作品タイトル不明
壊れず
障壁で囲ったはずのゴンザブローが、唐突に岩に服を着せたものに変わる。
ぐるりと一回転しながらも、そのあとに来る衝撃に備えなくてもいいハルカは、意外と冷静に状況を把握しようとしていた。
ちりりとこめかみに走った痛みからして、何らかの闇魔法的なものを使われたのは間違いない。そちらに気を取られている間に、驚くべき速さで接近されていたということになる。
つまり最初に見せられたゴンザブローの移動速度がそもそも本気ではなかったということだ。それですら常人離れしていたものだというのに、本当に巧妙な老人である。
この戦いは相手を大怪我させてまで勝つ必要のない戦いだ。
負けたって仲間が傷つかない。自分も傷つかない。お財布が痛むくらいのものだ。
このまま、そう思って流れに身を任せようかと思ったところで、逆さまになったゴンザブローの表情が見えた。
そこに見えたのは、退屈、失意。
戦う前にゴンザブローが『手加減はせんでくれよ』と言ったことを思い出す。
本当にこれでいいのかと、自問。いや、よくないとすぐさま自答。
答えたのは理屈や道徳ではなくて、冒険者として育ってきたハルカの感性だった。
空中で急停止。空を飛べるのだからそれくらいできる。
そうして体をひねり、つかまれている腕を振って逆にゴンザブローを地面へ叩きつけようとする。
腕にかかる圧力がパッとなくなり、ハルカが地に足を付けたときにはゴンザブローが空中で体を縮めてぐるぐるとまわっていた。
魔法で加減ができないなら接近戦をすればいい。ハルカはゴンザブローの着地点へ向けて走り出す。
接近戦ならば多少怪我をさせても即座に治せば死には至らないことをハルカは知っている。
小さな体をバウンドさせるように地面に着地したゴンザブローは、いつの間にか褌一丁になっていた。さっき闇魔法を使ったときに偽物に服を着せたようだ。
「ふはっ、訳が分からん! ふはははは!」
最初と同じように歯茎をむき出しにしたゴンザブローは、すぐさま地面を蹴ってハルカの下へ走り出す。
ハルカは格闘術なんか大して知らない。コリンに習っているがセンスが欠片も無いようで、結局いつも力任せだ。そして、力任せでコリンの技をしのぐことができるのをハルカは知っている。
肩辺りを狙って突き出した拳は、容易にゴンザブローの手にからめとられる。
そのまま肘を逆方向に曲げようとしたゴンザブローは、その異様な丈夫さに驚愕した。折れない。
ゴンザブローは野蛮人のように見えて合理をもって戦っている。
使うのは己の力の前に相手の力だ。
どんなに鍛えているものでも、身体強化しているものでも、相手の突きの勢いを変換し自分の力さえ乗せてやれば、腕の一つくらいへし折ることができる自信があった。
へし折れない理由は、相手が本気を出していないか、この世の理に反するほどに丈夫かのどちらかだ。
一つ失敗すれば次の手段。戦場で生きてきたゴンザブローは呆けることが死につながることをよくよく理解している。今度はハルカの腕に飛びつくと、その全体重をかけて、力の方向を地面へと変える。
体をぐるりと回転させれば、そのまま肩の一つくらい外してやれるだろうと企てていた。
自身も地面にたたきつけられることになるが、覚悟しているダメージと不意のダメージは衝撃が違う。ハルカより早く立ち直って次の動きに移れる自信があった。
しかし衝撃は来ない。どころか、動きが完全に停止した。
力の流れとか、合理とか、そんなものが関係ない存在に、ゴンザブローは久々に遭遇した。
関節があれば外せるし、つなぎ目があればへし折れる。
弓矢は払う。魔法はよける。剣はへし折れるし、打撃武器は正面から向かい打てばいい。
だがこれは違う。
というかそもそもこいつ魔法使いだろ、意味わかんねぇ。というのが素直なゴンザブローの感想だった。
外せない、折れない。このサイズにして壊れないもの相手にどう勝ったらいいのか。それを考えた一瞬のすきに、ハルカの腕がブンと振られ、ゴンザブローは地面にたたきつけられた。
覚悟から一瞬ずれた一撃。
それでも丈夫なゴンザブローは大したダメージを受けていなかった。
ハルカも反応を見てそのことに気が付いている。
もう一度たたきつけるために腕が振り上げられたタイミングで、ゴンザブローはその力を利用して空中へ逃げた。本人は作戦を立てるための一時的な撤退と考えたけれど、それは理解できない物に対して距離を取るという明確な逃げであった。
空中を飛んでいる間に、唐突に体に何かがぶつかる。
自由落下が止まり、空中で箱の中に閉じ込められたような形だ。先ほど自分も乗った空中に浮く板の魔法。障壁に閉じ込められたことがわかる。
即座に破壊しようと動き出し、それをしながらもハルカの次の動作を見逃さぬよう目配りをする。
そしてゴンザブローは動きを止めた。
ふりかえってじっと自分の方を見つめるハルカが、息一つ乱さず、ゴンザブローの次の動作を待っていることに気が付いたからだ。
いつでも殺せる。
それを悟ってゴンザブローはだらりと障壁の中に座り込んだ。
「あーあー、降参じゃあ。世の中広いのう。特級冒険者とかいう奴らってやっぱ面白いのう。ふはっ、ふははははは」
今度の笑いは獰猛なものではなく、本当にただ笑っているだけのようだ。
ゴンザブローはハルカが障壁を地面に下ろす間も、楽しそうにずっと笑い続けるのであった。