作品タイトル不明
血の提供
ハルカは特に用事のない日でも、日が昇ってしばらくするとパチリと目が覚める。照明の少ないこの世界では、夜ふかしすることの方が少ないので、それでも睡眠時間は十分に確保できている。
街にいると鐘の音がして時間が知らされるのだけれど、拠点にいるとそんなものは鳴らないから、みんななんとなく起きてなんとなく活動を始める。
朝に弱いモンタナも、用事がないからといっていつまでも寝ているわけではなく、大体の場合ちゃんと体を起こして、それからうつらうつらとしている。
アルベルトは朝一番に起きて訓練をして、川でジャブっと軽く汗を流してまたそのへんで眠ってから朝食をとっているようだ。
ハルカが活動を始めた頃には水浴びしているか、すでに眠っていることが多い。
コリンはハルカより少し後に目を覚まして、どこかで眠ったりすることもなく、夜まできちんと活動をしている。
旅に出るとおはようとおやすみのリズムがほぼ一緒になるハルカたちだったが、拠点にいると案外好き勝手しているわけだ。
午前中のどこかでみんなで訓練し、午後はのんびりそれぞれの時間を過ごす。
ハルカの場合は、ナギを含め子供達を構ったり、ノクトやイーストンなどの年長組と会話をしたりして過ごしている。
そんなわけで今日も一日が始まったのだが、逆にこの時間からおやすみのものもいる。
イーストンはハルカたちに多少合わせているからか、昼過ぎに起きてきたりするのだが、カーミラは違う。
当然のように日が落ちた頃に目を覚まし、朝方になると眠ってしまう。特別なことがない限り彼女の生活リズムはあまり変わらない。
誰が咎めるわけでもないから変わらなくても当然だろう。
まぁ夜の拠点を守ってくれてると思えば、そう悪いことでもない。千年生きた吸血鬼なんて、この世界の基準からしても相当上位の戦闘力を持つ生き物だ。
たとえ一人であったとしても、小さな集落程度の拠点を守るためには過剰な戦力といえよう。
「おはようございます、お姉様……」
そんなカーミラが今日はハルカの起床を待っていたようだ。愁を帯びたような表情は遠目から見てもひどく魅力的だったけれど、その実はただ眠たいだけだ。
美形というのはそれだけで良く見られるものである。
いつの間にか木陰に用意された安楽椅子に腰掛け、肘掛けに体重を預けて体を少し傾けている。
「珍しいですね、この時間に外にいるのは」
朝日が出ると同じくして部屋に引き篭もりがちなのがカーミラだ。脱力しているとはいえ外にいるのが不思議だった。
「お姉様とお出かけするでしょう? だから起きている時間を少しずらそうと思って」
「だいぶだるそうですね。……以前より日に弱くなっていませんか?」
出会った頃は昼間に活動してももう少しだけ元気だった気がして、ハルカは首を傾げた。屋内にいたとはいえ、最初に戦闘したときだって昼間だった。
それでも普通に動いていたし、十分な膂力を発揮して戦闘していた、ような気がする。そこまで脅威を感じていなかったから、もしかしたら違ったかもしれないと思ったハルカだが、それは口に出さなかった。
障壁に囲まれてワタワタしていたような記憶があるのだけれど、それを正直にカーミラに伝えると傷つきそうだ。
「ちょっとだけ弱くなったわ。人の血をもらわないとこんなものよ」
「ああ、それでですか……。別に私の血であれば分けてあげてもいいんですが……」
常に貧血みたいな状態を想像すると、割としんどそうでハルカは同情していた。悪いことをしないとわかっている以上、不自由をさせたくない。
「……勝手に血を吸わないって約束したし」
「勝手ではないのでいいのですが、問題は私の血は多分吸えないことですね」
「どういうことかしら」
「カーミラは血をどうやって吸うんです?」
「それは、首元をがぶっと」
「でしょう? 多分歯が立たないと思うんですよね。私、一度も血を流したことがないんです」
「それは、なんか強化をしてるからでしょう? それを解いてもらえれば……」
「解き方がわからないんです」
横並びで喋っていた二人だったが、互いの方を見てしばし固まる。
カーミラは何を言ってるんだろうと考えながら見つめていたけれど、ハルカには別にふざけた様子もない。
「……試してみてもいいかしら?」
「別に構いませんよ」
減るものでもあるまいし、と思い承諾したハルカだったが、気だるげに立ち上がり、いざ正面に立たれると緊張する。
なにせカーミラは絶世の美女だ。何かとんでもないことを言ってしまったんじゃないかと、考えているうちに肩に手が置かれた。
普段が間抜けで情けない様子だから、すっかり保護者気分で、カーミラの容姿や性別のことを完全に失念していたハルカが悪い。
「あの」
「やっぱり嫌?」
「いえ、なんか正面からだと恥ずかしいので、せめて後ろからにしてもらえます?」
「別に構わないけど……、何か変わるかしら、それ?」
今更断るのもと思っての提案を受け入れたカーミラは、ハルカの背後に回って再度体を寄せた。
呼吸を感じるくらいにカーミラの顔がハルカの首筋に近づく。
そして歯と唇が触れ……、何度か喰んだ後にカーミラは体を離した。
「……ほんとに駄目ね、驚いたわ」
「でしょう? 他に血をくれる人がいればいいんですけど」
普通にカーミラを慕ってやってきたものたちだったら喜んで何リットルでも差し出すだろうに、寝起きのハルカと眠たいカーミラは気づかない。
少し離れた場所で、すでに朝の一仕事を終えたフロスが、先ほどの光景を見て口を開けて固まっていることにも、やっぱり二人は気づかないのだった。