軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

バルバロ少年の話(前)

「バルバロはね、昔泣き虫だったんだ」

昼過ぎに釣った魚を火であぶりながら、イーストンはそう切り出した。

「好奇心が強いくせに怖がりで、夜な夜なびくつきながらお化けを探していたところで初めて出会ったんだよ。怖がりなら家の中に隠れていればいいのにね」

くすくすと笑うイーストンは、目を細めながら昔のことを思い出していた。

奇しくも同じ時間、バルバロはノクト相手に昔話を展開していた。

「友人だってでかい顔して言っちゃいるけど、俺はあいつに恩があるんだ。この街の発展具合を見りゃあわかってもらえるだろ? 恩返しがしてぇんだよ」

「そういえば先代のころは、漁村が大きくなったような街でしたねぇ。今ほど金を稼いでなかったし、南北の領土のお目付け役という肩書はあれど、吹けば飛ぶような街だったと記憶しています。先代の胃に治癒魔法をかけてあげたことがありますよぅ」

ユーリを膝に乗せながら、高い酒を傾けてノクトがそんな返事をする。バルバロとしては、実父の情けない話を聞いてしまい苦い顔だ。

「まぁ酒の肴として、聞くだけ聞いてくれや」

「いいですよぉ、海賊侯の昔話を肴においしいお酒を飲めるなんて光栄ですねぇ」

「下手なおだてはやめてくれや。ただの情けない話だぜ」

そうしてバルバロは、自身も喉を焼くような強い酒をグイっと飲みほし、イーストンと出会った頃の話を始めるのだった。

少年には怖いものがたくさんあった。特に日が沈んだ後の世界というのは、まったくの未知で、ドアから顔をのぞかせただけで命を取られてしまうのではないかという恐れを抱いていた。

夜の海は、音だけはいつもと変わらないのに、自分を飲み込みそうに真っ暗だ。もしかしたら、ずるりとした粘体の何かが、そこからじっと自分のことを窺っているかもしれない。

破壊者(ルインズ) の中には闇に紛れて人を襲う者もいるし、太陽が沈めばきっと墓場に眠った死体も、アンデッドとして徘徊しているに違いない。

それでもバルバロ少年が、抜き身の短剣とランタンだけを握り締めて、夜の街へ繰り出したのには理由があった。

最近この街では夜になると、死人が出る。バルバロの耳に入らないように皆が気を使ってくれていたが、人の口には戸が立てられない。そんなこともあって、最近父が精神的な疲労からか寝込んでしまった。

幼いバルバロは次期当主として、ここは自分が頑張らなければと思ったのだ。

昼間のうちにたっぷりと眠っておいたバルバロは、夜も更けた頃にベッドから抜け出して、軋む門をゆっくりと押し開き、そろりそろりと街へ歩き出した。

はじめのうちは勇気に背中を押されていたから、ヒーロー気取りでうろついていた。しかし時間が経つにつれ、眠った街の静けさに、不安が次々と頭をもたげてきた。

風が吹いて木の葉がかさつく音すら恐ろしく、もう帰ってしまおうと思った頃に、路地の先からくぐもった悲鳴が聞こえた。

そうなってしまうともう知らぬふりをして逃げ帰ることもできない。

ふるえる足で曲がり角から飛び出すと、女性が一人、男に口元を押さえられているのが見えた。その男は真っ黒なマントを纏い、そこから出ている素肌は病的なまでに白かった。

漁船の多いこの街で見るのは、日焼けした褐色の肌を持つ男ばかりだ。

バルバロはその男を一目見たとき、これが幽霊なのかと思ったくらいだった。

しかし幽霊であろうと、なんであろうと、父が大切にしている領民の危機を見逃すわけにはいかなかった。バルバロは怖がりだったが、勇気のない少年ではなかった。

自らを鼓舞するように大きな声を出したバルバロは、短剣を腰に構え、その身体ごと男に向かっていく。剣術を習ってはいたが、この時この場で、倣っただけの剣術など頭の中から吹き飛んでしまっていた。

男はその鋭い犬歯を見せて、嫌らしく笑う。

女性の身体が突如弛緩し、男はその身体を優しく路地裏に座らせた。

もしかして襲われていたというのは勘違いだったのか。

そうでないにしても、そちらを救助するのが先ではないのか。

バルバロが思考のために一瞬女性に目を向けた瞬間、男の姿が闇に溶けるようにかき消えた。

そうして次の瞬間、耳元で声がした。

「よそ見をしている場合かね?」

いつの間にか真横に男が立っていた。言葉を発した直後、男は軽くバルバロの肩を押した。それは本当に、とんと触れる程度だったように思えた。だというのにバルバロの身体は吹き飛んで、壁にたたきつけられ、肺の中の空気をすべて吐きだす結果となった。

バルバロは目を白黒させながらも、なんとか息を吸い込もうとするが、肺が押しつぶされてしまったかのように、呼吸ができなかった。その苦しさで涙がこぼれる。

また音もなく男が目の前に立ちふさがったのが見えた。

男はバルバロを無理やり立ち上がらせ、その背中を軽くたたく。呼吸が正常に戻り、バルバロは慌てて大きく息を吸い込んで咳をした。

男はその様子を黙って眺めていたが、しばらくするとしゃがみ込んで、バルバロの両の肩にその手を置いた。

「私はね、嫌いなものがいくつかあるんだ。例えば、思慮のない子供、弱いものの吠え声、それから私の予定を崩す者の存在だ。わかるね?」

男の語り口調は穏やかであったが、肩にのせられた手に、徐々に力が込められているのがわかった。込められた力は留まるところを知らず、やがてバルバロは肩の痛みに悲鳴を上げた。

男はバルバロの口にポケットから取り出した布切れを詰め込んで、肩を竦める。

「しーっ、夜に大声を出すものではない。……そう、それから、悲鳴とかも好きではないね。優雅じゃない」

ボクリという嫌な音がして、バルバロの両肩がはずされた。バルバロの悲鳴は、ほんの数メートル先までしか届かず、路地裏の中でかき消えた。