軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

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18

「ところでジンガー」

「はい。何でしょうか」

「ニーナエ迷宮の第四十三階層で、〈ウォルカンの盾〉が出た」

「えっ」

いつも沈着冷静なジンガーの驚き顔をみて、レカンはにやりと笑った。

「そうですか。実は私の盾もニーナエで出たものなのです」

そのことは〈鑑定〉して知っているのだが、レカンがそれを知っていることをジンガーは知らないようだ。

「自分で出したのか」

「いえ。先の侯爵様が買い求めになり、お与えくださったのです」

ヘレスは、〈ウォルカンの盾〉は、あらゆる騎士のみはてぬ夢だと言っていた。そんな盾を手に入れ、自分に下賜してくれた侯爵を、たぶん今でもジンガーは敬慕している。

レカンは誰かに仕えるなど、絶対にいやだ。

また、一つの任務に命をかけることなどない。請け負った仕事はできるだけ完遂するよう努力するが、状況が変わって、その仕事をすることが自分に不利益をもたらすことになったら、さっさと逃げる。その程度の図太さがないと、冒険者などできない。

だがというべきか、だからこそというべきか、レカンは、主人に忠実に仕える者や、身を捨てて任務を果たそうとする者に、奇妙な敬意を抱く。

ジンガーの顔に深く刻まれたしわをみながら、こいつとはもう戦いたくないな、とレカンは思った。

「ジンガーの淹れてくれた茶は、うまいな」

「それは何より」

「ほんと、おいしいです」

ノーマがいて、ジンガーがいて、茶を飲みながら庭をみる、この時間がレカンは好きだ。

ここにいるときは、迷宮のことも殺し合いのことも思い出さず、ただ生い茂る薬草をながめて、ふわりとした時間をすごせる。

はじめてこの施療所に来たのは、もう二か月も前のことなのだ。

あのころは、庭には赤や白の花が多く咲いて華やかだった。

今は木や草の緑があざやかだ。白い小さな花が、ぽつぽつと彩りを添えている。

春のあでやかさもいいが、夏の落ち着いた力強いたたずまいもいい。

こうして木や草をめでることなど、かつてはなかった。

迷宮は色のない世界だ。

どんよりしていて、赤も青も緑も白も、すすけたように色彩感がとぼしい。

迷宮の記憶をたどってみても、色鮮やかな場面などありはしない。

すべての思い出は、重苦しい灰色にそめられている。

いや。

赤だけはちがう。

真っ赤な血の色だけは、痛々しいほどにあざやかだ。

そしてその血の色を思い出せば、おのずと口と目に笑いが浮かぶ。

それがレカンの生きる世界なのである。

昨日は血にまみれた一日だった。

明日も血にまみれた一日となるだろう。

だが、今日だけは。

今日という一日だけは。

他人の傷や病を治すことに人生をささげたこの女のそばで。

茶の香りにひたっていたい。

そうレカンは思った。

19

遅くなったので串焼きを買って帰ったら、なんとアリオスが昼食のしたくをしてくれていた。串焼きをみんなでつまみながら、アリオスの料理を腹に入れた。

「レカン殿。頂いた毒袋をチェイニー商店で売ろうと思うのですが、かまいませんか」

「好きにしろ」

そんな会話があった。

20

チェイニー商店本店は、飾り気のない平屋建ての建物だった。

両翼の建物は、もともと別の店だったものを買い取りでもしてつなげたのか、材質も古さも高さもちがう屋根が連なっている。

チェイニー自身が飛び出してきて、レカンとエダとアリオスを迎えた。

驚くほど奥に広い店であり、倉庫の数がやたらと多い。

その奥まった小さな建物に案内された。

上品な庭を持つ、凝った作りのこじんまりした建物だ。

美しい女の店員が、やたら高そうなカップで香りのよい茶を運んできた。

しばらく庭をながめながら茶を楽しんでいると、チェイニーが思い出話を始めた。

「私はね、この町で生まれたんです。父が死んだとき、雑貨屋を売って借金を片付け、行商に出ました。あるきっかけで、ふるさとのこの町で小さな店を構えることができましてね。もうがむしゃらに働きましたよ」

レカンは何も言わない。

「貧しい町でしたが、若い領主様は、商人の税金を下げて、町に呼び込む政策をとって、いろいろ手を打ちました。どういうわけか私のことをかわいがってくださって。店にも危機があったし、町にも何度か大きな危機がありました」

庭をみるチェイニーの顔は、驚くほど年老いてみえる。

「でも、町はにぎやかになりました。今は冬に飢えて死んだ人を道でみかけることもなくなりました。店もずいぶん大きくなりました」

(この男は何かを決心しようとしている)

(決心するために過去を振り返っているのだ)

「妙なやつが横やりを入れてきたので、長年保っていた領主家筆頭商人の座を追われ、店もどうなるかわからない危機に直面しましたが、レカン様のおかげで乗り切れました」

いつのまにか、レカンへの呼び方が〈様〉に昇格している。

「それは偶然だ」

「ええ。偶然です。偶然というのは神様が差し向けてくださるものです。私は、レカン様にお会いしたのは、ボア神様のお導きなんだと思いました」

ボア神とは、商売の神だったはずだ。

「これで店はもう安泰。孫に店をゆずって引退しようかと思っていたんです」

「ええ? チェイニーさん。まだ若いじゃない。まだまだいけるよ」

「ははははは。エダさんのような人にそう言っていただけるようなら、私もまだ捨てたものではありませんな。しかし人からは若くみられるようですが、私は領主様のお父上様と同じ年でしてね」

これにはレカンも驚いた。

年輪を刻んだ領主の顔を思い出した。

レカンには、この世界の人間の年齢は見当がつきにくいのだが、あの領主が四十歳より下ということはない。

その父親とチェイニーが同じ年だというのは、まことに驚くべきことである。

「そんな私のところに、レカン様が、とてつもないものをお持ちくださった」

不思議なことに、もはやチェイニーの顔に老いはない。若々しく、覇気にあふれた顔である。

「ニーナエ迷宮深層の魔獣の素材。八目大蜘蛛上位種二十四体の足と頭と腹と毒袋、そして二十階層後半の斑蜘蛛の巣の糸。王都の大商人といえど、これだけのものを一度に扱えることはないでしょう」

チェイニーが向き直った。

レカンの右目をまっすぐにみている。

「ひと勝負してみろ。ボア神様は私にそうささやいたのです」