軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

37.心を残す

「これでやっと終わったわね?」

「……ブランシュ様~~っ、私はまだまだ終わりそうにないのですけど!」

そういえば侍女教育でずいぶんしごかれていたわね。

「あら、じゃあまた別邸暮らしに戻るのかしら」

「えっ!」

「私は構いませんよ。まだ覚えきれていない魔法がいくつかありますので」

「えぇっ?!」

マルクは筋がいいと褒められていましたが、もっと学びたいだなんて諜報員にでもなるつもり?

「でも、ナタリーは動きがとてもきれいになったわ」

「本当ですか?でも、落ち着きが足りないと言われてしまって」

ああ、ちょっと否定できないけど、元気で愛嬌のあるところはナタリーの良さでもあるし難しいですね。私はとても可愛いと思っているのですけど。

「ナタリーに足りないのは心を残すことだろう」

「はい?」

「マルク、どういうこと?」

だって、心を残すとは未練とかそういう意味ですよね。そんな気持ちで仕事をするの?

「これは武術においての心構えなのですが、たとえば弓を射ったとします。このとき、弓が手を離れた時点で終わりなのではなく、矢が目標を射抜くことを見届け、さらには次の攻撃への意識も残す。

一つの動作を終えた後でも緊張を持続させ心身の備えを怠らないということなのです」

「なるほど……って、私は何と戦うの!?」

「ブランシュ様の一番の使用人として、隙の無い優雅な身のこなしや気配りを見せて、そんな使用人を持つブランシュ様がいかに素晴らしい令嬢なのかを見せるんだろう。

それは言い方を変えれば、ブランシュ様の粗探しをしようとする 輩(やから) との戦いだと思う」

マルクは本当に説明が上手ね。でも、私のために戦う必要はないのだけど。ただずっとそばにいてほしいと思っていただけで、

「……ただ美しい所作を身につけるのではなくて、ブランシュ様のために戦う武器を手に入れて磨き上げるということ?……それなら私はもっともっと真剣にやらなくてはいけないんですね?そういう戦場にいるつもりで臨まないと……そのうえで心を残す……うん、分かった気がします!」

ああ、ナタリーの瞳が変わってしまった。頑張り屋さんのナタリーは、誰かのために一生懸命になれちゃう素敵な女性だから。

「でも、心を残すって悪い意味ではないのね」

「どんなことも捉え方次第なのでは」

「……うん、そうね。すてきなことを教えてくれてありがとう」

心を残す。それはただの未練ではなく、そのことを見届け、次に進むための 糧(かて) とするために敢えて残るものだと考えると少し前向きになれる気がします。

「私はあなた達にいつも救われているわ」

ナタリーのひたむきな心。マルクの揺らぐことのない強さ。

この敵味方の分からない外の世界で私が笑っていられるのは、絶対の味方であるあなた達がいるから。

「そんなの、お嬢様ががんばっているから私も奮起しちゃってるだけです!」

「そうですね。ブランシュ様の懸命な姿に引っ張られているだけですよ」

「…ありがと。二人のおかげで友達も増えたよ」

というかほぼ親戚だけど。ヴィルジール殿下は人に言えない友達だし。

「これからはもっと増えますよ」

「私達ももっと上手く対応できるようにこれからも学ばせていただきます」

「ふふっ、頼もしいわ」

二人がいてシルヴァン兄様がいてリシャール様達だっている。もう十分な気がするけどね。

「これは一意見として聞いていただきたいのですが」

「なぁに?」

「ブランシュ様はコンスタンス様ともっと懇意になさるべきかと」

「それは……でも、コンスタンス様はお母様のことがお嫌いなのよ?それに……」

王太子妃と王女の味方だし。

「リシャール様が言っていたではありませんか。好きの反対は無関心だと。

お嬢様に関心があるコンスタンス様は、完全なる味方ではありませんが、完全な敵でもありません。

そして、どの部分で敵対心があるのかも分かっています。

それはニコニコと笑顔でまったくの隙がなく、敵味方の判別がつかない方よりよっぽど分かりやすいと思いませんか?」

……そうか。完全に敵味方を分けるのではなく、ある程度の味方で、気を配る点さえ押さえておけば……

「マルクは案外と腹黒さんね」

「残念ながら貴族社会とはそのようなものですよ」

「そうですよねぇ。平民だっていろいろですし。だから家族の大切さや親しい友人の優しさが身に沁みたりしますもん」

やだ、ナタリーまで大人な発言!

でもそうね。絶対に2つに分ける必要はないのだわ。

「何よりも公爵夫人がコンスタンス様をお認めになっているではありませんか」

「お祖母様が?」

「はい。そうでなければリシャール様達が無事に授かれたあたりで離縁させることだって可能だったはずです」

「それは離縁の理由がないからでは?」

「お嬢様。理由などいくらでも作れるのですよ」

怖い……マルクが怖いわ!それは火のないところに煙を立てちゃう系なのかしら。

「じゃあ、お祖母様が稀代の悪女という噂を消さないのも?」

「上手く調整しているのではないでしょうか。国王陛下に従いつつも、まだ恨みを残し、借りがあると思わせる公爵夫人と、王太子妃の友人であり、積極的に王族におもねるコンスタンス夫人。次代がどう動いても対応できるように、公爵家としてはどちらとはハッキリ決めず、様子を窺っているように見受けられます」

……ああ、だから私は子どもだと言われたのね。

白黒ハッキリつけたがる、分かりやすさを望む子どもだと微笑まれてしまったのだわ。

「……悪女の道は険しいわね」

人間関係って難しい。人が増えれば増えただけ、関わり方が複雑になっていく。

でも、これが私が生きる世界で、二人は私と共に歩んでくれるために努力してくれているんだ。

「マルク、ありがとう」

「とんでもございません」

そうすると、私はコンスタンス夫人に頭を下げなくてはいけないのかしら。

「昨夜、コンスタンス夫人に生意気なことを言ってしまったの」

「左様ですか」

「……え、それで終わり?」

「ブランシュ様は間違ったことを言ったわけではないのでしょう?でしたら大丈夫ですよ!」

「ナタリーは私を買いかぶりすぎだと思うわ」

「そうですか?でも、ブランシュ様はこうして私達使用人の言葉をちゃんと聞いてくれるじゃないですか。

お嬢様がそんな方だから信じられるに決まってます!」

「……だって二人はもうただの使用人じゃなくて家族でお友達だもの」

そう思っているのは私だけなのでしょうか。

「どうしよう、マルク……ブランシュ様が可愛くて可愛くて可愛いんですけど!」

「……痛いから叩くな。まずは落ち着け」

ナタリーがクネクネしながらバシバシとマルクを叩いています。二人は仲良しさんだよね。

「ブランシュ様は『子どもらしさ』を最大限に利用なさればよいと思います」

なるほど……子どもらしさ。ミュリエルの分野ね?

「分かった。ちょっと行ってくるわ」

「お供しますよ」

「もちろん、私もです!」