軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第7話 届かなかった言葉たち

帝国大使館で迎える三日目の朝、私は中庭に面した執務室で技術顧問としての最初の仕事に取り掛かっていた。帝国から届いた魔道具の設計図を確認し、改良点を書き込んでいく。インクの匂いと羊皮紙の手触りが心地よい。これが私の居場所だと、改めて実感する。

「失礼いたします、お嬢様」

マルタが扉を開けた。その手には古びた木箱が抱えられている。私はペンを置いて立ち上がった。

「それは……」

「七年分の手紙でございます。王宮の侍従長が処分する前に、確保いたしました」

マルタが木箱をテーブルに置いた。蓋を開けると、見覚えのある封筒が何十通も詰まっていた。私の筆跡、私の封蝋。七年間、届くことのなかった言葉たち。

「どうやって……」

「王宮の侍女の中に、昔お嬢様に助けられた者がおりまして。彼女が侍従長の部屋から持ち出してくれました」

私は震える手で一通を取り出した。日付は七年前、婚約が決まった直後のものだ。封は切られていない。読まれることすらなく、ここに眠っていた。

「お嬢様、よろしければ席を外しますが」

「いいえ、マルタ。一緒にいて」

私は椅子に座り、最初の手紙を開いた。

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『ルドヴィク殿下へ。本日、正式に婚約が決まりました。まだお会いしたことはございませんが、いつかお目にかかれる日を楽しみにしております。私は魔道具の設計を趣味としております。もし殿下がご興味をお持ちでしたら、いつかお見せできれば幸いです。リーゼロッテ・ローゼンベルク』

最初の手紙は、たった数行だった。十五歳の私は、まだ何も知らなかった。婚約者がどんな人物か、これからどんな七年が待っているか。希望だけを抱いて、この手紙を書いた。

二通目、三通目と読み進める。季節の挨拶、領地の様子、新しく完成した魔道具のこと。どの手紙にも返事はなかった。それでも私は書き続けていた。

『殿下、お元気でいらっしゃいますか。先日、翻訳の魔道具が完成いたしました。耳飾りの形をしておりまして、装着すると異国の言葉が理解できるようになります。いつか殿下にお見せできればと存じます』

翻訳イヤリングの手紙だ。これを書いた時、私はまだ殿下が読んでくれると信じていた。

『殿下、学園の入学式が近づいてまいりました。同じ学び舎で過ごせることを心待ちにしております。もしよろしければ、お茶でもご一緒できませんでしょうか』

学園に入学しても、殿下は私を避け続けた。廊下ですれ違っても目を合わせず、茶会に誘っても断られ、やがて誘うことすらできなくなった。

「お嬢様……」

マルタの声が遠くに聞こえた。私は手紙を読み続けた。涙が滲んで文字が見えなくなっても、指は次の封筒を開き続けた。

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『殿下、最近ミレーヌ・バロン嬢とお親しくされていると伺いました。嫉妬しているわけではございません。ただ、私は殿下の婚約者として、何かお役に立てることはないかと考えております。どうか一度、お話しする機会をいただけませんでしょうか』

『殿下、今年もお会いできませんでした。来年こそは、と思っております。どうかお体にお気をつけて、良いお年をお迎えください』

『殿下、私の魔道具が帝国で評価されていると聞きました。L・Rという名前で、少しずつ広まっているようです。いつか殿下にも、私の作品をお見せしたいと願っております』

手紙は年を追うごとに短くなっていった。書くことがなくなったのではない。書いても届かないと、どこかで悟り始めていたのだ。それでも私は書き続けた。届くと信じたかった。信じていなければ、あの七年間を耐えられなかった。

最後の手紙は、卒業式の一週間前の日付だった。

『殿下、間もなく七年が経ちます。この手紙を最後にしようと思います。返事がないことは分かっております。それでも伝えたいことがありました。私は殿下を恨んでおりません。ただ、悲しかっただけです。お元気で。リーゼロッテ・ローゼンベルク』

木箱の中には、もう手紙は残っていなかった。私は最後の手紙を胸に抱いて、静かに泣いた。

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どれくらい時間が経っただろう。窓から差し込む光の角度が変わっていた。マルタが温かい茶を淹れてくれていて、私はそれを少しずつ飲んだ。

「お嬢様、陛下がお見えです」

マルタの声に顔を上げると、扉の前にアレクセイ陛下が立っていた。私は慌てて涙を拭った。

「陛下、申し訳ございません、このような姿を」

「構いません」

陛下は静かに部屋に入り、私の向かいの椅子に座った。テーブルの上に広がった手紙を一瞥して、それから私の顔を見た。

「七年分ですか」

「はい。一通も……読まれていませんでした」

声が震えた。陛下は何も言わず、ただ私の言葉を待っていた。

「私は、信じていたのです。いつか届くと。いつか読んでもらえると。でも殿下は最初から、私の言葉など必要としていなかった」

「王太子は愚かな男です」

陛下の声は静かだったが、怒りが滲んでいた。

「これほどの想いを、七年も無視し続けた。その報いは必ず受けることになるでしょう」

「私は……」

言葉を探した。何を言いたいのか、自分でも分からなかった。

「私は恨んでいないのです。本当に。ただ……悲しいのです。あの七年間が、何だったのかと」

陛下が立ち上がり、窓辺に歩いていった。背中を向けたまま、彼は言った。

「私が初めてL・Rの魔道具を手にしたのは、五年前のことです」

「五年前……」

「翻訳イヤリングでした。帝国の技術者たちが口を揃えて、これは天才の作品だと言いました。設計思想が違う、発想が次元を超えていると」

陛下が振り返った。その目には、夜会で見せたものとは違う、深い感情が宿っていた。

「私はその製作者に会いたいと思いました。調べました。L・Rがローゼンハイム王国の人間であること、おそらく貴族の関係者であること。しかし正体は掴めなかった。君は用心深かった」

