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【コミカライズ】幼馴染の伯爵に婚約破棄されたので、学友の公爵と契約結婚をすることにしました

作者: 久遠れん

本文

「フローレン」

優しげに私の名を呼ぶ、貴方のことが好きだった。

なのに、どうしてこんなことになってしまったのだろう。

呼び出された学園の広い庭園で、私の婚約者であるはずのパトリク様の隣には、最近聖女として学園で名高いアキナ様がほろほろと涙を流しながら佇んでいる。

「フローレン」

私の名を呼ぶ、パトリク様の声が、冷え切っていて冷たい。

私を一瞥する眼差しに温かみの欠片もない。酷く冷えた瞳が、私の心臓を射抜くようだ。

はらはら、はらはら。

涙を流し続けるアキナ様の肩に親しげに手を回して、パトリク様が私を睨んでいる。

どうして、疑問は声にならない。だって、私は知っていたから。

アキナ様は聖女ではあるかもしれないけれど、酷く性格が悪い方だと。

アキナ様に婚約者を奪われた、そんな女子生徒が何人いるのか、交友関係の浅い私の耳にだっていくつも聞こえてくるのだから、相当な数がいるのだろう。

とうとうアキナ様の毒牙にパトリク様がかかった。

穏やかな眼差しで、優しい声で私を守ってくれていたパトリク様が、親の仇を見るような瞳で私を見据えている。

パトリク様の胸に頭を預けているアキナ様を、冷えた眼差しで私は見つめた。

そうやって悲劇のヒロインを気取って、いったい何人の男を侍らせているのだろう。

「なんだ! その目は! お前がアキナを陰で虐めていることを私は知っているぞ!!」

「……」

なんというか、呆れて言葉も出ない。

どんな言葉を尽くせばパトリク様を取り戻せるのか――そう思考する前に、私はもうパトリク様のことを諦めている自分に気づいてしまった。

「婚約は、どうするおつもりですか」

私たちは家同士が決めた婚約者だ。パトリク様がアキナ様を愛していると仰るなら、妥協案でもアキナ様は第二夫人である。

「アキナ様を側室として迎える気なのですか?」

自分でも驚くような冷え切った声が出た。私の言葉に、アキナ様が「ひどい!」と声を上げる。

「わ、わたしが第二夫人だなんて!」

この人はいったい何を言っているのだろう。私は伯爵令嬢でアキナ様は男爵令嬢だ。立場の差は歴然としている。

だと、いうのに。

「フローレン! お前との婚約は破棄する! 私はアキナと共に生きていく!!」

大声でそんなことをのたまう男など、こちらから願い下げだ。

私たちは共に伯爵家の人間なのに、私より下の男爵の令嬢を迎えるために一時的な感情で婚約を破棄するなんて。愚かとしか言いようがない。

私は綺麗なカーテシーをして、パトリク様との別れを飲み込んだ。

「畏まりました。では、これからは私たちは他人ということで」

「お、おい!」

「失礼します」

なぜか狼狽えているパトリク様と勝ち誇った表情をしているアキナ様を置いて、私はさっさと事の次第を父と母に連絡すべく、学生寮へと急いだ。

手紙で婚約破棄を告げられた、と両親に報告した私は気分転換に図書館を訪れていた。

本はいい。本の世界に浸っている間は、現実を忘れられるから。

ずらりと本が並ぶ棚から一冊の小説を抜き出す。最近、街で流行っているというロマンス小説だ。

作家の人がいい話を書くことで有名な人だ。ずっと気になっていたから、ようやく読めると思うと嬉しかった。

最近パトリク様に色々と無理を言われて、授業の内容をノートに写してばかりだったから。でも、今思えばあれはアキナ様のせいだったんだろう。アキナ様は勉強が嫌いだから。

「無駄な時間を過ごしてしまったわ」

小説を一冊手に取って、図書館のテーブルに向かう。イスを引いて腰を下ろして、小説を開くと、隣に人の気配がした。

視線を向けると、一学年上のラファエル・エーベルト公爵が微笑みながらこちらを見ている。

撫でつけられた銀の髪、透き通るような青い瞳。

多くの女子生徒が婚約者がまだいないと噂のラファエル公爵を狙っていることは、噂に疎い私だって知っている。

その人が、どうして私の隣で私に微笑んでいるのだろう。

動揺はなかったけれど、少しの混乱はあった。じっと黙って私がラファエル公爵を見つめていると、彼はふわりと微笑んで、酷いことを言い出した。

