軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

それはそれで迷惑

森から飛び出してくる影が見えたとき、ハルカは咄嗟に障壁を張っていた。進行方向に硬いものを、左右に伸縮性のある網のようなものを。兵士たちは正面から来る大猫の魔物に目を取られていたが、ハルカは空から迫ってくるナギの存在にも気づいていた。

恐らく同じようにナギの存在に気付いていたのは、髭の男、ナスコくらいだろう。

ナスコだけは、大猫の魔物と対峙することに対する余裕があった。

ナギが障壁すれすれに空へ戻っていった時に、ナギに向けて武器を振るうことができたのも、やはりナスコだけだった。背中に背負っていた槍と斧が合わさったような武器を叩きつけたのだったが、果たしてそれはハルカの障壁に弾き返されただけだった。

空をぐるぐると回る竜と、戦う姿勢すらとっていないハルカのことを見比べて、ナスコはため息をついたが、武器をしまうことはしなかった。

「さっきの……、俺の武器を弾き返したやつはなんだ?」

「障壁の魔法です。誤解があって争いになってはいけないので、ナスコさんからもナギからも接触がないようにしておきました」

「お気遣いありがとよ……。それにしても、冗談じゃねぇぞ。あの大猫の魔物は、ここら一帯で被害だしてた魔物じゃねぇか。それがどうだ、相手するどころかただの飯かよ」

「あの……、武器を構えているとナギが怖がって降りてこれないかもしれないので、仕舞っていただけると助かります」

「そんなたまかよ、あのでけぇ竜が」

そうぼやきながらもナスコは武器をしまった。警戒するのも馬鹿馬鹿しくなっていた。

渾身の一振りを防がれた上に涼しい顔。

あの時に攻撃魔法を撃たれていたら、気づかぬうちに全滅していただろうこともわかる。ただ無害だと語るだけならば、街にも国にも被害はない。

そんな竜と冒険者が入ってきていること。それだけ軍の上部に伝えておけばナスコの仕事は済むはずだ。余計な疑念と過剰な正義感が身を亡ぼすであろうことは容易に想像できた。

まして五十人もの兵を連れてきている。

ナスコは部隊の誰一人として腰を抜かしていないことを褒めてやりたかった。

「ってわけだから、武器を抜いている奴はとっととしまえ。っつっても、そんな奴はいねぇか。今から特級冒険者様が可愛らしい大型飛竜を近くで見せてくれるとさ」

「あ、いや、そのなんか仰々しいのやめていただけませんか?」

「こっちは心臓が飛び出るかと思ったんだ、これぐらいで文句言うんじゃねぇ」

覚悟を決めたように腕を組んだナスコは、頭上のナギを睨みつけた。

ナギは光るものが見えなくなったからか、あるいは一番近くにいるのがハルカとユーリであることを確認したからか、降りてくるように決めたようだった。

既にぐったりしている猫の魔物を一度空に放ると、ぐるりと回って落ちてくるまでの間に口でキャッチするという曲芸を見せて、それからゆっくりと地面へ降りてきた。

ちゃんとハルカの前に顔が来るように降りてきたナギは、ナスコのことを警戒しているようで、そちらをじっと見つめていた。

「大丈夫ですよナギ、あれは悪い人じゃありません」

そう言われたというのに、体を少しハルカへと寄せたナギは、獲物をハルカの前へおろした。

血まみれの口は恐ろしく見えるが、ちらちらとナスコの方を横目で窺う仕草は、強者のそれではない。

「ナギ、大きいの捕まえたね」

ユーリが褒めるとナギは鼻先で大きな獲物をハルカの方へ更に寄せた。ここで獲物をくれたと勘違いすると、ナギはちょっと悲しそうな顔になってしまう。あくまで自慢しているだけなのだ。

一度勘違いしたアルベルトがそれをして、しばらくの間恨めしそうに見られていたのをハルカたちは知っている。

褒めてやると、得意げにもっと見てもいいよと寄せてくるのだが、そこは勘違いしてはいけないところだ。

おろしてもらったユーリがナギの顔に近づいていくのを、ナスコはハラハラと見ていたが、一向に悲劇が起こる様子はない。まるで小動物と戯れているようなやり取りに、ナスコは段々と気が抜けてきていた。

と、その時林から何者かの人影が近づいていることにナスコは気がついた。

背丈はそれほど高くないが、肩に大きな武器を背負っている。

その人物は林から出てくるとぴたりと足を止め、ナスコと兵士たちを睨みつけた。

「……んだてめぇら」

小さい体で首をそらして見下すような視線を送ってくる、修道服を着た女。顔には大きな切り傷。

ナスコはその特徴的な人物に見覚えがある。

「……【鉄砕聖女】」

「あ? きめぇ、誰だてめぇ」

以前街に来た時に、冒険者たちと街中で大げんか。数十人を一人でのして、しばらくの間、街の冒険者ギルドの仕事を停滞させた人物だった。今率いている兵士たちの中には、止めに入って返り討ちに遭ったものも数名いる。

数人の兵士がいきり立つのを見て、レジーナの戦闘スイッチがかちりと切りかわる。

「ぶっ殺すぞ」

「ん?」

ぐるぐる言っているナギのせいでよく聞こえなかったが、何か不穏な気配を感じてハルカが覗き込むと、レジーナがイライラしながらナスコたちを睨んでいる。

どうしてこの一瞬のうちにそんな事態になるのかと嘆きながら、ハルカは先にレジーナへ声をかけた。

「レジーナ、竜がいると聞いて危険がないか確認しに来てくれた兵士さん達です。敵じゃありません」

「……でもあいつら今やる気だったぞ」

「不幸なすれ違い、ってことで、いいですかねナスコさん」

「知り合いか?」

「あ、仲間です」

「あいつと?」

「ええ、はい」

「どうなってんだ、特級冒険者ってのは」

確かにハルカが声をかけた途端、レジーナのやる気が下がった。

しかしナスコの知っている【鉄砕聖女】は二言目には手が出る狂犬だったはずだ。誰かに飼いならされるような人物ならば、兵士たちに危険人物として似顔絵を共有されたりしない。

思わずぼやきが出るのも仕方がなかった。

「あ、ほら、こんな感じでナギのことも放し飼いにしているわけではないんですよ」

「なるほどね、うん」

思いついたとでもいうように、やや明るい表情でそんな見当違いの言い訳をされたが、竜を狂犬が見ていたところで危険度が跳ね上がるだけだし、そもそもその狂犬が現れたのは、竜が散々うろうろした後だ。

もし暴れる気があったらとっくに数十人の犠牲者が出ているところだっただろう。

「まぁ、いいか。……んで、なんだ? 買い物して、空飛んでくんだっけか?」

「はい。入国したので、一応国境の街にそれを届けておこうと思いまして」

「いや、律儀だなあんた……」

どうせならそんな遵法精神は発揮せずに、頭上をさっさと通り過ぎてくれりゃよかったのにと思ったナスコだったが、無駄に相手を煽るまいと、口に出すことは控えるのであった。