作品タイトル不明
すべきこと、したいこと
誰もがフロスのことをそれほど警戒していない中で、ダスティンだけは目を光らせていた。フロスが来る前に事情を軽く説明したので、その態度も仕方がない。
最低限兵士としての訓練をしたことのあるフロスもその視線には気づいており、とても居心地の悪い思いをしていた。
食事を終えてコート一家が片付けのために席を立ってから、ハルカはフロスに声をかける。
「フロスさんはこれからどうしますか?」
囚われの身であるはずのフロスにかけられるにしてはおかしな言葉だ。何かを試されているのではないかとフロスも体をこわばらせる。
返事が戻ってこないのを見てハルカは続ける。
「公爵領に帰りたいですか? もし帰るとするのなら、ギルドに報告をして、あなたの生存を公爵領に伝えることになるでしょうね。他国の偵察行為をしていたわけですから、それについて抗議しないわけにはいかない……、と思うんですけど、どうですか師匠?」
「当然ですねぇ。公爵領か、あるいは国から賠償金をむしりとってフロスさんをお返しすることになるでしょう。公爵の顔に泥を塗ることは間違いないです。それを口実に公爵の力を削ぐこともできますからぁ、リーサからすれば悪くない話になるかもですけどぉ」
ノクトは横目でフロスの顔を見て、にっこりと微笑みかける。その穏やかな表情にフロスも思わず愛想笑いを返した。
「ま、その後のフロスさんの安否については保証できかねますねぇ。殺されるのは当然として、どう殺されるかぁって話になる気がしますよぉ。海か山か家畜の餌か、はたまた肥料か、くらいは選ばせてくれるかもしれませんけどぉ」
フロスの顔がどんどん青くなっていくのを見ながらノクトは指を折って死に様の例を挙げていく。
「師匠、趣味が悪いです」
「失礼、反応が良かったので」
ハルカが注意すると、ノクトはすました顔をして今度は真面目に語り始める。
「もしそれが嫌ならば、死んだことにしてしまうのがいいでしょう。公爵には事態がバレたことを知らせずに水面下で動き、裏で国同士の手を組んでしまう。当然死んだことになっているフロスさんは公爵領に帰せません」
そこまで話してノクトは次にハルカの方を向いた。真面目な調子はまだ崩れない。そのいつもとは違う緊張感にハルカも姿勢を正した。
「あなたはこの人を生かしたいと思っているかもしれませんが、本来であれば死んだことにするのではなく、本当に殺すべきです。生きていることがバレたとして、あなた方にはなんの得もありませんからね。国同士の争いに知らなかったなんて言葉は通用しないんですよ」
ノクトの言うことが理解できないわけではない。それでもハルカは、大きな力に振り回されただけのフロスを殺すべきだとまでは思えなかった。
横目で様子を窺ってみれば、ノクトの言葉にガタガタと体を震わせてしまっている。思い返してみれば、最初に出会った時、真っ先にハルカの言葉を聞くよう叫んでいたのがフロスだったように思う。
「師匠の言うことはもっともなんだと思います」
「では殺しましょうか」
間髪容れずそう返したノクトに、ハルカは首を振る。
「みんなはどう思いますか? 私は……、殺したくはありません」
「どっちでもいい。いつでも殺せるし、こいつ攻撃してくる気ねぇだろ」
真っ先に答えたのは意外なことにレジーナだった。眼中にないというのがその意図のようである。
「俺、様子見。悪いこと企んでたら殺そうぜ。モンタナ、わかんだろ」
「です。悪いこと考えたらスパッとするです」
アルベルトに同意したモンタナは可愛らしく頷くが、ダメだった時にスパッとされるのはフロスの首だ。言っていることは全然可愛くない。
「僕棄権。部外者だし」
「あ、イースさんまたそうやって逃げる」
コリンに突っ込まれると、イーストンは肩をすくめてソッポを向く。
「いや、だって関係ないでしょ。そんなこと言うのなら一応答えるけど、参考にしないでよね。僕はね、殺した方がいいと思う。でもそれで気に病むんならやめといた方がいいよ。はたから無責任なことを言わせてもらえば、……君達らしくない」
誰の顔も見ないでそう言ったのは、彼なりの照れ隠しだろう。らしくないセリフを言った自覚があるようだ。
「ふーん」と笑いながらイーストンの方を見ていたコリンはそれに続いて答える。
「私はねー、名前を変えて心機一転ここで働くのとかどうかなーって思ってるんだよねー。ほら、やりたいこといっぱいあるし、人手足りないじゃん。もちろんしばらくはじーっくり見張って、怪しかったらモンくんにスパッとしてもらうけど」
コリンはスパッとと言いながら、人差し指をついっと横に動かす。フロスが自分の首を押さえて、ごくりと唾を飲み込んだ。
「フロスさん、なんか得意なことある?」
「な、何をやってもあんまりで……。あ、ああ、植物。家で花を育てるのが好きでした」
「へぇ、じゃあ農業係。土耕して、野菜とか育ててもらおうよ。この辺ほとんどなーんにも植わってないし。ってとこでどう、ハルカ」
ぱちっとかわいらしくウィンクをされて、ハルカは苦笑する。一見コリンらしい意見のように思えるが、本来のコリンであればノクトの意見に賛成したはずだ。そういう損得計算は彼女の得意分野なのだから。
この意見は、ハルカの気持ちを汲んで出してくれたものだと、ハルカ自身も理解していた。お礼を言いたい気持ちをグッと抑えて、ハルカはフロスの方を向く。
「あなたが嫌でなければ、名を変えてこちらで働くのはいかがですか? 園芸用の花ではなく、食用のものを主に育ててもらうことになりますが、傍らに好きな花壇を作っても結構です。あとは……、身分のために冒険者登録はしてもらうことになります。それがお嫌なら、事が落ち着くまではどこかに拘束させてもらうしかありません。その場合でも不自由なく暮らせるようには努めますけど」
結局のところ選択肢なんてないようなものだ。故郷を裏切らずに殺されるか、故郷に帰らず野垂れ死ぬかの二択だと思っていたのに、それ以上の三択目を出されてしまった。
フロスは返答を待つハルカのことを見返して、今までひどく怯えていたことを恥じた。今となっては故郷に帰ることもできないが、無責任に広めた噂を大声で否定して回りたかった。
思えば今までの人生、何をやってもうまくいかず、人から後ろ指差されるような毎日だった。
そんな自分の命を惜しみ、居場所を与えるという提案を断れるわけがなかった。フロスは座ったまま深く深く頭を下げて、声を詰まらせながら答える。
「是非、ここで、働かせてください。きっと、迷惑は、かけません」
ハルカは息を吐いてから耳のカフスを指先で撫でる。
「師匠、そういうことになりました」
首だけで振り返り伝えると、ノクトは気の抜けた声を出して笑う。
「ま、いいんじゃないですかねぇ、ハルカさん達らしくて、ふへへへ」
真面目な調子に騙されかけたが、やっぱりいつものノクトの意地悪だった。言ったことは嘘ではなかったのだろうけど、半分は判断を試すような目的があったに違いない。
へらりと笑っているノクトから目を背けて、ハルカは軽く肩をすくめた。