軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

トラブルがやってきた

〈オランズ〉の冒険者ギルドは夜になっても入り口に錠がかからない。

ハルカも当時世話になった冒険者の宿舎と内部でつながっているため、閉めたところで冒険者は自由に出入りできるのだ。だったら最初から全部開けておいて、大事なものだけきちんと保管しておけばいいという、やや乱暴な発想でこんなことになっている。

もし冒険者ギルドに盗みに入ってそれがばれた場合、大陸規模で指名手配されるわけだから、そんな勇気のある者もいない。

そんなわけでハルカは、堂々と正面からギルドへ入り、そのまま受付へ歩いていく。

ギルドの夜の番人は、若いギルド職員が担っている。

日中の仕事より楽な割に日給が良くなるので、それなりに人気はあるようだ。

ただ今日のようにトラブルが起きると一人で対応をしなければいけなくなる。夜を担当するギルド職員はそんな日を『はずれ』と呼んで当たらないことを祈っていた。

今日の夜番担当の若手職員は、扉が開く音を聞いて体をびくりとはねさせた。

受付の内側に燭台を持ち込み、毛布をかぶって本を開いているうちに、いつの間にかうとうとしていたのだ。

誰かが来たのはわかったけれど、宿舎に向かう冒険者だといいなと思いながら、受付の中で身を縮めて声をかけられないことを祈った。

「すみません、どなたか……、ええと……大丈夫ですか?」

灯りが近づいてきたというのに諦め悪く頭から毛布をかぶっていた職員だったが、自分を気遣うような聞きなれない低めの女性の声に、モゾりと動き出す。

「はい、ええと、どうされましたか?」

対応するのは面倒だが、後で怒られるのも嫌だ。冒険者同士のトラブルなら明るくなってからにしてほしい、と思いながら立ち上がると、カウンターの前に美女が二人立っていた。

空中にひとりでに浮かぶ光が、美女二人の肌の明暗をくっきりと映し出している。

それから後ろに少し地面から浮いたまま座って項垂れている武装した男が三人。

情報量に圧倒された職員は、しばし固まってから先輩から幾度か聞いた話を思い出す。

〈オランズ〉の冒険者ギルドには、特級冒険者が一人登録をしている。

浅黒い肌と長い銀色の髪に、赤い瞳を持ったダークエルフの美女。属性がもりもり過ぎて一度聞いたら忘れるはずもないそれを何度も聞かされているから間違いようがない。

遠目に見たことがあったハルカ=ヤマギシその人だった。

「夜分遅くにすみません。〈黄昏の森〉で冒険者と木こりを襲ったものを三人捕まえてきました。詳細はラルフさんに話そうと思いますが、ひとまずギルドにある牢で預かっていただけないかと」

「あっ、あっ、すみません! 今すぐ対応します。牢ですね、あの、ラルフさんに報告してきてもよろしいでしょうか!?」

「もう寝てるのでは……?」

「緊急事態の時はいつでも起こしていいと言われています!」

「家まで行くのに時間がかかると思いますし、牢さえ開けていただければ明日出直しますが……」

「最近はこちらに住んでおりますので!」

職員は燭台片手に慌てて奥へ引っ込んでいく。

若手職員は、冒険者という稼業につかない程度には賢くて臆病だった。特級冒険者が持ってきた問題に今すぐ対処しなければいけないという気持ちと共に、自分一人で責任を負いたくないという逃げの姿勢が加わった結果の素早い脱出だった。

なかなか判断が早いので、冒険者になっても案外長生きしそうな青年である。

いつの間にか支部長にされていたラルフは、最初に支部長室を改造して寝室と生活空間を取り付けた。【本の虫】イーサンが、大量に私物の本を保管していた部屋を片付けていったおかげで、十分に暮らしていけるスペースは確保できていたのだ。

ドアを激しくノックする音に体を起こし、ため息をつきながらベッドから抜け出す。隣にいる妻も目を覚ましていたので「仕事だと思う」と言うと、寝ぼけ眼で「気を付けて」と声をかけられた。

仕事が忙しいながらもなかなか穏やかな生活を送っているようだ。嫉妬深い女性だったけれど、結婚をしたとたん、穏やかで夫を支えるいい妻に早変わりしたのは、ラルフにとっても嬉しい誤算だった。

「どうした?」

軽い身支度をしながらドア越しに問いかけると、落ち着かない早口の報告が戻ってくる。

「特級冒険者ハルカ=ヤマギシさんが、〈黄昏の森〉で悪さをしていたものを捕まえたと! 兵士のような武装をしたものを三人連れていました!」

「今行く」

すぐに扉を開けて廊下へ出るが、寝室からじっと妻が視線を送っていることに気が付き、ラルフは一度止まって声をかける。

「心配だったら一緒に来る?」

「待ってるわ」

やや目つきが怪しかったけれど、やましいところがなければ大丈夫。

やや気持ちが高ぶっているけれど、それは事件に対応するからであって、久々にハルカの顔を拝むからではない。ラルフはそう言い訳をしながら、若手職員を引き連れて廊下を急いだ。

「あ、ラルフさん、夜に起こしてしまってすみません。この人たちを牢にいれたら、事情は明日説明するつもりだったんですけど……」

「いえ、すぐに聞きます。けが人はいませんか?」

「レートンさんが怪我をしていましたがもう治しました。もし私たちがたまたま遭遇していなかったら、冒険者三人と木こり五人が犠牲になっていた可能性があります」

「……詳しく聞きます。場所を移しましょう。君はここで夜の番を続けて。後は私が対応するから」

「はい! ありがとうございます!」

廊下へ消えていく支部長ラルフと、二人の美女、項垂れた三人の兵士を見送って、若手職員はほっと息を吐いた。

ラルフは若い支部長だけど、冒険者上がりのしっかり者で頼りになると評判だ。

あとは任せておけば大丈夫。

若手職員は再び床に座り込み本を開こうとして、どこまで読んだかわからないことに気が付いた。

仕方ないので朝までまたうとうとしようかなと、燭台を受付の上において毛布をかぶる。

トラブルに見舞われても平然といつもの行動に戻れる若手職員は、やはり案外冒険者に向いた性格をしているのかもしれなかった。