軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

生きること

今戦っていた相手は、間違いなく自分たちを殺す気でいた。言葉すら交わさず矢を放ってきたのだからそれは間違いなかった。

モンタナとアルベルトが、まだ息のある賊に止めを刺しているのが見える。

それほど遠くにいるわけでもないのに、まるでテレビを見ているときのような不思議な距離感を感じる。

ハルカは自分が極度に緊張していることを理解していた。

その上で冷静になろうと努めているのに、中々荒い息が収まらず、のどが渇き、つばを飲み込むのにすら時間がかかった。

殺さなければ殺されていた。

ここでやったことは、正しいかどうかはともかく、生きていくのであれば間違ってはいない。間違っていないはずだ。

無理やり呼吸を落ち着けようと、息を吸い込んで、その加減がわからずにむせ込んだ。咳と共に息を大きく吐いたからか、ようやく体が少し動くようになる。少し震える自分の手を見て、両手を合わせてぎこちなくすり合わせた。緊張のせいか、手のひらが酷く冷たかった。そのまま力を入れ続ければ、震えは少しずつ収まっていく。しかし少しでも力を抜くとまた震えだし、それは足にも伝染する。

合わせた手をそのまま口元に持っていき、少し隙間をあけて、中に息を吹きいれた。暖かい呼気が手のひらを温める。目を閉じてもう一度息を吹きいれる。

一歩間違えていたら、今頃殺されていたかもしれない。仲間も死んでいたかもしれない。だからだからと人殺しを正当化しようとしている自分に気づいて、自己嫌悪する。

「ハルカ、大丈夫?」

トントンと肩を叩かれて目を開け、コリンが横に来て顔を覗き込んでいるのに気がついた。息を吸い込んで返事をしようとして、うまく言葉が出ずにこくりと頷くだけにとどまった。

コリンから見てもハルカの様子はおかしくて、体が震えているのがわかる。

コリンはムッと表情をゆがめて、ハルカの手を握って引っ張り大きな樹の下に座らせた。

コリンはギューッとハルカを自分の胸元に抱き寄せて、背中をトントンと軽くたたく。

「あー、危なかった。ハルカが矢を受けてくれてなかったら、私にあたってたかも。ありがとハルカ、ハルカが丈夫で助かったな」

「……そう、ですか」

かすれた声で返事をすることができた。

コリンの胸のうちは温かく、心臓の鼓動が聞こえるようだった。

「もう少ししたらご飯にしようね。まだ昨日の熊の肉が残ってるから、今日の夕食も豪華だよ。それを食べたら今日はもう寝よう。一緒にくっついて寝ようね、最近寒いし。たまにはギーツさんにも不寝番させたらいいんだよ」

「……そうですね」

コリンはハルカの髪を上から下に撫でながら、笑う。

「ハルカの髪撫でてみたかったんだよね、やっぱりサラサラだ。……ハルカ、ちょっとここで休んでてね、目を閉じて、ゆっくりしてて」

「そういうわけには」

「いいから、はい、目は閉じた? いい? 開けてたら怒るよ」

もう一度ハルカの頭をなでて、コリンは立ち上がった。

目をそーっと開けたハルカと、ハルカをじーっと見下ろしていたコリンの目が合う。コリンは笑ってハルカの頬をつねった。

「開けたら怒るって言ったじゃない」

頬を抓られながら、ハルカは自分の体の震えが止まっていることに気づいた。

ついさっきまで年下の女の子の胸に抱きしめられていたことにも気づき、カッと突然恥ずかしくなった。

大人としても恥ずかしかったし、単純に女性に抱きしめられていたというのも恥ずかしかった。それと同時にそんなことも考えられないほど、ほんの少し前まで自分が動揺しきっていたことも理解した。

「すみません」

抓られた頬を撫でながらコリンに謝る。何を謝るべきなのか定まっていなかったが、感謝の気持ちも込めたつもりだ。

「何が? もうちょっと休んでなよ」

「いえ、私も一緒に行きます」

遠目に男をつぶした木が持ち上がらずに、困っているアルベルトの姿が見える。アンデッド化を避けるために、きちんと燃やしてしまいたいのに、男を引き抜くことができないのだろう。自分の剣と死体を見比べているところを見ると、見える範囲を切断して、潰れているところは諦めようとしているのかもしれない。

剣を抜いたところで、モンタナがその腕を掴んで首を横にフルフルと振っている。

「……ほら、あの木、持ち上げないとダメそうなので」

「でも、大丈夫?」

立ち上がったハルカに寄り添うように立って、コリンが尋ねる。

「……大丈夫じゃなかったら、ちょっと助けてください」

「しょうがないなぁ」

その返事を了承と取ったハルカは、歩き出した。直後何かにつまずいて、転びそうになる。慌てて足元を確認すると、ギーツが大の字になったまま地面に伸びていた。

しゃがみ込んで耳を澄ませると、きちんと呼吸しているのは確認できる。

コリンとハルカは顔を見合わせて頷いて、ギーツをそのまま放置して、アルベルト達の方へ向かった。

この一瞬で人の死体など見慣れるはずもなく、ハルカは当然顔を青くしてできるだけ目をそらしていたが、木をどけるくらいだったらそれでもできる。

持ち上げて横に転がすときに聞こえてきた水っぽい音は、耳に残って夢に出てきそうであったが、なんとか怪我もなく作業を終えることができた。

集めた死体に対して魔法でガンガン炎を焚く。その中に残りの三人がとにかく木を投げ入れていくと、そのうちぱちぱちという木の爆ぜる音が聞こえてくるようになった。食欲のわかない臭いはしばらく鼻に残りそうである。

広場にはまだ血の跡が残っている。げんなりとした気分のままだったが、先ほどよりは大分ましだった。

「あ、この火使えばいっか」

と言って死体を燃やす炎にくべられた薪を一本取り出して、料理に使おうとするコリンを、ハルカは慌てて止める。

「ちゃんと新しいの着けますから、お願いですからやめてください」

「えぇ……、火は火だよ?」

「料理はあっちでしましょう、ね? お願いです」

コリンの手から薪を取って炎に投げ込み、背中を押して広場の反対側へ連れていく。

彼女ほど太い神経になるにはまだまだ時間がかかりそうだったが、ハルカはひとまず初めての殺人経験に心を潰されずには済みそうだった。

手早くその辺に落ちている枯れ木を集めて小さな火を作る。

隣ではアルベルトが素振りをして、少し離れたところではモンタナが木の枝でギーツを突っついていた。

仲間がいつものように動いているのを見てほっとする。

誰かがもし欠けていたら、そんなことは想像もしたくない。人を殺したことを正義だとはとても思えなかった。それでもやっぱり間違ってはいなかったはずだ、とハルカははっきりと自分にそう言い聞かせた。

言い訳ではない。正しかろうが正しくなかろうが、大切なものを守るためには、そうでないものを犠牲にする必要がある。ここは、それをなんとなく避けて生きていけるような平和な世界ではないのだ。今まで考えないようにしてきた事実に、この日ハルカはようやく向き合うことができた。