「……バレてはいけないと思っていました。婚約者がいる身で、帝国と取引をしていると知られたら」

「ええ。だから私は待ちました。いつか名乗り出る時が来ると。そしてあの卒業式の夜、君の耳元で見慣れた魔道具が光っているのを見つけました」

陛下が一歩、近づいた。

「リーゼロッテ嬢。私は五年間、君を探していました。君の七年間と比べれば短いかもしれません。それでも私は、君の才能と、君という人間に、ずっと惹かれていました」

息が詰まった。陛下の言葉が、胸の奥に染み込んでいく。

「君が王太子に宛てた手紙は、読まれることなくここにある。しかし君の作品は、私のもとに届いていました。君の想いは、正しい相手のところに届いていたのです」

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陛下が去った後、私は長い間、窓の外を眺めていた。中庭のアイゼンブルーメが、午後の光を受けて輝いている。

七年分の手紙、届かなかった言葉たち。でも、私の魔道具は届いていた。私が込めた想いは、形を変えて、海を越えて、一人の男のもとに届いていた。

「お嬢様」

マルタが静かに言った。

「この手紙、どうなさいますか」

私は少し考えて、それから答えた。

「保管しておいて。これは私の七年間の証だから。でも、もう読み返すことはないと思う」

「かしこまりました」

マルタが木箱の蓋を閉じた。

「それと、もう一つ。手紙を持ち出してくれた侍女に、私からお礼を伝えて。そして……この手紙の存在を、公にする準備を進めて。王太子が七年間、婚約者との連絡を絶っていた証拠として」

マルタの目が光った。

「ざまぁ、でございますね」

「いいえ。ただの事実の公開よ。王太子が何をしたか、王国の皆が知る権利がある。判断は民に委ねましょう」

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その夜、帝国大使館で小さな晩餐会が開かれた。出席者は私とアレクセイ陛下、ヴェルナー侍従長、そして数名の帝国外交官だけ。形式ばらない、穏やかな食事会だった。

「リーゼロッテ嬢、帝国の料理はお口に合いますか」

「はい、とても。特にこのスープは初めての味です」

「帝国北部の郷土料理です。寒い地方の料理なので、体が温まります」

陛下が料理の説明をしてくれる間、私は不思議な気持ちでその横顔を見ていた。皇帝という立場の人間が、こんなにも穏やかに食事の話をするものだろうか。

「陛下は、料理にお詳しいのですね」

「幼い頃、厨房に忍び込むのが好きでした。料理長に見つかるたびに叱られましたが、懲りませんでした」

「皇子殿下が厨房に?」

「食いしん坊だったのです。今でも、美味しいものには目がありません」

陛下が少し恥ずかしそうに笑った。その表情が意外で、私は思わず見入ってしまった。

「リーゼロッテ嬢?」

「あ、いえ、何でもございません」

慌てて視線を逸らす。心臓が少し速く鳴っていた。

「そういえば」と陛下が話題を変えた。「明後日、王都で魔道具協会の総会が開かれます。L・Rの正式な登録証授与式も行われる予定です」

「登録証……」

「君の名前が、正式に魔道具協会の記録に刻まれます。もう誰にも、君の功績を奪うことはできません」

私は頷いた。七年間、影に隠れて作り続けた魔道具たち。ようやく、光の下に出ることができる。

「陛下、一つお願いがあります」

「何でしょう」

「総会の場で、手紙のことを公開してもよろしいでしょうか。王太子が七年間、婚約者の連絡を握り潰していた証拠として」

陛下は少し考えてから、頷いた。

「君がそう望むなら。ただし、一つ条件があります」

「条件……?」

「私を隣に置いてください。何が起きても、君を守れる位置に」

その言葉に、胸が熱くなった。守られることを、もう弱さだとは思わない。共に立つことの強さを、私は知り始めていた。

「お願いいたします、陛下」

「アレクセイ、と呼んでください。二人の時は」

「……アレクセイ様」

名前を呼ぶと、陛下は……アレクセイ様は、満足そうに微笑んだ。

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翌日、マルタから報告が届いた。

「王宮が慌ただしく動いているそうです。侍従長が手紙の紛失に気づいたようで、犯人探しが始まっています」

「協力してくれた侍女は大丈夫?」

「既に王宮を離れ、安全な場所に移動しております。ご心配なく」

私は窓の外を見た。明日は総会だ。七年間の全てに、決着をつける日になる。

「マルタ、明日の衣装を用意して。帝国式の正装で」

「かしこまりました。お嬢様にぴったりの青いドレスがございます」

「青?」

「アイゼンブルーメの色でございます。鉄の花の色」

私は小さく笑った。寒い場所でも咲く、強い花。アレクセイ様が私に似ていると言った、あの花の色だ。

「それでいくわ」

明日、私は自分の名前を取り戻す。そして、奪われた七年間の真実を、世界に示す。