作品タイトル不明
顔通し
ハルカが服を着て外へ出ると、そこで待っていたのはヴィーチェではなくカオルだった。ちなみにヴィーチェはさっきエリに連れられてどこぞへ消えていった。
小さなタライを持ち、首に手ぬぐいをぶら下げて、ゆるい前合わせの服を着たカオルは、そのまま日本人のようにも見える。【神龍国朧】には侍やら忍者やらがいるらしいから、きっと似たような文化がはぐくまれているということなのだろう。
「ハルカ殿でしたか! 湯は、その湯は張ってるでござるか!?」
「あ、いえ……」
自分が上がった時点で栓を抜いてしまったから、今頃ほとんど流れ出しているころだ。排水の音がずずずと響いてきたのが聞こえたのか、カオルはがっくりと肩を落とした。
「抜いてしまってましたか……」
「あ、あの、もう一度いれましょう……か?」
「ほ、本当に……! で、ではなく、いえ、薪がもったいないでござるので……」
「お気になさらず、魔法で入れられますから。ちょっとだけお待ちを」
ハルカは振り返ると、風呂桶を満たすだけの湯をすぐさまに生み出した。少し熱めにしたのは、さめる時間も計算してのことだ。
「はい、どうぞ」
「は、入ってもいいんでござるか?」
「ええ、そのために準備をしたので」
カオルの凛々しい表情がへにゃりと力の抜けたものになり、頭が下げられる。
「……ありがたい! 実は私、湯船につかるのが大好きで。ただ、大陸に来てからは長いこと機会に恵まれず……! うっ、うぅ、なんだか泣けてきた」
ござる口調まで抜けて女性らしい話し方に変わってしまったカオルは、本気で涙があふれているようで、袖で目元をぬぐっている。
「そ、そんなに入りたいのなら、普通に湯を沸かして使ってもいいんですよ? 誰のものというわけではありませんし」
「聞けばこの湯は、ハルカ殿たっての願いで、特級冒険者のクダン殿が建てられたものだとか? ここの主の許可も取らずにそういうわけには、と思ってたんです……」
「これからは気にしないで使ってくださいね?」
「ありがとうございます! 遠慮なく使わせていただきます……!」
「はい、どうぞ」
パタンと扉が閉じられて、衣擦れの音が聞こえてくる。
いつまでもここにいてはまるで変態だと思ったハルカは、頬をかきながらそこから離れようとした。
すると後ろからそっと扉の開く音がして「ハルカ殿」と声をかけられる。
振り返るとそこには、おそらく服を脱いだ後のカオルが、扉から顔だけ出してハルカの方を見ていた。
「あの、良かったら今度御背中流させてください」
「い、いえ、お気になさらず、どうぞごゆっくり」
「遠慮なさらず。恩人の背を流すのは我ら侍の流儀でして……」
少し身を乗り出し肌色があらわになってきたところで、ハルカは慌てて後ろを見るのをやめた。
「風邪をひきますし、男性も歩いていますから! 早く扉を閉めてお湯につかってください」
「むう、そうですか。ではこの話はまた後程ということで」
パタンと、また扉の閉まる音が聞こえてハルカは息を吐いた。
コリンに抱き着かれるくらいは慣れてきたが、まだまだ女性の裸体を見て平然とはしていられない。
できればカーミラにももう少し控えめな服装をしてほしいと思っているくらいなのだ。その点レジーナはほとんど顔と腕しか見えてないし、体を接触させてきたりしないので、ハルカ的にはとっても安心である。
ちなみにサラに関してはまだ小さな子供という認識のままなので、女性というカウントには入っていないようだ。
拠点の屋敷の中には、実はちゃんと食堂やら応接室やらが用意されているのだが、そこがまともに利用されたことは殆んどない。
近所にいる人間全員が知り合いなので、まとめて食事を作って、それぞれ外で焚いている焚火の周りで食べるのが普通だ。
大人数の食事を作る必要があるので、サラの母親であるダリアなんかは、一日の多くの時間を料理に費やしている。
ただ、ダスティンやサラが手伝うことで、家族としての時間が取れることを、本人たちは喜んでいるようである。
夜は全員が集まって食事をした。
その中で新たな住人である、カーミラの元犬の男性たち、それからドラグナム商会のスコットと、連れてこられた老齢の従業員二人がハルカたちに挨拶をした。
常駐する人数が一気に倍以上に増えたわけだが、今のところ特にトラブルもなく平和に過ごしているらしい。
商売柄スコットはその辺をわきまえているし、男性たちはカーミラのために働くのが生きがいだ。トラブルの起こりようもないだろう。
それと同じように、ナディムとシャディヤもそれぞれ皆に挨拶をする。
先住の人たちはみな、それを穏やかな顔で受け入れているようだった。
夕餉が終わると三々五々に人が散っていく。
これはハルカたちが大事な話をするだろうと察して、皆が場所を空けてくれた形だ。
残ったのはハルカのチームと、カーミラ、そしてノクトである。
こういうとき話の進行は大体ハルカの担当だ。
手帳にその日あった大事なことなどを走り書きしているので、それを追いかけることで時系列順に必要なことを伝えることができる。
話が得意なわけじゃなかったのだが、機会が増えるにつれてだんだんと最近は慣れてきてしまった。
「そうですね……、まず最初に、ユーリの身が狙われることはなくなったはず、と報告しておきます」
「それは良かったですねぇ。正直、ユーリがいくらしっかりしているとはいえ、良くない環境だと思っていましたしぃ」
ノクトが頷きながらしゃべり、カーミラも久々の再会となったユーリを膝にのせて頷いている。お腹に手を回してシートベルトだ。
カーミラはユーリがそばにいると周りが穏やかになることに気づいているのか、それともユーリの穏やかな性格が気に入ってるのか、前から結構一緒にいることが多かった。
ハルカとしては、カーミラが美人すぎるので、ユーリの今後の女性関係とかに影響が出ないか心配していた。自分のことは棚に上げて。
まぁ、そうでなくともユーリの心はもともと女性なので、そういった部分がどう成長していくのかは、何とも言えないところなのだが。
「とりあえずそういう前提で聞いてください。では神聖国レジオンで、コーディさんに会ったところからお話しますね」
話すことは二か月分たっぷりある。
今夜はまだまだ長くなりそうだ。