神殿が保管している。

一度鳴らすと一年間は使えない。神殿自身が使うか領主が使うのが普通だ。領主が高い使用権料を払って一年間の使用権を確保している町も多い。ゴンクール家のような一貴族が望んでも使わせてもらえる品ではないのだ。神殿には破格の使用料を払わなくてはならないし、それにもまして領主の許可を得るのは至難のわざだ。いったいどうやってゴンクール家は、この貴重な品の使用権を勝ち取ったのだろうか。

ともあれ現に目の前に鐘がある。ニルフトは、ゴンクール家の力と覚悟をみあやまっていたのだ。

(カッサンドラ様)

(役目を果たせず申しわけありません)

(どうかいつまでもお健やかに)

ニルフトは自殺しようとした。

だが、道具はすべて取り上げられているし、舌をかんでも治療されてしまった。そして尋問は容赦なく行われ、ボルドリン家の陰謀は明らかになってしまったのである。