軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

頂の竜と人の世界

『お主はどちらかと言えば、人というよりも我ら側だな』

「それはどういう意味です?」

『在り方が超常的だという意味だ。その強さは積み重ねたものではなかろう?』

「なぜわかるんです?」

『力に振り回されているからだ。普通の人がお主ほどまで強くなる頃には、我が身の力どころか世界に流れる力すらもその掌中に収めているものだ。規模こそ違えど、成体になりたての竜のような危うさがある』

ヴァッツェゲラルドの言う通りだ。ハルカは未だに自分の力をコントロールしきれていなかったし、ふとした拍子にそれが人を傷つけることを恐れている。ヴァッツェゲラルドは一度戦いになりかけただけあって、よくハルカの力を理解していた。

「なかなか制御は難しいです」

『全容を知らぬものを制御することなどできるはずがなかろう。我と相対した時ですら、お主の中には力がまだ燻ぶっておった。御したなどと宣おうものなら、腹を抱えて笑っておったわ』

「いちいち棘のある言い方をしますね」

『許せ、人と話すのはあまり慣れていない。しかし人はすぐに大言壮語する。器に汲んだ水を掲げて水のすべてを支配したと言い、そうして勘違いしたまま死んでいく』

ヴァッツェゲラルドは不思議と真実のみを語っているように思えた。尊大で好ましくないことを言われているはずなのに、不思議とイラつきはあまりない。それどころか、素直に自分の言葉を相手に伝えられているような気がした。

ハルカはしばし考えて気がつく。

ヴァッツェゲラルドは並び立つものが殆どいないほどに強い存在であるから、虚言を弄したりおためごかしをする必要がないのだ。自然体で、何一つ気遣わずに真っすぐな言葉だけを口にすることができる。

だから、自分も正直でいてもいいような気持ちになる。

「あなたは人が好きなんですか?」

『なぜそう思う』

言葉にやや不機嫌さが混ざった気がしたが、あまり怖いとは思わなかった。もはやハルカにとってこの真竜は、突然襲ってくるような正体不明な輩ではなくなっていた。

「超然と生きていけるはずなのに、やけに人に詳しいので」

『それは極稀に挑む者が現れるからだ』

「それにしては弱い人の心もわかっている気がします」

『遠慮のないエルフめ。……最近の人はよく知らん。だが、必死に生きようと足掻く姿は嫌いではなかった。我が生まれてしばらくした頃の人は、もっと傲慢だった。大地も海も空をも支配したような顔をしていた。それに比べればこの数百年の人の態度は好ましい。身に余ることをするものが随分と減った』

真竜は長く生きた竜だ。当然遥か昔の人がまだこの土地を自由に生きていたとされる、神人時代のことを知っている。聞けば容易くその頃のことを教えてくれそうな雰囲気にハルカは少し身を乗り出したが、どうもそれはフェアではないような気がして、息を吐いて姿勢を戻した。

ユーリが見上げてきたのに気がつき、頭を撫でてやりながら、別のことを話す。

「最近、竜に言うことを聞かせるような魔道具が開発されているようです」

『まさか我に忠告をしたつもりか?』

「いいえ、世間話です」

『であるか。そうか……、その昔、人がまだたくさんいた頃の後期にも、そんな魔道具を作っておったな。今の人の世はそれ程に進歩しておるのか? それにしては鬱陶しく空を飛び回る魔道具は飛んでおらんし、巨大な装甲をもった魔道具で乗り込んでくる輩もおらんな』

この世界に生まれ育ったものには想像もつかない話だったが、ハルカにはその当時の世界がなんとなく想像ついた。元の世界の飛行機のようなものが飛び交い、軍隊が戦車のような魔道具を動員し、竜たちと空の覇権を競い合っていたのかもしれないと。

ハルカは首を振って答える。

「いいえ。おそらくその頃の魔道具を発掘して、利用しているんじゃないでしょうか?」

『……ふむ。しかし大型飛竜を制御できるほどの物は当時も作られていなかったはず。ところでお主らはどこに住んでいる? 近いのか?』

「近いとは思いませんが……、あなたにとってはどうでしょう。地図は見られますか?」

『当然だ』

ハルカが地面に地図を広げると、ヴァッツェゲラルドが僅かに身動ぎをする。おそらく地図が見える位置に移動したのだろうと判断して、ハルカはその中の大竜峰の位置を指で示した。

「ここが現在位置です。私達の拠点は南東方向、ここですね」

指をつつっとずらして〈忘れ人の墓場〉を示す。

『ああ、草木も生えぬ場所だな。なぜそんなところに住んでいる』

「今は植物も育つようになりました。地下にかつての魔道具が埋まっていて、それが悪さをしていたようです」

『……ふん、やはりあの頃の人は碌でもない』

ふんと言うのと同時に鼻息が漏れ出して、地図が飛んでいきそうになる。慌ててそれを掴んだハルカがヴァッツェゲラルドを見ると、驚いたことに『すまぬ』と謝罪が飛んできた。

「いえ、お気になさらずに」

ハルカが思わず笑ってしまうと、ヴァッツェゲラルドの声がまた低くなった。

『何を人の謝罪を笑っておるか。ふぅむ、ナギがいるのであれば、我が拠点を訪ねてもそれほど混乱は起こらぬか』

「いえ、起こると思います」

当然のようにとんでもないことを言ってきたヴァッツェゲラルドに、ハルカは反射的に即答した。

『それほど大きさは変わらなかろう』

「知っている竜と知らない竜では話が違うでしょう。それにナギは小さな頃から私たちが育てたので大人しいですし、可愛いです」

ヴァッツェゲラルドは白けた目でハルカの方をじっと見てから、少し顔をそらしてから鼻息を漏らす。

『まぁ、たまに遊びに来い。あまり来ないようだと我の方から顔を出してやるからな』

「……まぁ、そうですね。ヴァッツェゲラルドさんは、結構寂しがりですね」

『情報収集だ。魔道具の話もあるし、不穏な予感がするからな』

「はい、ではそういうことで」

世界から恐れられる竜と相対しているとはとても思えないような、穏やかな会話だった。

ヴァッツェゲラルドから世界中の人の話を求められ、それに答えているとあっという間に夜が更けていく。ユーリが船をこぎ始めたあたりで、ハルカは話好きの真竜に告げる。

「今日はもう休みます。また、お話をしましょう」

『そうだな。我らにはまだ悠久の時がある。精々下界で我を楽しませるような話を集めてくるといい』

言葉こそ強いが、ハルカにはそれが言いようにしか聞こえてこない。

寂しがりの竜のために、またここに来ることを決めて、ハルカはユーリを起こさないようにそっと立ち上がる。

「おやすみなさい、ヴァッツェゲラルドさん」

『いい夢を見ろ、ハルカ』

ヴァッツェゲラルドの返しに、ハルカは一度足を止めて振り返る。

「竜も……、眠ると夢を見るのですか?」

『当たり前だ。夢を見ぬ生き物など存在しない。妙なことを聞くエルフだ』

「……そうですか、ありがとうございます」

足元に気をつけながらハルカはゆっくりと歩き始める。

この世界に来てから一度も夢を見たことがない自分の体。

自分は何者なのか。この体は何なのか。

いくら考えたところで、さっぱり見当もつかなかった。