軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

継いでの依頼

お茶と大きな菓子のタワーが運ばれてきて、デルマン侯爵は立ち上がりソファへ移動する。どっかりと座り込み、お菓子タワーに手を伸ばすとひょいひょいと口に放り込んで、お茶で流し込むように食べていく。

ユーリが目を輝かせてお菓子タワーを見ていると、デルマン侯爵もそれに気がつきぶっきらぼうに言う。

「好きに食え。子供にとやかく言わん」

イーストンがユーリを下ろしてやると、そろーっと近寄っていってユーリが菓子に手を伸ばす。ユーリはデルマン侯爵の顔色を窺っていたが、侯爵はユーリのことなど気にもせずに菓子を食べ続けていた。

小さなマカロンにそっと手を伸ばして口に運んだユーリは、その不思議な食感に目を大きく見開いてから、徐々に表情を緩ませる。

ハルカたちがユーリを見ながら微笑んでいるうちに、山の三分の一くらいが侯爵の中に消えてなくなる。腹の上で両手を組んだ侯爵はソファに寄りかかり、幸せそうにお菓子をついばむユーリを見つめた。

「前に来た時にもいた子供か。成長が早いな」

自分の話題を出されたユーリは咀嚼を一度止めてデルマン侯爵を見上げる。デルマンは微笑むこともせずに鼻を鳴らしたが、出てきた言葉は存外優しかった。

「好きなだけ食べるがいい、ただし気に入ったのがあれば教えろ、いいな?」

こくこくと頷いたユーリを見て、デルマンはようやく笑みを浮かべる。

「聞き分けのいい子供だ。私と話すと大抵の子供は泣き出すのだがな。さて、本題に入るか。手紙をよこせ」

ハルカが預かった手紙をテーブルの上に滑らせると、侯爵はそれの外側を角度を変えて確認して、ポケットから取り出したナイフで慎重に開封した。

短い時間で隅々まで目を通した侯爵は、それを懐に入れて難しい顔をする。

「……ここに来るはずだったイングラム子爵が、何者かに襲われて〈ネアクア〉に行き先を変えたという話はつい昨日聞いた。通りすがりの冒険者に助けられたと聞いたが、お前たちだったか。まったく、余計な借りを作りおって」

無造作に伸ばされた手がクッキーをまとめて数枚つまむ。ストレスが溜まると甘いものを欲する性質なのかもしれない。

「フリーゲルトの若造は私から睨みを利かせておく。寄子の連中にも警戒して外出せぬよう通達しておこう。全く、陛下にはもう少し統治に気を使ってもらいたいものだな。この〈エレクトラム〉は西も南も面倒な連中だ。……ジルの奴から何か聞いているか?」

「……何かとは?」

「さっき茶を飲みながら話していたのだろう?」

「えーっと……、世間話ぐらいならしましたが」

侯爵は舌打ちをして扉の方を睨む。

「余計なことばかり言うくせに、肝心なことは言わん。ここから山を越えて真南にゲパルト辺境伯領がある。そっちの黒髪が指名手配された場所だな」

以前イーストンは、矢で深い傷を負っていた。吸血鬼を追ってゲパルト辺境伯領に入り、なぜか追手を差し向けられていたのだ。その後すぐにここ〈エレクトラム〉に入り、指名手配のことをデルマン侯爵から交渉材料にされたという経緯がある。

「フリーゲルト伯爵の方は、何とかするが、辺境伯領までは手が回らん。あそこはもはや人の街ではないからな」

「……人の街ではない?」

「そうだ。 破壊者(ルインズ) である吸血鬼が支配する人間牧場になっている。住民の多くは気がついていないようだがな」

馬鹿にしたように鼻を鳴らして、デルマン侯爵は続ける。

「こちらからも調査の手を回しているが、もう幾人もが犠牲になった。忌々しいが西も南も敵ではどちらにも手を打ちづらい。ジルの奴を向かわせて〈エレクトラム〉が手薄になっては困る」

「そのことを……、リーサは知っているんですか?」

「……陛下のことか、随分と気安いな。もちろん、我らが優秀な陛下にはご報告させていただいたとも。いつまで私だけにお守りをさせる気でしょうか、と。そうしたらどうだ、ようやく重い腰を上げて応援をよこしてくれたらしい。これで私も安心というものだ」

「……はい?」

「手紙によれば、依頼という形さえとれば、お前たちのことを問題解決の手段として使って良いそうだ。というわけで、ゲパルト辺境伯領の吸血鬼退治、依頼させてもらうぞ」

今更ながら先ほどジルが言っていたことについて理解する。

イーストンへの視線の意味は『正体を知っているぞ』ではなく『指名手配されたお前なら、ゲパルト辺境伯領のことを何か知っているんじゃないか?』という問いかけだったのだ。

「そっか、何かおかしいと思ったんだよね。入った途端指名手配で兵士に追いかけられたから、よく理解もせずに逃げたけどさ。あそこはそんなことになってたんだ」

イーストンがいつもとは違うやや険しい表情で呟くと、意外だとでもいうように眉を上げてデルマン侯爵が尋ねる。

「なんだ、知らずに追われていたのか」

「まぁね。でも、悪い吸血鬼と因縁があるんだ」

「ほう、それは頼もしいな。……どうだ? 金は払う。もちろん依頼は受けてくれるな?」

断られるとはみじんも思っていない、堂々とした問いかけだ。

「僕はどうしても行かなきゃいけない用事ができたけど、ハルカさんたちがどうするか任せるよ」

イーストンが突き放すような言い方をすると、両脇にいたアルベルトがその肩を叩き、モンタナが腕に頭突きする。

「行くに決まってんだろ」

「すぐそういう言い方するです」

「これは僕の問題だから」

しらっとそう言ってのけたイーストンに、ハルカも目を細めて咎めるように続けた。

「イースさん、私たちが依頼を受けるんですよ。いい加減その他人行儀なのはやめてください」

「……やりづらいな、もう」

全員から視線を逃すように、天井を見つめて呟いたイーストンは、面倒そうな態度をとっていたが、ほんの少し口角が上がっているのをハルカたちは見逃さなかった。

あとコリンがハルカの肩をバンバンと叩きながら、変な笑いを浮かべていたが、ハルカは気づかないふりをしたし、デルマン侯爵はなんだこいつという顔で見つめていた。