軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ナイフとプライド

人込みを縫って走るのと、空を飛ぶのとどちらが速いか。

当然後者である。

今日もナギの護衛もとい、ナギから街の人を守るという名目で立っているはずの兵士たちは、ふいにナギが首をもたげたのに合わせて空を見上げた。もはや急に動き出しても怖がったりはしない。動物園の飼育員さんさながらの気分である。

門の近くにまで謎の飛行物体が飛んできていることに気が付いた兵士は、一瞬臨戦態勢をとったのだが、その上に太陽光をきらりと反射する長い銀髪のダークエルフを見つけて肩の力を抜いた。

「お前のご主人は空も飛ぶんだなぁ」

兵士の一人がぽつりと言うと、ナギは喉をぐるると鳴らして答える。残念ながら手前で降りてしまったハルカたちを確認して、ナギはそっと鼻息を漏らして顎を地面につけた。

「まぁ夜になったら戻ってくるだろ」

気落ちしているように見えるナギに、他の兵士が慰めるように言うのであった。

街の広い道沿いにはいない。

西門では見てない。そこから街の上を飛び回って各門を確認したけれど、ゴンザブローが外へ出ていったのを見た門兵はいなかった。かといって道を歩いているのも見かけない。

念のため門兵に頭を下げて、ゴンザブローを見つけたら引き留めてくれるようお願いしたけれど、どこまで効果があるかはわからない。

もし来たらいい酒をおごると伝言を託しているから、見つかる可能性の方が高いはずだけれど。

実はどこに宿泊しているのかさえ知らないから、思い当たる場所はもうほとんどない。しかし最後の一手と思いやってきた大型酒造場で、ハルカたちは思わぬヒントをもらうことになった。

「ああ、あのドワーフみたいな爺さんか。樽ごと買ってくから何かと思ったら、旅に出るとか言ってたぜ。あんなもん担いで旅なんて冗談だと思うけどな」

「い、いつ頃ですか?」

「今朝がただな。街で飲む分にはいいが、外に持ち出して商売するならちゃんと納税しろよって言ったらな、壁越えて出てくとかふざけたこと言ってたぜ。別に大した納税額じゃねぇんだけどなぁ」

「……ありがとうございます」

頭を下げて外へ出ると、アルベルトが、街の外壁を睨んで言った。

「これもういねぇな」

「しかもどっちに行ったかもわかんないんだよねー……」

「あの人、ちゃんと道を歩いて旅してますかね?」

最悪最高スピードでこの街から延びる道をしらみつぶしに探せば、数日以内に見つかる可能性はある。だがそうまでして得るべき情報なのか。

「わかんない」

「……諦めましょうか」

ハルカは二人が頷いたのを確認すると、冒険者ギルド方面へ歩き出す。コリンは、こんなことになるのなら、親方衆の会合に紹介するとでも約束してやればよかったと後悔したが手遅れである。

ギルドへ戻りゴンザブローの所在についてパッソアに報告。

パッソアとしてもそこまで切迫して事情を知りたかったわけではなかったので、捜索を断念。もしまた出会うようなことがあれば聞いとけばいいかというのが、全員の結論となった。

そうなると交渉が終わっている以上、もうこれ以上冒険者ギルドとのやり取りは必要ない。

少し早い時間だったので、アルベルトの言うがままに街の武器屋をふらついて、日暮れ間際にマルトー工房へやってきた。すれ違いで昨日助けた若い鍛冶師であるベックが現れる。

