軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

蠢く

「ナギも一緒に行きますか?」

出発前にふと思い立ったハルカは、ナギに声をかける。ナギは縦に長い瞳孔でじっとハルカを見つめた。理解してるか微妙なところだが、ハルカが空を指差して少し浮かぶと、ナギもバサバサと翼を動かした。本来竜が飛ぶのに翼を動かす必要は無さそうだが、その方が魔素を操りやすいのかもしれない。魔法使いの詠唱のようなものか。

「一緒に行く」

ナギの上にいたユーリが上からハルカに声をかける。ハルカは笑ってユーリに両手を伸ばし、抱き上げる。地面に下ろしてから、ハルカはしゃがんで視線を合わせた。

「ユーリはお留守番です。ナギが上手に飛べるかまだ分かりませんからね」

「ママに連れて行ってもらう」

ハルカは上を向いて少し考える。ヴィーチェを連れて飛ぶことができたのだから、確かにそれは難しい話ではない。空を飛ぶような魔物は少ないし、アンデッドに襲われる危険も少ないだろう。

自分がユーリくらいの年の時に、空に連れて行ってくれる大人がいたら、すごく喜んだはずだ。一応外部の判断も仰ごうと思い、仲間たちに声をかける。

「あのー、ユーリを抱っこして、ナギと一緒に回ろうと思うんですけどどうでしょう?」

「いいんじゃないー? どっかで降りるわけでもないし」

「よし、護衛に俺もついてく。ナギ、乗せろ」

アルベルトがナギに駆け寄って背中をぺしぺしと叩く。

「ナギの上はまだ危ないかもしれないですよ」

「もし墜落しても文句言わねぇから」

「いや、やめときましょうよ」

「俺も空飛んでみてぇんだよ。ユーリばっかりずるいだろ」

「子供と競わないでくださいよ」

「な、ナギ、いいだろ?」

ナギが声を漏らしてハルカの方を見上げた。

あまり高高度にしなければ、そんなに危険は無いかもしれない。思えばアルベルトは最近随分大人らしくなってきていたし、たまのわがままくらい聞いてもいいのではないだろうか。

ハルカが段々と絆されてきたところでモンタナも口を挟む。

「僕も飛びたいです」

「え」

「ずるいです」

「お前はこの間ナギに乗ってたじゃんか」

「でも飛んでないです」

しばらく話し合った結果、コリン以外の全員が空の旅についてくることになってしまった。ユーリを抱っこ、モンタナを背中に乗せて、アルベルトはナギの背中。コリンはあきれ顔で、それを見送りに来ている。

「なにしてんの」

たまたま離陸直前に通りかかったシャフトが、ハルカの前後を見て目を細くした。コリンが肩を竦めて答える。

「皆子供だから、空飛びたいんだって」

「いいなぁ……」

てっきり同意を得られると思って言ったのに、シャフトは羨ましそうな表情で見つめている。男の冒険者なんて、夢を追いかけ続ける子供みたいな者が多い。シャフトもご多分に漏れずそんな大人だった。

コリンは首を振って溜め息をついてシャフトを無視する。

「とにかく、気を付けてね。ちょっとでも危なかったらすぐ戻ってきて、ハルカだけで再出発! わかったー?」

「ええ、はい、そうします」

目をキラキラしている男達は返事もせずにワクワクしている。コリンに返事をしたのはハルカと鳴き声を上げたナギだけだった。

「では、行ってきます」

ハルカが言葉と共に浮き上がると、それに続いてナギが翼をばたつかせる。そこから生まれた風が、周りに居る者達の髪をなびかせた。ハルカの後につくようにナギが浮き上がり、見る間に声の届かない場所まで飛んでいく。

残されたコリンは、ぽつりと呟く。

「いいなぁ……、次は私も連れてってもらお」

アルベルトはナギの上でしばらくの間、声を上げていた。

テンションが上がっているようで、本当にただの雄叫びでしかない声だった。ハルカの腕の中でも、ユーリがなにやら気の抜けた声を上げている。

静かなのは背中にいるモンタナだけだった。

数分飛び続けた頃には落ち着いてきたようで、皆静かに景色を楽しんでいる。ハルカはひとまず森の中に通された道に沿って飛び、〈忘れ人の墓場〉まで進むつもりだった。

今は走るより速いくらいの速度で飛んでいるので、きっと日が暮れる頃には到着するはずだ。昨日の時点では〈斜陽の森〉の四分の一くらいまで進んだあたりで、皆アンデッドに遭遇して戻ってきている。

空からでもアンデッドの姿が確認できるようになったのは、やはり昨日の遭遇地点付近からだった。やや前線が押し上げられている感はあるが、昼間に移動している様子はない。たまに動物を追いかけまわしているアンデッドの姿が見えた。

空を進むにつれて、明らかにその数が増えているのが分かる。最初は浮かれて楽しそうにしていたアルベルトの表情も厳しいものに変わっていた。

〈忘れ人の墓場〉まで進んだ頃、空から見えるアンデッドの数は異常だった。

今まで見てきたどの大都市の人混みよりも、眼下でゆらゆらと揺れているアンデッドの数の方が多い。千を超す数がいそうだと思ったあたりから、アルベルトはそれを数えるのを諦めた。

日本でのイベント興行を見慣れており、毎日満員電車に乗っていたハルカからすればそれほど強い印象ではない。それにしても多いな、と思うくらいだ。偵察をしている、という意識から、これをどう処理するかにもまだ考えが及んでいない。

しかしこの世界に生まれ、これと戦うことを考えているアルベルトやモンタナからしたら感覚は違った。

この〈斜陽の森〉にいるアンデッドの数は、オランズの総人口より多い。きっと数万は下らない。

それが加減のリミッターを外して一斉に襲い掛かってくるのだ。奴らは痛みも気にしないし、勝ち負けも考慮しない。打算もなく、ただ襲い掛かってくる。

「ハルカ、早く戻るぞ」

「え、でもまだ森の中は見ていませんが……?」

「見なくてもわかるです。見えただけでも早く報告するですよ」

「……わかりました。戻りましょう」

途中一度休憩したきりだったので、ナギのためにどこかで一度休もうとハルカは思っていた。しかし、仲間たちの硬い声色に気付いてすぐに反転する。

「ナギ、ちゃんとついてくるんですよ」

声をかけるとナギからも鳴き声が返ってくる。声に疲れている様子は無かった。ハルカは前後にいる二人に障壁で風よけを張ってから、拠点に向けてまっすぐスピードを上げる。

横に並んだナギの背中では、髪をなびかせたアルベルトが、しっかりと体を伏せていた。そちらにも風よけを張ってやりたいが、自分の魔法が作用して、ナギの飛行状態が狂っても困る。悪いけれどアルベルトには我慢してもらうしかないだろう。

空を飛びながら、ハルカもアンデッドと戦うことについて考える。数万体のアンデッド処理。仲間たちをその最中に送り出すのは、どうも危なすぎるような気がした。