「君、さっき婚約者に婚約破棄を告げられていただろう」

「……見ていらっしゃったのですね」

「ああ。ばっちりとね」

どこか面白おかしそうに笑うラファエル公爵に、私はため息を一つ吐き出して小説を閉じた。タイトルを指先でなぞって、先ほどから抱えている本音を吐露する。

「殿方は愚かですね。一時の感情に任せた婚約の破棄が、今後どういう影響を及ぼすのか、考えもしない」

「おや、それは主語が大きくはないか? 私も男性だが、あんな愚かな言動はしない」

くすくすと笑うラファエル公爵が、そっと私の髪に触れる。令嬢として長く伸ばしている髪の先に触れたラファエル公爵は、キスをするように私の髪先を唇につけた。

「どうだろう。俺と契約結婚をしてみないか」

「契約結婚……?」

「そうだ。俺も色々と煩わしい立場でな。君に求めることは二つだ」

そうして告げられたのは「学園を卒業後、一年間お飾りの公爵夫人をすること」そして「決して愛を求めないこと」だった。

私は少しだけ首を傾げて考える。一年間のお飾りの公爵夫人。愛を求めないこと。それは別に構わないけれど。

「バツイチになった私の今後はどうなるんですか?」

「そうだなぁ。君は魔法が得意だっただろう。魔法研究所の地位を与えよう。実力主義の世界だ、バツイチだろうが関係ない。その地位を維持できるかどうかは、君の努力次第だが」

私の髪を離して肩を竦めたラファエル公爵の言葉を吟味する。悪い話ではない。

そもそも、一度婚約を破棄された私と再び婚約を結んでくれるもの好きなんて、ラファエル公爵以外にいないだろう。

「わかりました。受けます」

真っ直ぐにラファエル公爵の青い瞳を見つめて告げた私に、ラファエル公爵は穏やかに微笑む。パトリク様とは全然違う、少しだけ野性味のある表情だ。

「よろしく頼む、フローレン」

あ、私の名前。知っていたんだ。

それが、婚約破棄された私と新しい婚約者となったラファエル公爵が初めて交わした会話だ。

▽▲▽▲▽

ラファエル公爵――ラファエル様は私より一学年上である。

ラファエル様が卒業した後、私たちは手紙でやり取りをしていた。婚約の件は両親には話を通したけれど、それ以外の人たちには特に話す理由もなかったから教えていなかった。

そうして、学園最後の卒業パーティーで、仲睦まじい様子で入場してきたパトリク様とアキナ様を横目に、私は色々な殿方のダンスのお誘いを断って、壁の華を決め込んでた。

公にしていないとはいえ、私にはラファエル様という婚約者がいるのだ。アキナ様のような尻軽になる気はない。

パーティーも終盤に差し掛かって、流れる音楽の種類が少し変わった頃、アキナ様をつれたパトリク様が私の前に現れた。

「一人寂しく壁の華か、フローレン」

「ふふ、お可哀そうですね。独身の男性を紹介いたしましょうか?」

くすくすと笑う声には蔑みが満ちている。私はため息を吐きだしたいのをぐっとこらえて、にこりと笑みを張り付けた。

「お構いなく。私、ラファエル様と婚約しておりますの」

「?!」

「はっ?!」

目を見開いたのはパトリク様で、下品な声を出したのはアキナ様だ。途端に雰囲気を変えたパトリク様とアキナ様が信じられないという目で私を見つめる。

「強がってもみっともないだけだぞ!」

「そうです。エーベルト公爵はわたしがアタックしてもダメだったのに!」

「あ、アキナ?!」

思わぬアキナ様の暴露にパトリク様が素っ頓狂な声を上げる。私は馬鹿だなぁと哀れみの目を向けつつ、綺麗に微笑み続けた。

「嘘ではありません。アンプロシェ家に問い合わせられては? 私は明日からエーベルト夫人となりますので」

アンプロシェ家は私の生家だ。父も母もパトリク様の独断の婚約破棄には大激怒していて、パトリク様の生家のイエフリ家とは付き合いを考え直すと息巻いていた。

ラファエル様との『契約結婚』の『契約』の部分は流石に隠したけれど、公爵であるエーベルト家との結婚が決まったことは諸手を挙げて喜んでくれた。

「お二人の破局を楽しみにしていますね」

「おい!」

にこりと笑って私はその場を去った。パトリク様の声が追いかけてきたけれど、全部無視をして、私は迎えに来てくださったラファエル様の腕を取って卒業パーティーを後にしたのだった。

