軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

1.感情を持て余す

呼吸を整える。

早くもなく、遅くもなく。

血液の流れを意識して。

心臓から押し出された血液が酸素や 魔(・) 力(・) などと共に体中を巡り、指先まで行き届く。

体を循環させ、力を練り上げ───

手のひらに転がったのは黒い石。

「……ちいさい」

今は感情が暴走したわけではないから。

あの日、両手から溢れた石達は黒、暗赤色、紫紺と分かりやすくドロドロとした色ばかりだった。

「こうやっていつかはこの感情も消えていくのかな」

それでも。私はまだすべてを飲み込めずにいる。

◇◇◇

「姉様、おはようございます!」

「おはよう、ミュリエル。今日は早起きね?」

「だって今日はお出かけでしょう?他所のお家にお呼ばれなんて初めてだもん」

「あら。じゃあ、ここに来るときもドキドキしていたの?」

「……ん〜〜、ドキドキもしたけど……ビクビクとそわそわする感じでした」

「…そっか。気付いてあげられなくてごめんね」

ああ、私は本当に優しくないな。

「どうして?あのころは私が勝手にツンツンしてたんだよ?」

「……ミュリエルと仲良くなれてよかった」

「えへっ、ミリもそう思う!」

もう。ミュリエルは気を抜くといまだに自分のことを名前で言ってしまうのだから。でも、今はいいか。

ぽふりと抱きついてきたミュリエルをキュッと抱きしめる。

さあ、気持ちを切り替えなきゃ。

「ミュリエルは今日は何色の服にするの?」

「今日はお母様のドレス!」

「……そう。楽しみにしているわ」

「姉様は?」

「おはよう。ブランシュ、ミュリエル」

シルヴァン兄様の声に思わずビクリと手が動いてしまう。

「先生、おはようございます!」

「…シルヴァン兄様、おはようございます」

「うん。二人で何の話をしてたの?」

そんな私の反応に気がついているはずなのに、その優しい眼差しは変わらない。

兄様が悪いわけじゃない。ただ、私が自分の強さを過信していただけで。

それでも兄様は待ってくれている。私がこの問題を噛み砕き、呑み込めることを。

「今日着ていく服の話です」

「ああ、それは楽しみだね」

「ほんとう?」

「もちろん。女の子の装いは華やかだから見ていて楽しい」

「フフッ、じゃあ楽しみにしていてください」

「先生は何色が好きですか?」

ミュリエルもすっかりシルヴァン兄様に慣れたようで、自分からアレコレと話し掛けるようになりました。

「そうだな、青系かな。青空や海とか、すごく綺麗だろう」

「海は見たことがありません」

「そうだな、海は少し遠いから急には難しいけど、みんなで湖にでも行ってみるかい?」

「いいんですか?!」

「レイモン様に許可を取らないといけないけどね。この近くに綺麗な場所があるんだよ」

「すごい!姉様、楽しみだね!あっ、姉様の瞳も綺麗な水色だわ。ね?先生もそう思うでしょ?」

「そうだね。とても綺麗だ」

なぜ突然の褒め殺し?……リシャール兄様の言うとおり、天然には勝てそうにないわ。でも、少し気持ちが浮上したかも。

「ミュリエルの瞳もすごく綺麗よ」

「ありがとー!」

さあ、朝食を食べて外出の準備をしなくちゃね。

今日、お招きされているのは公爵家の家門のひとつ、コルトー伯爵家です。伯爵の弟君が今後、我が家の管理人を引き受けてくれることになりました。

現在は、コルトー伯爵の元で働いているそうです。

最初はご夫婦お二人とだけ顔合わせをする予定でしたが、お兄様である伯爵もぜひ挨拶を、ということになり、せっかくなら他家への訪問を子ども達に体験させようという流れになったようです。

「マイルズ兄様達も来れたらよかったのに」

「外出許可が出なかったからしかたがないわ」

「ミュリエルが手紙を書けばいいじゃないか」

「…ロラン兄様、お手紙って何を書けばいいの?」

「今日一日のことだよ。まずはお天気がすごく良くて、ミュリエルがどんな服装で、行くまではすっごくドキドキしたとか」

「そうね。でも私達と一緒だから楽しかったとか?」

「……ベル姉様、まだ出かけてもいないよ?」

ミュリエルとベルティーユはとっても仲良しで、最近ではベルと愛称で呼ぶようになってきました。

「みんなでお出かけだもの。楽しいに決まっているわ」

「うん!じゃあ、二人にお手紙書くね。あ、それならみんなで書こうよ。そのほうが兄様達も喜ぶよ?」

「うん、いい考えだね」

「でしょう?リシャール兄様もちゃんと書いてね?」

「はいはい。綴りの間違いもチェックしてあげるよ」

「……うわ」

「なぜロランが反応するの?」

うん、何だか楽しくなってきました。大人数での行動に最初は慣れなかったけど、今はこの感じが大好きです。

「じゃあ、また後で」

「ええ」

部屋に戻り、出掛ける準備をする。

「ブランシュ様、どちらのドレスになさいますか?」

「じゃあ、そっちの空色のほうにするわ」

「畏まりました」

最近のナタリーはお仕事モードのときは言葉遣いも丁寧で以前のように大はしゃぎすることがなくなりました。

最初は少し寂しかったけど、ちゃんと仲良くおしゃべりする時間を設けるようになったから今はもう平気です。

「髪型はどのようにいたしましょう」

「お任せするわ」

エディットはいつも素敵に結ってくれるから、最近ではお任せにしてしまうことが多いの。

「ブランシュ様、お綺麗ですわ」

「鈴蘭を使ってくれたのね」

以前、シルヴァン兄様に頂いたお花は魔法で加工してあったので、しばらくお部屋に飾ったあとは、髪飾りとブローチにしてもらったのですが、今日はそれを使っています。

「はい。今日のドレスに良くお似合いですよ」

ナタリーはあの日の私を知っているから。

今でもどうしたらいいのか決めきれない私を分かっていてくれるから。

「…ありがとう、ナタリー」

それでも、こうして私を後押ししてくれている。…うん、がんばらなきゃね。

「さあ、行きましょう」