軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

他所の街

〈グリヴォイ〉の街では、あちこちから煙が上がっている。

金属のぶつかり合う音と合わせれば、この街らしい風景になると言っていいだろう。

ハルカは日本でも似たような光景があっただろうかと、もはや随分遠くなってしまった記憶を漁る。温泉街ならもしかしたらこんな景色もあったのだろうかと思うけれど、旅行にいった記憶なんかないのであくまでそれはテレビの中の光景だった。

なんにせよ観光しがいのある景色である。

ハルカが煙突から昇る煙を眺めて歩いていると、トンと何かと肩がぶつかった。混みあった通りをよそ見していたらそんなこともあるだろう。

「すみませ……」

「ああああ、いたたたた」

謝ろうとした瞬間、その声を地面を転げまわる女の大声でかき消された。

ハルカが目を丸くして固まっていると、女はよろりと立ち上がる。

「どうしてくれんの! 肩が外れたら仕事にならないじゃない!」

ハルカの脳内に当たり屋という単語が浮かんだのだが、自分の丈夫な体が思っていない力を発揮して相手を傷つけた可能性は十分にある。一応確認と思って一歩近づくと、その女はじりっと一歩下がった。

馴染みのある〈オランズ〉の街でこんな馬鹿な真似をする者はいないが、ここは〈グリヴォイ〉。ハルカの容姿や経歴を知るものはほとんどいない。

「なによ!」

「いえ、怪我の状態を確認しようかと」

「確認したからってどうなるのよ! お金払いなさいよ、お金!」

「お金よりも治した方がいいと思うんですけど……」

注目されるのが嫌なので、早く事を収めてしまいたいと思っているハルカだが、どうやら相手はそうでもなさそうだ。わざわざ大きく動いて、周囲の目を集めている節がある。

どうしようかなと腕を上げたまま考えていたところ、女の側頭部にアルベルトが大剣を鞘ごとたたきつけた。

もちろん加減はしているから、頭部が変形するようなことはなかったが、その一撃は綺麗に女の意識だけを頭の外へ放り出させたようだった。こぶくらいはできているだろう。

倒れる前に女を支えたハルカは、念のため外れたと言っていた肩を触って確認してみる。当然怪我をした様子はなかったが、念のためアルベルトの一撃による怪我も想定して、全身に治癒魔法を施す。

これで体の調子は万全のはずだ。

幾人かの暇人は、これからどうなるのかとその場に残っているようだったが、多くの人はそのまま立ち去っていく。すでに収束した争いになんか興味はないし、彼らだって用事があって外へ出ているのだから、いつまでも構ってなんかいられない。

「こいつ冒険者だろ」

「そうなんですか?」

「首から下がってんの冒険者証だろ」

「ええっと、そうみたいですね。どうしましょうか、この方」

「よし、邪魔にならないところまで運ぼう!」

「運んでどうするんですか?」

「うーん、話してから考える」

ハルカはコリンの言に従って、できるだけ丁寧に女性を抱き上げ路地の裏へ向かう。まるで人さらいだなぁと思いながらも、相手を害すつもりはないのでそれほど後ろめたさはない。

アルベルトの不意打ちはともかく、そもそも相手が先に仕掛けてきたことだしと思えるくらいにはハルカもたくましく、冒険者らしくなっていた。

師匠ノクトによる『治ればなかったと同じ』理論が、仲間たちの訓練に付き合い続けているせいで、徐々に思考を蝕んできている。

この世界においても怪我はしたくないものだし、治ったからといってなかったことになんて当然ならない。

路地裏に入って、意識を失っている女を壁によりかからせて座らせると、コリンがしゃがんでぺちぺちと頬を叩く。しばらくして目を覚ましそうなタイミングで、コリンは立ち上がって、後ろで見ていた二人に並んだ。

