作品タイトル不明
15_16
15
翌日、あわただしくノーマはゴンクール屋敷に引っ越した。父の遺稿の全部をすぐに持っていくことは不可能だし、今の状態を乱すわけにはいかない。当座必要な遺稿だけをひとまとめにして布で包み、馬車に積み込んだ。汎用性の高い薬草も一通りは荷造りした。服は最低限度だけを積み込んだ。これから着る服はゴンクール家が準備することになっている。
その翌日は、最低限の身の回りのことだけを整えて、亡きゼプスの妻であるウテナと会い、亡きドプスの妻であるジョナと会った。
ウテナは二十二歳の清楚な女性だ。ビゴーのザフクレメン家から嫁した。ノーマが自己紹介のなかで、自分の祖母はビゴーのオカルテ家出身であると告げると、ウテナは驚きに目をみひらいた。ウテナの祖母もオカルテ家の出だったのだ。つまりノーマとウテナは祖母同士が姉妹だったのである。ウテナはノーマに抱きついて喜びを表した。ウテナの目にはおびえがあるように感じた。置かれた状況の不安定さからすれば、それは無理もないことだ。ノーマが部屋を辞すときには、また来てくださいねとすがるような目で言われた。
ウテナの二人の子とも仲よくなった。長男のガイプスは五歳、長女のエレフスは三歳だ。長年施療師をしてきたノーマは、こどもと仲よくなるすべに長けている。飴菓子とおもちゃもちゃんと準備してあった。たちまち二人の子は、ノーマが大好きになった。
ジョナは二十歳なのだが、年より若くみえる。とても物静かな女性だった。二歳になる娘のユリラを、ずっと抱きしめて放さない。ノーマの落ち着いた物腰と、やわらかなしゃべり方に安心したのか、会話を重ねるうちに段々と打ち解けてきた。
ヴォーカの四つの貴族家の一つであるツルサワ家がジョナの実家だ。もしやジョナは実家に帰りたがっているのかもしれないと思い、それとなく聞いてみたところ、実家に帰れば奥まった部屋に閉じ込められ、自分も娘も日陰者の扱いをされるから、どうかこの家に残れるようにしてほしいと哀願された。ノーマは、自分の力の及ぶかぎり、その願いをかなえることを誓った。
これで戦闘準備は調った。
翌日がドプスの葬儀である。神殿で行われた。
喪主側の第二席に座るノーマに、神官たちが話しかけたくてうずうずしているのがありありとわかって、少し面白かった。
儀式が終わったあと、副神殿長がプラドとノーマにお茶を勧めてきたが、これから家の後継者を決める親族会議がありますのでと、カンネルが断った。
そして二十台を超える馬車が神殿からゴンクール家に向かった。
親族会議が始まるのだ。
16
広い会議場に長方形に配置されたテーブルを取り巻いて、びっしりとゴンクール家の親族が座ってざわめいている。
「ご当主様がたがご入室されます」
執事カンネルの言葉に続き、奧側の扉が開いて、当主のプラドが、そしてゴンクール本家の家族たちが入室し、着席してゆく。
正面中央にはプラドとノーマが座り、プラドの横には曾孫のガイプスとその母ウテナが座っている。ノーマの横にはたった今葬儀を済ませたドプスの妻ジョナが座った。
そして当主プラドの後ろに護衛騎士が立ち、ノーマの後ろにジンガーが立ったとき、席を埋めた親族たちからざわめきが湧いた。
ジンガーは、どうみても騎士である。しかも相当に身分のある騎士だ。当主プラドの後ろに立っているのは、正確には騎士ではない。兵士に上等の鎧を着せているだけの護衛であり、ただ名目上騎士と呼ばれるだけの存在だ。
だが今日のジンガーは、高貴な騎士以外の何者にもみえない。ワズロフ家から支給された銀色の鎧は青色の紋章も鮮やかで、金の縁取りのある緋色のマントは高貴な香りをただよわせ、堂々たる偉丈夫ぶりをみせつけている。真っ白な口ひげと刻まれた皺も、老いよりは叡智と風格を感じさせ、静かにたたずむその姿は、犯しがたい威厳を放っている。
当主プラドが静かに右手を上げると、ざわめきは収まってゆく。
「会議を始める前に確認すべきことがある。他家に嫁いでわが家から出たクサンドリアとテンドリアは親族会議に出る資格がない。なぜこの席に座っているのか」
出入り口の前に控えたカンネルが腰を折ってお辞儀をしてから、当主の問いに答えた。
「クサンドリア様は、本日行われる親族会議の議題に関し、ゴンクール家のためになる重要なご提案があるとおっしゃったため、この件についてはご当主様にご判断を仰ぐこととして、取りあえずご入室いただきました。テンドリア様は、実家であるゴンクール家の将来につき深い関心があるため、傍聴させていただきたいとのお申し出でしたので、議決権も発言権もないことをご承服いただいた上でご着席いただきました」
クサンドリアが突然声を上げた。
「お父様に申し上げます! 当主の娘たる私は、このような末席ではなく、親族席筆頭の位置に席を得るべきです!」
「誰が発言を許した」
娘の言葉をさえぎったプラドの低い声は、決して大声ではなかったが、すさまじい気迫がこもっていた。