作品タイトル不明
ナギがかわいい話
「そうですか……、もう帰ってしまうんですか……」
しんみりとした顔で肩を落としているのは、オーヴァンでもディタでもない。工房の職人たちでも、パッソアでもない。
では誰なのかというと、数日間ナギの周りで見張りをしてくれていた兵士たちのまとめ役である。他の兵士たちから隊長と呼ばれている四十くらいに見える清潔感のある男で、鼻の下の髭にこだわりがあるのかきれいに整えられている。
「いやぁ、最初は怖かったんですけどね。いざ近くで接してみると、こちらの話すことを理解しているかのように反応を返してくるじゃないですか。竜は賢いと聞いたことがありましたが、これほどまでとは思いませんでした」
「随分と良くしてくれていたんですね、ありがとうございます」
珍しくナギのかわいらしさを理解してもらえていてハルカも大満足だ。いつも通りのお土産を手渡しながら、もっといいものたくさん買ってきてあげればよかったと思っているくらいだ。
「いえいえ、こちらこそいい時間を過ごさせていただきました。大きな声じゃ言えませんが、この仕事も面白いことばかりではありません。怖がられたり叱ったり、嫌なこともたくさんあります。しかし、ここで過ごした時間は穏やかでした。この子を見に来る人たちもおっかなびっくりながらも楽しそうで……、私の存在など気にしていないようだった。体が大きく存在感がありますから、いなくなったら寂しいでしょうね」
ナギがずずずっと地面に顎をこすりそうな動きで首を伸ばし、話している兵長の近くに顔を寄せる。
「おお、こんな近くに来たのはじめてだ」
「撫でてあげてください」
「いいんですか? ……よし、元気でな、また遊びに来るんだぞ」
鼻の先を撫でられたナギは、喉の奥でグルグルと音を出して、ゆっくりと首をひっこめていく。ナギもこの兵長が自分に好意を持ってくれていることを理解しているのだろう。
「あまりお引止めしても悪いですね。それでは、帰り道もお気をつけて」
「はい。皆さんもお怪我などないようにお気をつけて」
ハルカはちらりとナギの近くで出発準備をしているコリンを見てから、兵長との距離を詰めて小声で告げる。
「何か困ったことがあったら【 竜の庭(ドラゴニックガーデン) 】を頼ってください。……ナギの友達なら、コリンに言って安く依頼を受けられるように……頑張りますので」
仲間たちに断りを入れていない勝手な約束だが、そんなことを言い出すくらいに嬉しかったのだろう。確約できないところがハルカらしい。
「 宿(クラン) 持ちの冒険者の方々に頼むようなことは、起きないほうがいいんですけどね。しかしご厚意には感謝いたします」
二人の内緒話に、他の兵士たちはざわめいていたけれど、振り返った兵長にじろりと見られてすぐにおとなしくなった。
穏やかな表情をやめると、思いのほか迫力のある男である。
「それでは、またいつかいらっしゃることをお待ちしています」
「ええ、ここは仲間の故郷ですので、いずれまた」
長々と話さなかったが、なんとなく心は通じ合えたような気分だった。
兵士長の年齢的におそらく中間管理職なんだろうなぁ、となんとなく親近感を覚えたのもあったかもしれない。
いろんなことがあった〈グリヴォイ〉の街だったが、悪いことばかりじゃなかった。
モンタナは両親や工房の職人たちと仲直りできたし、街の有力者とのつながりもできた。巨釜山の穏やかな巨人とも知り合えたし、こうしてナギを気に入ってくれる奇特な兵長に出会うこともできた。
ハルカの感覚から総評すると、プラスでの終わりと言えるだろう。
ちなみに 宿(クラン) のお財布的にも結構なプラスだったので、コリンも大満足である。
空へ飛び立っていったハルカたちを見送りながら、〈大兵長〉ガルバはふっと顔をほころばせる。
特級冒険者のチーム。大型の飛竜。どちらも一手間違えれば大惨事になるような相手だった。幼いころからの付き合いであるオルメカ伯爵からの無茶な依頼を、無事完遂できたことでようやく少し気を抜いての表情だった。
なんだかんだと言ってここは国境の街だ。そこに配置されているオルメカ伯爵も酒に目がないとはいえ辣腕である。
そして【独立商業都市国家プレイヌ】に侵略の意識はないとはいえ、ここは冒険者が集まってくる武器の街〈グリヴォイ〉だ。商人が乗り込み、冒険者たちが大きな顔をし始めたら、いつの間にか国境線が塗り替わっていてもおかしくない。
絶妙なバランスで成り立っているこの街の兵士たちは、毎日厳しい訓練を積んでいる精鋭である。いざというときは最前線になるかもしれない場所で、油断はなかなかできない。
彼らは軽口をたたきながらも【ドットハルト公国】ヘの忠誠は厚いのだ。
そしてその質の維持をしている中心人物こそ、オルメカ伯爵の右腕であり、軍の一切を任されている〈大兵長〉ガルバである。
そんな〈大兵長〉ガルバは一人呟く。
「本当に悪意のないというべきか、甘いというべきか、そんな御人だった。…………いやしかし、俺も大型でなくてもいいから飛竜を飼いたいもんだなぁ」
独身のまま忙しく生き、御年六十を迎えようという寂しい男の、誰にも言えない本音がポロリとこぼれる。
「隊長、さっきあの美女エルフと何話してたんすか? いいなぁ、俺も話したかったっすねぇ」
「……気楽なものだ」
「何がすか?」
若いけれど実力のある兵士の軽い口調に、ガルバは厳しい顔をすべきかどうか迷い、
結局苦笑を浮かべるにとどめて忠告する。
「お前は一度特級冒険者と手合わせしてみたほうがいい。二度と鼻の下を伸ばしていられなくなるぞ」
「ええ……。めっちゃ優しいし、強そうな雰囲気なかったすけどねぇ……」
「弛んでるな。……さぁ、撤収だ」
ここ数日ののんびりした任務のせいか、随分と気の抜けた発言だ。
明日ボロボロになるまでしごいてやることを心に決め、ガルバは部下たちに向けて指示を発するのだった。