「未練はないのか?」

「そんなものは欠片もありません。未練なんてとんでもない」

ラファエル様が乗ってきた馬車に乗せてもらって、エーベルト家に向かった。

学生寮の荷物は全てメイドがエーベルト家に送ってくれる。私は体一つでエーベルト家の敷地に足を踏み入れた。

「フローレン、約束は覚えているか?」

「はい。もちろんです」

期限は一年、愛を求めないこと。

忘れてはいない。こくんと頷いた私に、ラファエル様は満足そうに頷いた。

エーベルト家での毎日は平穏そのものだった。

女主人としての役割こそあったが、それ以外は特になにを求められるわけでもなく、日々小説を読んだり、ピアノを弾いたり、刺繍をしたり、と穏やかに日々は過ぎていた。

ある日、ラファエル様が珍しくお酒に酔って帰ってきた。

公爵として仕事をしているラファエル様はたまに断れない飲みの席に誘われることがあるのだそう。

今までにも酔って帰宅することはたまにあったけれど、そういう時は私と鉢合わせないようにされていたのだろう。

夜に喉が渇いたから、と部屋を出た私とばったり鉢合わせをしたラファエル様は少し居心地が悪そうに赤い顔ではにかんだ。

「すまない、深酒をしてしまったんだ」

「いいえ。大丈夫です。……お部屋まで飲み物をお持ちしますから、お部屋に戻られてください」

私たちの寝室は別々だ。一年限定で愛もないのだから当然だった。

ふらふらとした足取りでラファエル様が部屋のある方向へ向かっていく。その背中を見つめて、私は浅く息を吐き出し厨房に向かった。

シェフも流石に就寝している時間だ。私は少し前にメイドから教えてもらった記憶を頼りに、水の入ったグラスを用意してトレーに乗せると、ラファエル様の部屋へと向かった。

こんこんと扉をノックする。少し間をおいて部屋の扉が開かれた。

「すまない、ありがとう。入ってくれ」

「失礼しますね」

体を引いて部屋に招いてくれたラファエル様の横をすり抜けて、テーブルにトレーを置く。

「どうぞ、こちらを」

「ありがとう」

水の入ったグラスを差し出すと、ラファエル様はぐいっと一気に飲み干した。

まだまだ顔は赤いけれど、酒臭かった息が少し落ち着いたように思う。

「少し、話をしないか」

「はい」

こくんと頷いた私に対して、ラファエル様はなぜかベッドにむかってしまう。

ベッドにぼすんと腰を下ろしたラファエル様が、ぽんぽんと隣を叩く。私は少し迷ってからそちらに足を向けて、ラファエル様の隣に腰を下ろした。

私が座った途端、ラファエル様がごろんと体を横に倒す。私の膝を枕にしてしまった。

「えっと……?」

「嫌なら突き落としてくれ」

「ええと、嫌ではありませんが」

どういう意図があっての行動だろうと首を傾げる私の前で、ラファエル様が楽しそうに笑う。酒に酔っていて機嫌がいい。

そっと伸びてきた手が私の頬に添えられる。

「君はいい女だな、フローレン」

「そうですか?」

「ああ。俺が出した無茶な条件を素直に飲んで、立場を弁え、我儘も言わない」

「そういう約束でしたから」

そういう女性を求めてラファエル様は私に契約結婚を持ち出したのではなかったのだろうか。

不思議に思いつつ、頷いた私に、ラファエル様が笑う。子供みたいな、少し無邪気な笑顔。

「俺の母は酷い女だった」

「はあ」

「男をとっかえひっかえ、公爵である父が黙認していたことをいいことに、遊び歩いていた」

