作品タイトル不明
生と死の間
モンタナが僅かに首を左右に振りながら暗い夜道を駆ける。
今ではハルカも自分の体をかなり自由に扱えるようになってきていて、その速さに何とかついて行くことができていた。最悪追いつけなくなれば飛んで追いかけるという手段は残っていたが。
その場所は意識して探さなくてもすぐに分かった。
道すがら兵士の亡骸が幾つか転がっており、その先に消されたばかりの燻ぶった焚火跡が見える。
無造作に亡骸が転がる中、男女だけが木に縛り付けられていた。その頭上が僅かに揺らぎ影が飛んだ。瞬間ハルカはその方向に障壁を張り巡らせたが、それ以降何かが動いた気配はない。
モンタナが目を細めて暗闇を見通し「逃げられたです」と呟いた。
思った以上の手練れにハルカは表情を曇らせた。慌てていたので進行方向と思われる場所に障壁を張ってから、一帯を覆うような形にしたのだが、その間にすり抜けられてしまったようだ。
「他にはいないです。……縛られてる二人は生きてるみたいです」
ぐるりと辺りを見まわしたモンタナの意見を聞いて、ハルカは小走りで駆け寄る。増援に思われて心配させてはと思い、魔法で傍らに明かりを浮かべながら離れた場所から声をかける。
「助けにきました、大丈夫ですか!?」
うなだれて反応がないのに、ハルカの心臓の鼓動が少し早くなる。
わざわざ捕まえてまで殺すはずはない。しかし反応がない。気を失っているだけか、痛みに耐えているのか。
自然と足が速くなり、滑り込むようにして二人のもとに駆け寄ると、首の後ろからナイフが生えているのが見えた。照らしている火のおかげか、まだ肌の色は褪せていない。
ハルカは躊躇なく二人の首からナイフを引き抜くとそのまま治療を開始する。
傷を塞ぐ、治す。時間を戻す、命を取り返す。
医療知識のないハルカには、たどり着いた時点での医学的な生死判定ができない。しかし、わからなくとも傷を全て治してしまえば命が繋がる可能性はある。
見た目上は完全に傷が塞がった。あとは本人たちの反応を待つことしかできない。
数秒じっと待つ。
もうダメかと肩を落としかけたとき、二人が同時に咳き込み始めた。口から血を吐いたのを見て、治癒に失敗したのかと慌てて二人の肩に手をかける。
「大丈夫ですか!?」
「ん、んん! なんだ、血が……。おや、ジーン、お迎えは以前お会いしたダークエルフの冒険者さんのようだよ」
「……あら、随分美しい方だとは思っていたけれど、神様の使いだったのね。子供たちが無事だといいのだけれど」
ハルカの腕から力が抜けて、ため息とともにその場に座り込む。
「……お二人とも、生きていますよ」
縄の結び目に手を伸ばしてから、ハルカは面倒になって小さな風の刃で半ばから切り落とすことにした。
「ご無事で何よりです、イングラムご夫妻」
随分と土に汚れていたが、そこに縛られていたのは、確かに学園で出会った仲睦まじい若夫婦だった。
アルベルトとモンタナが寄ってくると、ようやく現実感が出てきたのか、ジーンが旦那の腕に抱き着き体を震わせる。本当に死の直前だったのだから、怖くなるのも当然だろう。
「ジーン、大丈夫だ。助かったようだぞ」
「……あなた、素敵ね! 危機に冒険者さんが駆けつけてくれたのよ。まるで物語みたい!」
「……そうだな。……冒険者の方々、礼は後で。助けてもらって不躾ではあるが、息子と娘を馬で逃がしたのだ。見かけなかっただろうか?」
場にそぐわないおてんば具合を見せてくれた奥さんの言葉を一言で受け流し、ウォルト子爵は表情を硬くする。流石に領主だけあって若い妻よりは状況把握能力に長けているらしい。
「仲間が保護しています。追手も全員倒していますので、そちらさえよければすぐに合流しましょう」
「ありがたい! ……しかし、勇敢に戦ってくれた家人は全滅か。いったいどこの誰がこんな襲撃を」
「……皆さんのご遺体はどうしますか? 良ければこちらで燃やしますが」
心を痛めているウォルトにこんな提案をするのも憚られたが、放置してアンデッドになってしまっても困る。
「……故郷に帰すわけには?」
「できなくもありませんが……。アンデッドになる可能性もあります」
「……焼いてもらえるだろうか。家族には私から事実を伝えよう」
「ではそうしましょう。二人は少し休んでいてください」
三人でずるずると遺体を引きずって焚火のあった場所に集める。五人の兵士を重ねると少し距離を取ってから、ハルカは小さな火をともした。
ハルカはこの世界の亡くなった人のために祈る言葉も知らない。それでも自然と両手を組んで目を伏せ、彼らが穏やかな死後を、あるいは幸せな来世を過ごせるように祈った。
炎が少しずつ大きく、温度が見る間に上がり、離れた場所にいる仲間やウォルト夫婦の肌を焦がす。
ハルカはそれより近い場所で手を組み、遺体が灰に変わっていくのをじっと見つめた。ウォルトは小さく呟くように五人の兵士の名前を呼ぶと、それきりすっかり黙り込んだ。
ウォルトの場所にいても火傷しそうなほどの火力なのに、ハルカが身じろぎもせずに至近距離で祈り続けるのが不思議で、そしてなぜだかとても神聖なものに見えた。
やがてすべてが灰になると、ハルカは手を組むのをやめて顔を上げる。風が吹き灰が舞い上がり、夜の森の中に散っていく。
「行きましょうか」
ハルカが告げると、近寄ってきたジーンがハルカの手を取った。
「ありがとうございます。私たち親子を助けてくれたこと。それに私たちを守ってくれた兵士のために祈ってくれたことも」
「……いえ、作法も知らずに申し訳ありません」
「優しい人ね」
「いえ、その……」
「ジーン、あまり困らせるな。……埋葬の礼も後でさせてくれ」
「そういうのは別に」
「頼む、私がそうしたいんだ」
「ええっと……、では、はい。……とにかく、行きましょうか。お子さんが心配していますので」
先ほどまでとは打って変わってしどろもどろの返答をするハルカに、ウォルト子爵は首をかしげる。しかし確かに子供のことが心配だったので、今のところは黙ってその指示に従うことにした。