「……う、何が……」

目を開けた女は、場所が一瞬にして変わったことに混乱していた。

三人の足が見えて顔を上げると、先ほどまで金をたかろうとしていたハルカが自分のことをじっと見下ろしている。

しくじったんだと思った瞬間、逃げ出そうと周囲に目を走らせたが、隙だらけに見えるハルカ以外が気になって逃走経路を定められない。

「ええと、肩には怪我はしていないようでした。人通りの邪魔になるのでここまで運ばせてもらいましたが……、悪さは程々にした方がいいと思います」

「あ、あたしをどうしようってんだい?」

「あんた冒険者でしょ?」

緩そうなことを言ってくるハルカに活路を見出した女は強気に言い返してみるが、すると横にいたコリンから返事が来てしまった。

「そ、そうだけど……」

「なんであんな孤児みたいな真似してるわけ?」

「……聞いてくれるかい?」

これは事情を話せば何かおこぼれでもあるのではないかと期待をした女は、突然にしおらしい顔を作って、媚びるようにコリンへ上目遣いをした。

コリンはにこりと笑って答える。

「うん、聞いてあげる」

女にはもう話すしかできることがない。

この街にはある人物の護衛としてやってきたこと、そして途中で足を怪我して、護衛として役に立たなくなって契約を解除されたことを話した。

チームの仲間も付き合いが長かったわけではなく、役に立たなくなった女を街までかばってくれはしたものの、そこから先は勝手にしろという話になってしまったのだとか。

珍しいことではないが、ハルカならば同情してしまうくらいの話だった。

「ふーん、地元の人だったらいい情報持ってるかと思ったんだけどなぁ」

コリンの言葉を聞いた女はあっさりと話したことが無駄だったと悟り、再び逃げ道を探す。いくつか候補を無理やり作ってみるが、やはり今の怪我をした足では逃げ出すのが難しい。

破れかぶれの当たり屋も失敗して、もう女はすっかり嫌になって体重を背中に預けることにした。ハルカを身なりのいいぼんやりとした女性だと思って絡んでみたが、どうも見る目がなかったらしい。

少なくとも隣に凄腕が控えていると気づかない程度には視野も狭くなっていた。

恵まれない環境から一獲千金を夢見て挑戦した冒険者も失敗、こうなれば後は浮浪者としての短い生を終えるしかない。

春を売るには少々とうがたってしまっている。

まして格上の冒険者に喧嘩を売って、無事に帰れるはずもない。

別にハルカたちは女にひどいことをするつもりはなかったけれど、コリンが考えている間に女はますます悲観的になっていく。

アルベルトなんかはもうめんどくさくなっていて、通りの方ばかり気にしているがそれにも気づけなかった。

そんな折、ハルカが口を開く。

「あの……、足なら治っていると思うんですが……」

それを言われて初めて女は気が付いた。

じくじくと膿んで、痒みと痛みを絶え間なく訴え続けてきていた足が、今は何の音さたもない。

慌ててズボンをめくってみると、そこには傷一つない、怪我をする前の足を見ることができた。

「……は……、夢……?」

「足が元気なら冒険者を続けられるんですよね?」

女が現状を理解できないでいるうちに、コリンはハルカが足を治したことも含めて色々と考えてみるが、お金につながりそうなアイディアは見つからなかった。本人が何か持っていれば話は別だが、売ってしまったのか武器すら持っていない。期待するのは難しいだろう。

ならば恩だけでも売っておこうかと思ったが、ハルカの治癒魔法が変な風に冒険者の間に広まっても面倒ごとになりそうだと思う。

あてが外れた。

そんなこともあるか、と思考をバッサリ切り替えたコリンは、二人に声をかける。

「ごめん、地元の人だったら色々聞こうかと思ったんだけど……、あっちもどろっか」

「そうだな」

途中で歩き出したアルベルトはすでに女になんてまるで興味がない。

「あ、はい、えーっと……。……体にお気をつけて」

最後に一言相手を気遣った言葉を投げて、ハルカも二人の後を追いかける。

思考の整理がついた女の頭に、その一言がしみ込んでいき、立ち上がって後を追いかけようとした時には、すでにハルカたちの姿は雑踏に消えていた。