軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

王様

リストを預かってから、さっそく動き出そうということで、ハルカたちは訓練場へ戻ることにした。リルが戻ってくる前に、エリザヴェータが自分の足で先導してくれた。

「最近じいはどうしているんだ? 一度国に帰ったのだろう?」

本当に必要なことから話した結果、ここまで普通の雑談めいたことは何もできていなかった。本当はいの一番に聞きたかったであろう質問が、帰り際になってようやく飛び出してくる。

「今は私たちの拠点にいます。うちにきた女の子に魔法を教えながら、のんびり暮らしていますよ」

「……それならば私のもとにいてくれてもいいと思うのだがな」

「リーサはしっかりされているので、心配していないのでは?」

「どうだか。……この件が片付いたら、ようやく私も少しはのんびりできるかもしれんな。そうしたらハルカの拠点とやらにも遊びに行ってやろう。……嫌そうな顔をするな」

仰々しく人を連れてこられても困るし、迎え入れるほどの施設もない。あまり雅な人に自由に動かれては悪目立ちをしてしまう。まして突然リザードマンでも来てしまったら大変だ。

そんなことを考えながら返事を一拍遅らせただけで、すぐに表情を見破られてしまった。ハルカとしてはすました顔をしていたつもりだったのでちょっと驚きだ。頬を手のひらで撫でてみるが普段と変わった様子はない。

訓練場までの道すがら、すれ違うものすべてが立ち止まり、エリザヴェータが見えなくなるまで頭を下げる。彼女も当然のようにそれを受け止め、気にもかけずに背筋を伸ばして歩いていく。

やがて開けた訓練場まで出てくると、ナギがこちらに気がつきのっそりと首を上げる。

どこからともなく現れた護衛らしきものが数人そっと現れたが、エリザヴェータがぞんざいに手を振ると、そのまますぐに下がっていった。

「あの竜は大人しいのか?」

「……私はそう思っています」

「そうか。では行こう」

数歩前に進むと、再び現れた護衛たちにエリザヴェータは眉を顰めて低い声で告げる。

「私が指示を出すまでここより先に入ってくるな。訓練場はこれだけ開けているのだ。何者かに襲われる前に加勢に来れよう?」

その中の一人が僅かに顔を上げて答える。

「……竜や近くにいるものたちへの警戒も」

「竜は私の友人である特級冒険者のハルカが安全だと言った。私は友人といるのに警戒せねばならんのか?」

「御身のために」

「うるさい。そこから入るな」

あまりに信用を置かれすぎるのも困ったものだ。背中に恨めしそうな視線を浴びながら、ハルカはちらりとエリザヴェータの方を見た。

「……じいが来た時くらいしか好き勝手話すこともできぬ。ハルカが来た時もその特例をあてはめられるようにしたい」

「私はリーサに信用されるようなことをしていません。彼らの方が正しいと思います」

「……ダメか」

ハルカとコリン、それからモンタナまでもが一瞬ぎょっとするような覇気のない声だった。ぴたりと止まったエリザヴェータに、ハルカは思わず返事をする。

「……だめじゃないです」

「ふむ。こういうやり方のほうがハルカには有効なのだな」

すぐに元気になって歩き出したエリザヴェータを見ると、騙されたのかという気持ちが湧いてきたが、先ほどの落ち込んだような声色が頭から離れずに、何も言い返すことができなかった。

ハルカ達に寄ってきたナギの陰から、イーストンがだるそうに立ち上がるのが見えた。伏せていたナギの陰でくつろいでいたらしく、そのままハルカ達の方へ歩いてきている。

地面に散らばった様々な刃をつぶした武器をまたいで、ユーリを抱き上げたアルベルトも出迎えに来てくれた。

「お、女王様いんじゃん。おい、ユーリ。あれがこの国で一番偉い奴だぞ」

早速指をさして最上級に無礼な反応をしたのはアルベルトだった。冒険者ギルドの本部では多少大人しかったのだが、それはただ彼の中で女王様よりもギルド長の方が尊敬に値する人物だったからにすぎない。