つまり、アキナ様のような人ということだ。

そりゃあ、アキナ様がラファエル様にアタックしたところで振られるわけである。

一つ納得がいった気持ちで頷いた私に、甘えるようにラファエル様が顔を摺り寄せる。

「女など、みんなそんなものだと思っていた。だが、君は違う」

「そうでしょうか?」

「ああ。君のような貞淑な女性が傍に居ると、こんなにも気持ちがいいんだな」

うと、とラファエル様の視線に眠気が混ざる。私がそっとラファエル様の頭を撫でると、ラファエル様はそのまま眠気に身を預けるように、瞼を閉じた。

「俺は、君のことを……」

私のことを、なんだろう。

疑問を口にする前に、ラファエル様は眠りに落ちてしまって。

私は「もしかして朝までこのまま……?」と思いながら、その場から動けずにいた。

翌朝、うつらうつらと舟をこいでいた私は、ラファエル様が身じろいだことで目を覚ました。

「ん……?」

「おはようございます、ラファエル様」

「っ!」

にこりと微笑んだ私に、ラファエル様が息を飲んだ。そしてそのまま飛び起きる。

「お、俺はなにを……?!」

「私の膝の上で寝落ちをされたんです」

「それ以外は?!」

「それ以外……?」

必死の形相で問いかけてくるラファエル様に私は首を傾げる。

ラファエル様は私の膝の上で寝落ちをしてしまって、それだけだ。膝は痺れているが、それ以外にはなにもない。

不思議そうにしている私に、ラファエル様はがり、といつも整えている髪をかきまぜた。ぱらぱらとセットされた髪が落ちて、ラファエル様が深いため息を吐く。

「そうか……すまない。君も無理せず、適当に俺を起こしてくれればよかったのに」

「とても気持ちよさそうに寝ておられたので」

「それは、そうだが……」

ぼそぼそと口を閉ざしたラファエル様の言葉を待つ。じっと見つめていると、ラファエル様が、深いため息を吐きだした。

「フローレン」

「はい」

「……契約結婚を、やめないか」

「っ」

唐突な契約の破棄に私は息を飲んだ。

ラファエル様と結婚して、まだ半年だ。あと半年の猶予があると思っていたのに。どうして。

私はなにか粗相をしただろうか。可笑しなことをしてしまったのだろうか。

青ざめる私の前で、ラファエル様は「違うんだ」と慌てた様子で手を左右に振った。

「そうではなく、そうじゃなくて……その、君と、フローレンと、本当の夫婦になりたい」

「……え?」

思わぬ言葉に、目を見開いた。私の反応にラファエル様は視線をそらしてしまう。気まずそうに、ぽつりぽつりと言葉を零した。

「ずっと、君を遠くから見ていた。パトリクの隣で微笑む君はとても綺麗で、俺の隣にいてくれたらいいのに、とずっと思っていて。でも、君はパトリクの婚約者だったから、なにもでなきなかった」

知らなかった。

ラファエル様はずっと見ていてくれたというの、私のことを?

「君が幸せならいいんだ、と自分に言い聞かせていた。でも、君が婚約破棄をされたと聞いて、チャンスだと思ったんだ。浅ましい男だと笑ってくれ。……契約結婚だって、最初から君を手離す気はなかったのに、勇気が出なかった。でも」

逸らされていた青い瞳が、真っ直ぐに私を射抜く。私を見つめて、真摯な声音が降り注ぐ。

「どうか、俺と永遠を共にしてくれ。ずっと傍に居てほしい」

そっと手を握られる。私は、ぽろりと涙が零れ落ちた。

(嬉しい、幸せ)