下を向き眉間に皺を寄せており、足取りは荒い。

ハルカたちのすぐ近くまで歩いてきたベックは、自分の行く先がふさがれていることに文句でも言ってやろうと顔を上げた。

当然罵倒の言葉は出てこなかった。

ただ俯きあとずさり、そして道を空ける。

ハルカたちは何も声をかけずにその前を通り過ぎようとした。

「な、なあ!」

後ろから声をかけられてハルカたちは振り返る。

「金、待ってくれないか!? もうあと少しで自分の工房を開けるんだ! 工房が軌道に乗ったら必ず金は払う! なぁ、頼むよ」

もしベックとハルカたちの間に何の関係もなければ、あるいはハルカくらいは検討してくれたかもしれない提案だ。しかしこの期に及んで言い出すようなことではない。

怒っているのか悲しんでいるのか、ベックの表情は変に歪んでいた。

コリンがなんと言って切り捨ててやろうかと考えているところで、アルベルトが尋ねる。

「お前鍛冶師なんだろ。なんか作ったもんとか持ってねぇの?」

「ちょっとアル?」

コリンの曇った顔も相まって、交渉の余地がある言葉に聞こえたのだろう。

ベックは懐を漁って一本のナイフを取り出し鞘から抜いた。

ハルカの目からは、刃が分厚くがっしりとしており、持ち手の装飾も工夫されていて悪くないものに見える。

「見てくれよ、悪くないだろ!?」

必死の形相で前のめりになって売り込むベックは、今にもそのナイフを突き出してきそうな怪しい雰囲気を醸し出していた。

アルベルトはナイフに顔を寄せてまじまじと見た後、頬をぽりぽりとかく。

「悪くねぇな」

一級冒険者の剣士が言うことだ。言うならば鍛冶師とは別のサイドにいる刃物の専門家である。

ベックは興奮した様子で顔面を紅潮させてさらに身を乗り出す。

「だ、だろ! だったら……」

「でも良くもねぇな」

「……は?」

ベックの顔から表情が消える。

「丈夫そうだけど数打ちだろ。初心者冒険者とかが最初に買うナイフとしちゃ丈夫そうでいいんじゃねぇの」

「……にしやがって」

ベックのぽつりとつぶやいた声が耳に届き、ハルカはぎょっとする。

アルベルトの言葉に相手を馬鹿にする意図はない。思ったことをそのまま言っただけだ。ただ時に正直な言葉は、最も深く人を傷つけるナイフとなるようだ。

ナイフを握っている手にこれまで以上に力が込められて、暗い炎を宿した目がアルベルトを睨んでいた。

ベックが常に持ち歩いていたナイフの一振り。

それは自らが打った渾身の一振りだった。これをもって駆けずり回り資金集めをして、もう一押しで工房を立ち上げられるというところで、貸主を見つけられなくなった。

時間がたてばたつほど借りた金が膨らみ、どうにもならなくなったところで商人から話をもらった。

危険はありそうだが、危ない橋くらい渡らなければどうにもならない状況だった。マルトー工房にいたという実績で、先輩風を吹かせて連れまわしていた後輩を誘う。

いざというときの盾にするつもりだった。少しだけ心が痛んだが、もし生き残れば自分が工房を建てたときに職人の一人として雇ってやるつもりだった。

すべてがうまくいかない。

仕方なく古巣に金の無心に来たが、けんもほろろに追い返された。

むしゃくしゃしたまま外へ出てきたら、顔も見たくない三人組に出会ってしまった。勝てないとわかっているから仕方なく道を譲ったが、内心悔しい思いだった。

プライドをかなぐり捨てて頭を下げて頼んだ。

ここまでしてるのだから頼みぐらい聞いてもらえるだろうと思ったところで、考えの浅そうな剣士がうまく引っかかってくれた。

これで逆転できる。

ここからうまくいく。

そう思った矢先の、アルベルトの言葉だった。

頭が真っ白になり、それから目の前が真っ赤に染まるほどの憤りを覚えた。

自分の傑作を馬鹿にされたのが許せなかった。

衝動的にナイフを両手で握りこみ、そして目の前にいる若者に……、とそこでベックの意識は途絶えた。

アルベルトに当たり前のように殴り飛ばされたベックが地面に伸びている。

一般人が上級の冒険者を何とかできるなんて考えは、あまりに世間知らずだ。

アルベルトは伸びているベックの下へゆっくりと歩み寄ると、顔の近くで普通に足を上げ、それを思いきり振り下ろす直前にハルカに腕を引かれて一步後ろへ下がった。

バランスを崩しかけたアルベルトだったが、すぐに体勢を整えると振り返って抗議する。

「なんだよ、邪魔すんなよ」

「な、な、なんだよって、今殺そうとしませんでした!?」

「だってこいつ俺のこと刺そうとしたじゃん」

「ま、街の中なので、兵士に任せましょう。アルが罰を受けることになっちゃうかもしれませんから」

「そだねー、ほら、街の人も見てたしそれでいいんじゃない? 全体的に反省もしてないみたいだし、パッソアさんとか伯爵様によく言っておけばちゃんと対応してくれるでしょ」

「……俺殺せそうなほど弱く見えるか? 気に食わねぇ」

ぶつぶつと明後日の方向を向いて文句を言いながら、アルベルトは地面の砂をベックに向けてけり上げるのであった。