一応声を潜めて控えめな動作をしているところを見ると、大っぴらに指をさしたりしない方がいいという認識は持っているようだ。

「あの時の赤子か。たった一年で随分と大きくなったな。相変わらず聡明そうな瞳をしている」

「ありがとうございます」

「……ふむ、本当に賢そうだな」

アルベルトの腕の中で頭を下げたユーリを見て、エリザヴェータは感心して呟いた。

「ところで、今日はもう数時間もすれば日が沈むな」

「確かにあと数時間ですが……」

「明日の朝早くに出発することにして、今日はここで英気を養ってはどうだ? 薪ならあちらの倉庫に山と積んである」

「リーサ、もしかして明日までここにいる気ですか?」

「私もお前たちが出た後は気の抜けない日々になる。少しくらいは羽目を外しても良かろう? 食材は持ってこさせる。先ほどの食事にはどうやら満足していなさそうだったからな」

確かにちょっと物足りないとは思っていた。しかしそんな些細なことまで見ているのかとハルカは驚く。何らかの能力でも持っているのではないかと、疑いたくなってしまうほどだった。

薪を運んできて、訓練場の真ん中に小さなかまどを作り料理を始める。

松明をいくつか立てているので、別で焚火は作らない。

コリンが高級な材料で料理をしながら愚痴を吐く。

「何でさー、一流の料理人がいるのに、私が料理してるのかな?」

「リーサも、たまにはそれ以外のものが食べたいのかもしれませんよ。私は……、実は今日の昼ごはんよりも、いつもコリンが作るものの方が好きかもしれません」

漂ってくる良い香りをかぎながら、ハルカが何の気なしに答えると、コリンは並んで立っているハルカとエリザヴェータの方をきょろっと見てから、わずかに口角を上げる。

「あーっそう。ふぅん、はいはい」

今にも鼻歌を歌いだしそうなコリンを見て、エリザヴェータがぼそりと呟く。

「扱いが上手いな」

「はい?」

「無自覚か」

エリザヴェータはジッとコリンの手元を見ながら、独り言のように話し始める。

「小さな頃は、私もよく外に出ていた。じいが連れ出してくれて、よくわからない草やら肉やらを食べてな。帰ってからじいが父上に文句を言われながら、へらへらと笑っていたのを覚えている」

言葉を挟んでいいのかわからずに、ハルカは小さく一度頷いた。

「我が王家は、長子相続が基本だ。私はどちらにせよいずれは王になるはずだった。しかし、父は冒険者であるじいを私のそばに置くことで、民や冒険者の暮らしへの理解を深めさせ、他種族との関わりを増やしていた。おそらく父上がその生涯をかけて国内の偏見や差別をなくし、それを私に引き継がせることによって、平穏を盤石なものにするつもりだったのだ」

「立派な方ですね」

「そうだ。……だが、殺された。私は平穏の守護者ではなく、屍の上に平和を築く王とならざるを得なくなった。父は甘かったのだ。血の繋がった弟が不穏な人物とわかっていながらも、先手を打つことができなかった。三年間我慢した。八年間準備した。誰が味方で誰が敵かもわからなかった。信用できるのはじいと、自分の目で厳選したものたちだけだ」

いつの間にか顔を上げたエリザヴェータは遠くを見つめながら話していた。ハルカの反応など気にしていないようだったが、それでもハルカはまた頷く。

「久しぶりにじいと会って、初めて人を紹介された。それは、じいからの贈り物なのではないかと、私は思っている。ハルカよ、私の頼みが嫌ならばちゃんと断れ。断ったからといって、揺らぐような計画は立てていない」

「……本当にいやだったら、すぐに言っていますよ。さっきも、子爵の件についてはその意思を伝えたつもりです。伝わっていませんでしたか?」

「……いや、伝わっていた」

「姉弟子なんでしょう? いいですよ、私と仲間たちが嫌でないことなら手伝います。リーサが、私に気安く接してくれていることは、私もわかっていますから。それに応えたい気持ちだってありますので」

「ありがとう。折角の機会だから色々愚痴を聞いてくれ。女王だというのに、私には友人もいないのだ」

自嘲するように笑ったエリザヴェータに、ハルカはまた黙って頷いた。