感情が溢れて止まらない。涙を流す私を見つめる青い瞳が優しすぎて、ますます涙が溢れてくる。

「わ、私も、ラファエル様が……好きです……!」

ああ、やっと気づいた。

これが私の本音。私が、ずっと隠していた、私の本心。

「ありがとう。フローレン。必ず、幸せにするから」

そう告げて、ラファエル様が私を抱きしめる。

私はラファエル様の腕の中で、幸せに溺れるように泣きじゃくった。

半年後、私は魔法研究所に就職した。

私の同期には聖女のアキナ様がいたけれど、入所した当初からあまり歓迎されている気配はしていなかった。

ラファエル様は私が就職することに難色を示していた。

それはアキナ様が同期となることも理由の一つだったのだろうけれど、私は当初の約束の一つだからとラファエル様を説き伏せて魔法研究所の職員となった。

「フローレン様、ラファエル様がお見えです」

資料室で資料を纏めていた私の所に、先輩が声をかけにきてくれた。

魔法研究所では先輩だけれど、私の方が公爵夫人で立場が上なので敬語を使われている。

「わたしもご挨拶がしたいです!」

私の隣でサボっていたアキナ様がネコナデ声で口を開く。

そんなアキナ様へ冷たい眼差しを送った。

アキナ様は先日その男癖の悪さを理由に、パトリク様から婚約を破棄されている。

学生ではなくなったあとも結婚せず婚約者だったのは、パトリク様のご実家がお二人の結婚を大反対したからだ。

結婚当初にはパトリク様のご実家から「息子の非礼を詫びたい」と連絡を貰って、ご両親からはしっかりと謝罪を貰っている。

以来、ますますアキナ様の男漁りは酷くなっていた。

魔法研究所でも、同期や先輩の男性たちに声をかけまくっては煙たがられているのに、本人だけが気づいていない。

なお、私の元にも先日パトリク様から「学生時代の無礼を詫びたい」と連絡が入っていたが、私は無視を決め込んでいたし、そもそもラファエル様が私とパトリク様の接触を認めなかった。

パトリク様は就職先の王宮でラファエル様の部下になったらしいが、変なプライドが邪魔をしたのか、失敗ばかり繰り返して左遷されたのだ、とラファエル様に教えられた。

「アキナ様、ご遠慮ください。ラファエル様は私の旦那様です」

「えー! ご挨拶くらいいいじゃないですかぁ!」

突き放す私に対して、アキナ様はめげることを知らない。

最近ラファエル様は時間を作ってわざわざ「視察」の名目で魔法研究所の私の研究室まで足を運んでくる。

それは理由の一つに、アキナ様のことを懸念しているからだろうと思う。

でも、私としてはラファエル様が姿を見せる方がアキナ様が喜ぶので、気が気ではないのだけれど。

研究室に向かう私の後ろを勝手にアキナ様がついてくる。

振り切りたいけれど、研究所の中を走ることはできないし、下手に遠回りしてアキナ様が先にラファエル様の元についても困る。

「フローレン、励んでいるか?」

「はい。ラファエル様、今日はどういったご用件で」

「ラファエル様~! お久しぶりですぅ!」

研究室のドアを開けて中に入った私を出迎えてくれたラファエル様の眼中に、アキナ様は入っていない。

私もアキナ様の存在をスルーしている。

なのに、アキナ様は全く気にする様子もなく甲高い耳障りな声でラファエル様を呼ぶ。

「私は妻に会いに来たんだ。お前に用はない」

「そんなことを仰らないでくださいよ~! 照れ隠しですかぁ?」

きゃっきゃとはしゃぐ声が邪魔で仕方ない。私がこれみよがしにため息を吐くと、アキナ様はにやぁと嫌な笑みを浮かべる。

「嫉妬ですかぁ? 見苦しいですよ~」

私は浅く息を吐き出した。ため息しか出ない。

そんな私たちを見ていたラファエル様が立ち上がって、私の傍による。

抱き着こうとラファエル様に近づいたアキナ様をひらりと避けて、私の肩を抱いた。

「私が愛しているのはフローレンただ一人だ」

堂々とした宣言に、心がときめく。

頬を赤く染めた私の前で、さらにラファエル様が口を開いた。

「お前がパトリクを寝取ってくれて助かったよ。ありがとう、自称聖女」

「……え?」

にこりと綺麗な笑みを浮かべてバッサリとアキナ様を切り捨てたラファエル様の言葉に、アキナ様が呆けた声を上げる。

私は可笑しくてなんだか少し笑ってしまいそうだった。

確かに、アキナ様がパトリク様をそそのかさなければ、私はラファエル様と結ばれていないのだから、感謝したほうがいいのかもしれない。

「アキナ様、男漁りもほどほどになさってくださいね。悪い噂がたくさん立っていますよ。聖女の地位もいつまで持つのか不思議ですね」

「っ」

私の言葉に心当たりでもあるのか、顔を真っ赤にしたアキナ様が言い返そうと口を開いた瞬間。

ラファエル様が私の唇を奪った。

「私たちはラブラブなんだ。邪魔をしないでくれ」

そう告げて、ラファエル様は私を抱き上げた。

きゃ、と声を出した私を姫抱きにするラファエル様の首に咄嗟に手を回した。

ラファエル様は嬉しそうに笑っている。

「さ、家に帰ろう。そろそろ子どもが欲しいんだ」

「ら、ラファエル様!」

確かに最近子供のことを話したけれど! そろそろ欲しいですね、とお話していたけれど!

唖然としているアキナ様を置いてけぼりに、私は真っ赤な顔をラファエル様の胸元に押し付けた。