軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

39. 冬の長期休暇

クライヴ様は私の目を見つめて静かに言った。

「学園でお会いすることはもうないとはいえ、エメライン王女の動機がはっきりとは分からない以上、完全に安心するのは危険だ。念のため、君も気を付けておいてくれ」

「は、はい。クライヴ様」

その言葉に不安を感じながら、私は頷いた。クライヴ様は小さく笑みを浮かべる。

「大丈夫だ。君には俺がいる。わずかでも異変を感じたら、必ず真っ先に俺に教えてほしい」

「……はい」

その落ち着いた様子と優しい笑みが、瞬く間に私を安心させてくれる。私にはこの方がついていてくれるのだから、何も心配はいらないのだと思える。

クライヴ様は重ねて言った。

「気が早い話だが、学園が次の長期休暇に入ったら、またあのカフェに行こう。新しいメニューをいくつか開発するよう、今進めている。君の感想が聞きたい」

「あ、あのラプルのカフェですか? 嬉しい……! 楽しみです」

勢いよく同意した私に、クライヴ様は小さく頷く。

「それから、以前にも少し話したが、よければサザーランド公爵領にも行かないか」

「ええ、もちろんでございます! 喜んで」

満面の笑みでそう答えると、クライヴ様の瞳の奥に柔らかい光が灯る。

「ありがとう。……往復の行程と滞在日数を考え、一週間くらいは時間を作ってもらえるとありがたいが、大丈夫だろうか」

「……は、はいっ。もちろん」

咄嗟にそう答えた私は、内心叫んでいた。

(そ、そうだわ……! 数日かけての旅行になるのよね。クライヴ様と……ふ、二人で……?)

ドキドキしながら、思いきって尋ねてみる。

「えっと……、両親も一緒に、ということでしょうか」

するとクライヴ様はほんの少しの間口をつぐみ、それから私の目を見て言った。

「……今回は二人で行こうと思っている。俺の両親も今回は同行しないから、両家全員で顔を合わせるのは、また別の機会を持てばいいだろう」

「は、はい。分かりました」

途端に心臓が激しく脈打ちはじめた。……クライヴ様と二人きりでの旅行となるのだ。

(……どうしよう。楽しみすぎて、動悸が治まらないわ……)

頬が緩みそうになるのを、私は全力で堪えた。

寡黙でありながらも、わたしへの愛情を惜しみなく与えてくださり、困った時には全力で助けようとしてくださる。

優しくて頼もしい、私の婚約者様。

あんなにも苦手に思っていたことが、今ではもう信じられない。

クライヴ様に対する私の胸のときめきは、もう抑えようがないほど強くなっていたのだった。

ブローチ事件の後も調査は続き、王女が「学園で私物がなくなる」と言い張っていたのも、どうやら彼女の虚言である可能性が強くなっていた。紛失したと王女が言っていたものたちは、全て彼女の私室で見つかったそうだ。けれど、この件についても王女は口を閉ざしているらしかった。

あの事件のあとは不審なことは何も起こらず、やがて騎士団の学園見回りは終了となった。クライヴ様は今後、エメライン王女殿下の謹慎区域の巡回などを含めた業務に携わるようだ。

次の学期末までのその後の二ヶ月間、私は毎日を楽しく過ごしていた。たくさんの友人たちに囲まれ、帰宅したらサザーランド公爵領についての勉強や、高位マナー教育にいそしむ。未来への期待と喜びで、いくらでも頑張れる気がした。

迎えた次の学期末試験は、もう誰に遠慮することもなく真剣に取り組んだ。その結果、なんと私は共通基礎科目の試験でも、淑女科の専門科目の試験でも首席をとることができたのだった。どちらも二位だったノエリスは少し悔しそうな顔をしたけれど、それでも手放しで褒めてくれた。

季節はすっかり冬になり、晴れ晴れとした気分で長期休暇を迎えた。その最初の週、私は早速クライヴ様とともに、大通りのラプルカフェに出かけることになった。両親と兄は順調に仲を深める私とクライヴ様のことを嬉しそうに見守ってくれており、「楽しんでおいで」と送り出してくれた。

