作品タイトル不明
多頭飼い
エニシはすぐに拠点に馴染んだ。
恐れていたノクトは見た目かわいらしいだけで害はないし、レジーナも威嚇こそすれど、普通に過ごしていれば衝突することはない。
特に手に職のないエニシは、畑仕事をしているフロスらの近くで豊穣を祈って舞ってみたり、建築予定地の地鎮を行ったりしているようだった。どれも立派な仕事なのだが、大陸の人たちからすると何やら不思議な儀式としか受け取れない。
それでも神秘的な雰囲気はなんとなく感じるようで、現場で働く男たちからの評判は良かった。
そう、彼らはちゃんとエニシのことをかわいがってあげていた。
「エニシちゃん、これ食べな」
「エニシちゃん、疲れたら無理したらいけないよ」
「エニシちゃん、あっちでユーリ君と一緒に遊んでおいで」
最初にかわい子ぶって接し始めたおかげで、ちゃんと成人前の年齢だと思われているエニシは、子供の一人として拠点でかわいがられていた。
サラがいなくなったばかりなので、男たちもちょっと寂しかったのかもしれない。
そのポジションにスポッと収まった形になる。
「大金積まれてやる舞をしても、地鎮の儀式をしても、この扱いなんだけど……。どうなっておるのだ。我、三十八歳ぞ……?」
「じゃ、そう言えばいいだろ」
焚火の前で呟くエニシの言葉に、興味なさげに答えたのはアルベルトだ。
素振りをしながらついでの返答である。
「馬鹿め、今更奴らの気持ちを裏切れるか。我、ここでは十三歳ということにしておくか。その方がおさまりが良さそうだ」
「馬鹿じゃねぇの」
「馬鹿っていう方が馬鹿」
「お前が先に言ったからお前の方が馬鹿」
「ぐぬぬ」
聞いたことないくらいの低レベルな言い争いだ。
エニシがそれだけ気を抜いているということに他ならないのだろうけれど、何もそこまで本気で子供っぽくならなくてもいいのにと思うハルカである。
くだらない会話を聞きながらハルカがぼんやりとしていると、拠点の扉が開いて絶世の美女が現れる。カーミラは、エニシがいる場所に顔を出したことがなかった。
本人曰く、犬になりそうな気配がないから、少し警戒をしていたのだそうだ。
どうも目的意識や自我がしっかりしすぎていると、犬にはし難い、らしい。
ハルカにはよくわからない話だった。
しかし、たっぷり二週間様子を観察して、どうやら警戒する必要はないと判断して出てきたようだ。
一方でエニシの方はカーミラのうわさを散々聞かされている。
畑仕事や大工仕事をしている連中の多くは、元カーミラの犬たちだ。
隙さえあれば繰り返しカーミラの美しさや素晴らしさを語っている。
自分のことを棚に上げて、なんだか宗教染みてて胡散臭いという感想を持っていたエニシは、いざカーミラの姿を見て気圧された。
清流のようにキラキラと輝く長い髪に、月明かりに映える真っ白な肌と深紅の瞳。冷たいようにも見えるその目つきは、ハルカの横へやって来たところでふと綻ぶ。
エニシは自分が崇拝されるだけの美少女であるという自負があったが、カーミラには負けるかもしれないと思った。
しかもそれでハルカの隣に並ぶと、また見事に互いが映えるのだ。
「お姉様、あの子がエニシかしら?」
鈴を転がしたような澄んだ声に、ハルカが平然と答える。
「ええ、そうですよ」
表情を少し緊張させてエニシが挨拶をしようとしたところで、アルベルトが片手で大剣をぶん、と振り下ろして切っ先をカーミラに向ける。
「お、カーミラ久々じゃん。たまには訓練付き合えよ、訓練」
「いやよ! すぐそう言うからあなたの前に出てくるの嫌なの!」
「いいじゃん、強いんだから」
「私争いごと嫌いなの、イーストンに相手してもらって」
「いや、お前の方が遠慮なくぶった切れる」
「僕のこと巻き込むのやめてよ」
めちゃくちゃ物騒な発言だけれど、間違ってはいない。
夜のカーミラは、いくら切りつけたところでまるでダメージがないくらいには不死性の高い吸血鬼だ。その膂力や不死性頼みの攻撃もあって、アルベルト達では勝利することも難しい。
たまにご機嫌な時に、「思い知らせてあげる」と言って相手をしてやるから、アルベルト達もしつこく訓練をせがむのだ。
ずっと断っていればそのうち言わなくなるのになぁと、ハルカは二人の会話を黙って見守る。
「ぶった切る……?」
発言に驚いたのはエニシだ。
こんなたおやかな美女に対して言うことではない。
「まぁ、アルベルトもその辺に。今日は気が乗らないみたいですので」
「今日はダメですか」
ハルカのストップがかかると、黙って経緯を見守っていたモンタナが残念そうにぽつりと呟く。
相手をしてくれるのならばいい訓練になることをモンタナも分かっているので、ちょっと肩を落とす。
「う……、だ、だめよ」
「そですか……、じゃ、アルと訓練するです」
「よし、そうするか」
「あ、いいのね、そう……」
仲良く連れ立って離れていく二人を見て、なんだか仲間外れにされたような気分になって見送るのはカーミラである。だったら最初から訓練を一緒にしてあげればいいのだけれど、別に戦いたいわけではない。
複雑なぼっち心である。
しばししゅんとして、それから気を取り直したカーミラは、再び座っているエニシの方を向いた。
「カーミラよ、よろしくお願いするわ」
「エニシ=コトホギと申します。以後よしなに」
互いに相手を探るような目つきで相手を窺い、ふとそれがぶつかり合ってしまって同時に目を逸らした。
そして目を逸らしたままカーミラが語り掛ける。
「あなた、畑仕事をしている子たちと仲良くしているとか?」
「ええ、まぁ……。あ、いえ、カーミラさんのことは彼らからよく聞いています、そちらの関係をお邪魔するような意図はなく……」
ハッと気づいたようにエニシは早口で言葉を紡ぐ。
しかしカーミラは決してその行為を責めているわけではなかった。どこか誇らしげに顎を上げて笑って言う。
「いい子達でしょう」
「いい子……? え、ええ、いい人達ばかりで……」
「そうでしょうそうでしょう」
「え、あ、はい、ありがとうございます」
女の嫉妬は思わぬ軋轢を生むことを、エニシはよく知っていた。
だからこそ拗れる前に何とか未然にと思っていたのに、どうも様子がおかしい。
「あの子達、最近よく頑張ってるのよ。ここに連れてきてよかった。仲良くしてあげてほしいわ」
カーミラにしてみれば彼らは男ではなく、自分を慕ってついてきたかわいい子達、くらいの感覚だ。それが新しい住人が来て充実していると言うのなら、カーミラから文句なんてありやしない。
「は、はい。仲良くしてもらいます……」
自分の持っている常識では状況を理解できないエニシは、目を白黒させながらも、嫌われていなさそうなことにほっとしながら頷くのであった。