軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

どこにでも現れる虫

通りを歩いていると、どこからともなく良い匂いが漂ってくる。その元は店だったり屋台だったりするのだが、どちらにしても食欲をそそるものだ。

淡水魚のはらわたを取り除き塩をふり、棒に刺して焼いているだけのものがやたらと美味しそうに見える。脂が垂れているのが見えて、ハルカはゴクリと唾を飲んだ。

こういうのは買ってすぐに食べるのが一番美味しいのだが、待っているコリンのことを考えると、自分達だけで楽しむのが申し訳ないような気がして我慢する。

まずは冒険者ギルドに立ち寄って、それから帰り道に買って帰ればいい。できるだけ道の真ん中を歩いて、左右の屋台につられないようにしてハルカは真っ直ぐ冒険者ギルドを目指した。

〈プレイヌ〉には冒険者ギルドの本部がある。〈オランズ〉にあるような冒険者ギルドとその隣に本部が併設されている。本部と言っても結局のところ、各地への通達や冒険者が起こした事件や事故が集積されているくらいで、あまり活発に動きがあるわけでもない。

一応冒険者ギルドのギルド長やら支部長やらがいるのだが、積極的にあちこちに口を出すようなことはない。そもそも言うことを聞かすような組織ではないので、当然のことではある。

どちらかといえば各国からくる上級冒険者達への苦情処理に追われていることが多く、自由に生きている冒険者達で本部に勤めたがるようなものはまずいない。

冒険者ギルドに入ったハルカ達は真っ直ぐ受付のカウンターに並ぶ。数人程度の列なのでせいぜい数分も待てば順番が回ってくるだろう。

この街の冒険者はどんな人がいるのかと思い、ハルカは中をぐるりと見回してみる。何人かと目が合い、そらされたり、睨み返されたりする。

その全員がハルカ達に注目していたということだが、おそらく他所者だからだろうとハルカはそれらに特に反応せずに受け流した。その中で一人ウィンクしてきたものがいたので、その男にだけは軽く頭を下げる。

一人の受付作業が終わり、列が進む。それに合わせて一歩前へ出たところで、横合いから声をかけられる。

「やぁ、麗しの彼女。この街は初めてかい?」

青みがかった灰色のさらりとした髪に、甘いマスク。髪をかき上げる仕草は演技がかっていて、男から見れば鼻につくが、女性から見れば魅力的に映ることだろう。当然精神的にはおじさんであると自覚しているハルカからすると、ずいぶん軽そうな若者だなという印象でしかない。

「ええ、今日来たところです」

頭を下げたのは失敗だったと思いながらも、律儀に返答をする。

「この後の予定は? せっかく出逢うことができたから、よければディナーに招待したいと思っているのだけれど……」

「そんな暇はない。馬鹿者」

男の頭を巨大な掌がむんずと掴む。その見上げるような大男は、音もなく現れた。その巨体に負けぬほどの戦鎚を背負ったその男に、ハルカ達は見覚えがある。

「うちの馬鹿者が失礼した」

頭を軽く下げ、色男の頭も無理矢理に下げさせたその男の名前はジーグムンド。武闘祭でレジーナに勝利して優勝を掻っ攫っていった冒険者だ。

「……そっちのは、確か武闘祭に出ていたな。イースといったか。どこかであたると思っていたのに、いつの間にやらいなくなっていたのを覚えているぞ」

「……記憶力がいいね、君」

「強い奴のことは覚えている、冒険者だったのか」

「いいや、僕は付き添いだよ。冒険者はその人が声をかけていた女性と、こっちの獣人の子」

「そうか。なんにせようちのものが迷惑をかけた」

そんな固いやりとりをしていると、頭を掴まれた男が、ジーグムンドの腕を振り払おうと暴れ出す。

「ああもう、放してくれないかい!? せっかくのヘアセットが台無しだ」

「知ったことか。すぐに遺跡に戻ると話しただろうに、何を遊んでいる」

「いいじゃんもう、あの人一人で十分だって。〈オランズ〉の支部長なんでしょ? 護衛なんているはずないじゃん」

「遺跡じゃ何があるかわからない。暇だろうが依頼は依頼だ。あと個人情報をペラペラ話すな馬鹿者め」

男の抵抗を意に介さず、そのまま何度か頭を揺さぶってからジーグムンドはその手を離した。男は慌てて髪型を整えながら文句を言う。

「真面目すぎるんだよ、リーダーはさぁ! ねぇ、麗しの彼女もそう思うよねぇ!?」

「いいえ、立派な考えだと思います。あと、変な呼び方はやめていただきたいのですが……」

「じゃあ名前教えてよ、名前」

「……ヤマギシです。聞いてしまったことで申し訳ないのですが、ジーグムンドさん。私たち、その支部長のイーサンさんに用事があって〈オランズ〉からやってきたのです」

「ええ、偶然! 運命感じちゃうね、ヤマギシちゃん。私はクエンティンって言うんだ」

「……明日の朝には伺いますので、遺跡の場所を教えていただけませんか?」

勝手に喋り続けるクエンティンを無視して、ハルカはジーグムンドに問いかける。ちゃんづけで呼ばれて鳥肌が立っていたので、敢えてそちらを見ないようにしていた。

「……俺は一級冒険者のジーグムンドだ。そちらは?」

暗に名と身分を明らかにしろということだろう。この身分になってからそれを求められるとやや気が重い。ハルカは小さくため息をついて、周りに聞こえないくらいの声でジーグムンドに答える。

体を寄せると、気を使ってかジーグムンドがクエンティンを遠くに押しやる。

「特級冒険者のハルカ=ヤマギシです。イーサンさんにもそうお伝えいただけると助かります」

「……確かに、承った。念のため簡易な地図を描いておこう。紙はあるか?」

「こちらにお願いします」

メモ帳を渡すと、ジーグムンドが体を小さくして細かい地図を描き始めた。それに合わせてクエンティンがすすすっと体を寄せてくる。

間にモンタナが入って、それを邪魔すると、避けるようにクエンティンが移動する。するとまたそれに合わせてモンタナが間に入る。

「それで、ヤマギシちゃんは、今日の夜とか空いてるかな? ああ、邪魔だなもう!」

「空いてないです」

「君に聞いてないんだよね。あと退いてくれるかな?」

「やです」

不毛な場所の取り合いに、ハルカが思わず笑っていると、クエンティンの頭が再度鷲掴みにされた。

「これが地図だ。一応本人にも伝えておく」

描いたものを渡したジーグムンドは、そのまま抵抗するクエンティンを引きずって外へ行ってしまった。真面目な男である。

「……モンタナ、ありがとうございます」

「いいです。変な虫がつくとコリンが怒るですし」

「そうなんですか?」

「僕もアルもハルカと出かける時は、男が近づいてきたら追い返すように言われてるです」

「……別に自分でも追い返せますよ?」

「追い返せるなら【耽溺の魔女】なんてあだ名つかないです」

ぐうの音も出なかったハルカは、恥ずかしい気持ちを誤魔化すためにモンタナの頭を撫で回した。