タウンハウスまで迎えに来てくださったクライヴ様とともに馬車に乗り込むと、そわそわする気持ちを抑えるのに苦労した。クライヴ様は厚手の黒いジャケットを羽織り、私はアイボリーカラーの長袖のデイドレスの上から、先日クライヴ様に贈っていただいたベージュのファーショールをまとっていた。すっかり肌寒くなった気温に合わせ、お互い暖かい装いになった。

「……よく似合っている」

薄桃色の手袋を着けた手でショールを整えていると、向かいに座っているクライヴ様がそう言って少し微笑んだ。最近のクライヴ様は、以前より一層優しく笑い、そして私を見つめる目がとても柔らかい。

「ありがとうございます。……この髪飾りも。すごく可愛くて、お気に入りです」

白薔薇を金糸で縁取ったデザインの髪飾りも、クライヴ様から贈られたものだ。……最近は贈り物も以前より高価なものばかりになってきている。遠慮する気持ちが湧き戸惑ってしまうけれど、私が笑顔で受け取ったり身に着けたりすると、クライヴ様がとても満足げな表情になる。それが嬉しくて、私は彼の好意をありがたく受け取っていた。

『ラプル菓子専門店 ラ・ローズ・ド・ラプル』は大盛況だった。前回来た時はオープン前で貸し切りだったけれど、今日は満席だ。美しく着飾った大勢のご令嬢や婦人方、それにご夫婦らしき男女の姿もあった。

「ラプルは冬場でも、変わらず輸入できるものなのですか?」

「ああ。ラシェールは北部と南部で気候が違う国だ。どこかの産地では必ず実っている。だから季節を問わず仕入れられるんだ」

「そうなのですね」

この簡潔な説明の裏に、どれほど綿密な交渉や手配があったのだろう。季節に左右されぬ輸入経路まで整えてしまうクライヴ様の手腕に、私は改めて感服する。

前回も挨拶をくれた店主の女性から恭しく迎えられ、奥の個室に案内される。クライヴ様はもう当たり前のように私の手を握り、エスコートしてくださる。少し恥ずかしくて、でもたまらなく嬉しくて。まるで雲の上を歩いているような気分だ。

「お店、すごく人気ですね」

個室に通され椅子に腰かけると、私は彼にそう話しかけた。クライヴ様は低く優しい声で答える。

「ああ。君のおかげだ」

「え? いえ、私は別に何もしていませんが……」

「君がラプルを好きだと知らなかったら、こんなカフェを作ろうなんて思いもしなかったはずだ。俺はただ、君を喜ばせたいという気持ちだけでここを作ったからな。だがおかげで、予想外の収益と成果に繋がった。ありがとう」

「そっ、そんな……こちらこそ……」

愛情の滲む眼差しに、体が熱くなってしまう。火照った頬を隠すように、私はクライヴ様が手渡してくださったメニュー表で視界を遮る。すると、そのメニュー表にあるいくつもの可愛らしいスイーツの絵が、目に飛び込んできた。

「っ!? まぁっ! すごい……」

思わずそんな声が漏れる。以前来た時にはなかった美しくて素敵なスイーツたちに、とても笑顔を抑えられない。

ラプルのムースドームは、球体に仕上げたムースの外側を透明感のあるラプルジュレでコーティングしてある。そのてっぺんには、白い花弁型のチョコレートが一枚添えられていた。

ラプルクリームを詰めたシュー生地のタワーは、土台にラプルのカスタードとサクサクのパイ生地を重ね、一番上には飴がけされたラプルを贅沢に飾ってある。

細挽きナッツと薄いラプルチップのデコレーションに、ラプルソースをとろりと纏わせたアイスケーキもあった。銀粉がふわりと散らされ、まるで冬の日差しを閉じ込めたかのように、ひときわ華やかな存在感を放っている。

(な、なんだか……前よりすごく豪華な新作がいくつも並んでいるわ……)

「気に入りそうなものはあるか?」

「……全部です……」

メニュー表に並ぶ素敵なスイーツのイラストと名前を食い入るように見つめながら、私はクライヴ様の問いに無意識にそう返事をしていた。

「君が喜んでくれるのなら本望だ」

クライヴ様の低く穏やかな声が、私の耳を優しく撫でた。