軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

6

6

翌日、レカンはいささか気楽な気持ちになっていた。

何がどうなったのかはわからないが、とにかくスカラベルの〈浄化〉を受けてもシーラは平気だった。そして、昨日の会話からすれば、もう〈浄化〉をかけることはないのだろう。

となれば、スカラベルはこの町に九日間もいる必要はないから、訪問団は早めに王都に帰還することになるだろう。

面倒事は去ってゆく。結構なことである。

朝食は、対談と同じ顔ぶれで、談話室でとる。レカンとノーマが離れから談話室に移動してきたとき、スカラベルとカーウィン以外の顔ぶれはそろっていた。

レカンがむしゃむしゃとパンと薄切り肉をほおばっていると、スカラベルがカーウィンに支えられるようにして部屋に入ってきた。

やはり肌の白さがめだつ。病的な白さだ。

スカラベルも食事をした。カーウィンがメイドに命じて持ってこさせた食事は、やわらかく、喉の通りがいいものが多い。まるで何かの行でもしているように、黙々とスカラベルは食事をした。

食事のあと、一同がほっとくつろいでいるとき、ノーマがスカラベルに話しかけた。

「スカラベル導師。まことに失礼な申し出とは存じますが、杖であなたのご体調を調べさせていただけないでしょうか」

「おお。ノーマ殿。シーラ様が信頼する施療師殿の診察とは願ってもない。こちらからお願いしますぞ」

「ありがとうございます。そのままソファーにお座りくださっていれば結構です」

ノーマはその場で立ち上がり、杖を取り出して、テーブル越しにスカラベルを診察した。

相変わらずおそろしく精緻な魔力操作である。

「えっ」

小さく声をあげたのはスカラベルの若き弟子カーウィンだ。

どうもこの青年には、魔力の流れがみえるようだ。そういうスキルがあるのだろう。

魔力の流れがみえれば、ノーマの魔力制御には感嘆せずにはいられない。まさに芸術的といっていいほど繊細な魔力の使い方だ。細く薄く、血の管に入り込み、あるいは臓腑の合間を抜けて、薄く薄く魔力の糸が体内に通ってゆく。

アーマミール神官は、ノーマが尊敬する学者の娘で後継者と知って、すっかり信頼している。コトジア神官は、直接にはアーマミール神官の弟子で、アーマミール神官よりだいぶ若い。女らしい、かわいらしい顔つきの中年女性神官だ。コトジアにもノーマを疑うような気配はない。

診察を終えたノーマはソファーに座り、しばらく何かを考え込んだ。

「スカラベル導師は、ご自身に〈浄化〉をかけてこられたのですね?」

「そうじゃな」

「いったい何年ぐらい、かけてこられたのでしょうか」

「そうじゃなあ。四十何年になるかのう。五十年には少し届かん」

「ここ三十年ほどで、他のかたの〈浄化〉をかけてもらわれたことはおありですか」

この質問にはコトジア神官が答えた。

「ノーマ殿。複数の〈浄化〉持ちが選べるときは、できるだけ上位の〈浄化〉持ちに施術してもらうのがよいのですわ」

「はい。それは、上位の〈浄化〉の効果が残っているときに、下位の〈浄化〉をかけると、効果を上書きしてしまうからですね。短期的にはその通りです。しかし、何十年もの長期にわたる場合だと、少し話がちがう可能性があるのです」

「あ。『臓腑機能研究』のなかに、長期の〈浄化〉に関する問題が示唆してあったですのう。あいまいな書き方じゃったが」

「あいまいに書かざるを得なかったのです。当時は母がまだ存命でしたから」

「お母上がご存命なのと、〈浄化〉に関する記述があいまいなのと、どんな関係が。いや、もしかすると」

「母は〈浄化〉持ちでした。それはマシャジャイン侯爵家の秘密だったのです」

「なんとのう」

「父は長年にわたって母の〈浄化〉を受け続けた祖父の診察を、祖父の死の間際まで行いました。その結果、ある仮説を立てたのです」

「どんな、どんな仮説なのですじゃ。サースフリー殿の仮説とは」

「同一の人間から〈浄化〉を受け続けると、体はその〈浄化〉に対する抵抗力をつけてしまう。これが一番目の仮説です」

「ははあ。なるほど」

「師よ。何を思い出されたのですか」

「いや。そう言われてみると納得できることが以前あったのさ。たぶんその一番目の仮説は正しいよ。で、一番目があるってことは、二番目もあるってことかい?」

「はい」

「聞かせてもらおうかね。その二番目の仮説ってやつを」

「これは検証できていない仮説です。母が祖父に〈浄化〉をかけたのは十四年間ですが、十四年では本当にかすかな兆候しかみえなかったのです」

「いいからお言い。二番目の仮説とは、どんな説なんだい」

「抵抗力がついた患者に、なおも同じ〈浄化〉をかけ続けると、結晶化が起きるというものです」

「結晶化?」

「結晶化ですか?」

「なるほどね」

「師よ。不明なわたしにも、その言葉の意味を教えてくださいませんか」

「人の体は隅々まで生きている。生き物としての特質を持っている。ところが、爪や髪や歯は、それだけをみると石に近い。肌を斬り裂けば、その下の肉は生き物そのものだけれど、肌は生き物でありつつ、少しだけ石に近い性質を持っている。石に近い働きを持つことで、生き物そのものの部分を守ったり、生き物そのものの部分ではできない働きを担ったりするんだ」

「なるほど。よくわかります」

「馬の蹄や魔獣の角もそうだ。石に近いものになることで、硬さや頑丈さが得られるのさ」

「それが結晶化ですか?」

「いや、そうじゃない。石に近いもののなかで、さらに、その細かな成り立ちをみると、そのものを形作る中身が規則的に奇麗に並んでいるものを結晶と呼ぶのさ。言葉自体は大昔からある」

「ああ。結晶化ですか。その言葉は知っていました。じゃが、わたしの状態と結びつきませんでした。ふむ。つまり、わたしの肉体が、石のように変わりつつあるというのですね?」

かりかり、かりかりと、若い助手たちはペンを動かし続けているが、その顔色は蒼白だ。